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 結論から言うと、翌日の夕方に結衣は土御門の言う通りに実行したらしく。それからストーカーも来なくなったと何かふっ切れたような表情で報告をうけた。

 成功したのはいいことだが、ストーカーが誰だったのか。あの時、土御門になにを言われたのか詳しいことは教えてもらえずモヤモヤとしながら成美は再び"カクリヨ"へと足を運んでいた。


「いらっしゃいま……こんにちは、西條さん」


 穏やかな笑顔で蒼が迎えてくれる。軽く頭を下げると辺りを見回してから蒼に探し人の居場所を問う。


「あの、土御門さんは?」


「ハル様なら、奥にいらっしゃいます。ご案内しますね」


 呼んでもらえればそれで済むのだけれど、そう思いつつも成美は彼に促されるまま奥へと進んでいく。

 事務所の奥は、たくさんの荷物とたくさんの書物が置かれている。机や金庫の上にもあるこの書物はきっとすべて土御門のモノだろう。なんとなくそんな気がして、ジッと背表紙に書かれているタイトルを読んでいく。


(景色の写真集に、旅行記に週刊誌?)


 旅にでも行きたいのだろうか、それともこういった本が好きなのか。旅行に関する本が多い。


「人様のモノをジロジロ眺めるのが趣味か?」


「え!? あ、すみません……って人に見られたくないならココに置かなきゃいいんじゃないですか?」


「俺の店に俺のモノを置いたって構わんだろう」


 じゃあ、見られても文句言わないでくださいよ。そう言おうとした成美だが、椅子に座るよう促され言うタイミングを逃してしまう。


「お前一人で来たってことは、終わったんだろう」


「……まぁ、はい。そうなります」


「なんだ、不服そうだな」


「それは、私だけなんだか蚊帳の外のような気がして……土御門さんも誰がストーカーなのかわかってるみたいですし?」


 もごもごとしながらも不服の理由を伝えれば、土御門は数度瞬きをしたあと、店内中に響くほどの大きな笑い声をあげた。腹まで抱えて笑う土御門を成美はジト目で見る。


「……なにがおかしいんですか」


「——っ、あぁわるい。アホみたいな勘違いをしているからついな」


「勘違い?」


 首を傾げながら問う成美をチラリと見た土御門は、蒼を呼ぶとお茶を2つ出すよう頼む。どうやら、この話は少し長くなるようだ。


「俺は、佐々木をつけていたストーカーが誰かは知らないぞ」


「えっでも、結衣にアドバイスって何か言ってましたよね?」


「たしかに言っていたが、佐々木との会話を聞いて、表情を見てストーカーが誰なのか推測したに過ぎない。当たっているとも限らない……それでもいいなら聞きたいか?」


 推測でもいい、とりあえず自分の中で納得できるものが欲しかった成美は大きく頷いた。


「まず佐々木は、ストーカーのことが解決するかもしれないのに依頼を断って来た」


「あれには私もびっくりしました」


「あぁ、だろうな。断る理由は2つ、もう解決済みだったもしくは解決されるのは都合が悪いからだ。前者の場合、成美に一言解決したと言えば済む話だここまでついてくる必要はないので、後者が当てはまる」


「なるほど……あ、ありがとうございます」


 途中で蒼がお茶を運んできてくれたので、お礼を言いながら受け取る。穏やかな笑顔を成美に向けるとそのまま静かに店内へと戻っていった。


「そして佐々木はストーカーが誰かもわかっていたと返事をしたが、友人である成美にも誰かは教えられないと頑として言わなかった。犯人を庇っているような態度から、友人よりも親しい人物である可能性が高い」


「友人よりもってなると、家族とかですか?」


「あとは、恋人だな」


 結衣に恋人はいないから、必然的に家族の誰かという絞り込みが成美の頭の中で行われる。一瞬、結衣の想い人である夏生が頭をよぎったが、あれはストーカーをしている時間があったらその場で遊びに誘うといいそうなので論外だ。


「俺には、あれに恋人がいるのかわからんからな家族と推定して最後に、過保護な奴には怖い話をして怖がらせておけと囁いた。怖い話を聞いていた方が、相手の恐怖は増すからな」


「ストーカーが過保護なんですか……」


「そうだろう、本当にストーカーが家族の一人だった場合、可愛いアレが心配で後ろからついてきていたんだろうからな」


「なら、堂々と隣にいればいいんじゃないんですか?」


「隣にいられるくらい仲が良いなら問題ないが、悪いなら隣になんていられないだろう」


「家族なのに?」


「家族だからだ。一緒に暮らしているのだから友人よりも溝はできやすい」


 そういうものなんだと成美は、自分の家族を思い出す。笑顔も多く、よく一緒に出かけることが多い、ケンカもするけれど仲の良い平和な家族だ。けれど、結衣は家族の誰かと溝があるのだと思うと胸がチクリと痛んだ。


「……今回のがきっかけで、少しでも仲良くなれればいいですね」


「…………まぁな。けど、これはあくまで俺の推測だということを忘れるなよ。本人には絶対話すな」


「はーい」


 きっと、土御門の推測であっているのだろう。そう思いながら、成美はお茶をすべて飲み干した。


「じゃあ、私はこれで帰ります。ありがとうございました」


 席を立とうとして、なぜだか土御門に腕を掴まれていた。


「あの?」


「雪女の貸し代……」


「は?」


「今回の依頼料に送り犬の代金合わせて、2000万閻まんえん


「…………は? お金とるんですか、しかも2000万円!?」


「当たり前だろう、ここはコンビニだぞ。あと円じゃなく閻な、通貨は人間のものじゃない」


 土御門は、ポケットから1枚のお札を取り出す。日本のお札と似たつくりのソレはよくみると描かれている人物は鬼のような形相の人物だし、描かれている花は彼岸花で大きく1閻と書かれていた。


「いやいやいや、人間の通貨じゃないなんてもっと無理じゃないですか!」


「お金が無理なら、アヤカシの一部との交換だな」


「ムリです!」


「払えないなら、アレらのエサになるか?」


 何のエサかはあえて言わないのが恐ろしい。もしかしたら、アヤカシのエサにされるかも。そう思った成美は、ふるりと体をふるわせた。


「ぐぬぅ、他になにかありませんか?」


 ついこの間、生まれて初めてアヤカシというものを見たのに今からアヤカシを見つけてその一部をもらうだなんてムリな話だし、閻という通貨に関しても払えるわけがない。

 他を考え込む土御門をジッと見つめていると事務所の入り口から蒼がひょこりと顔を出した。


「なら、西條さんにここで働いてもらうのはどうでしょう?」


「なに……バカなことを」


「はいはい、やります。やらせてください」


 土御門の否定の言葉を遮るように大きな声で主張する。やったこともないアヤカシ関連の仕事だなんて不安もあるが、誰にでも初めてはある。それに、エサになるよりだいぶマシだ。


「ここでの労働者が私だけなので、なかなか休息がとれず困っていました。なので、西條さんが入ってくれたら大変助かります」


「えっ、従業員って蒼さんだけなんですか……なにそれブラック」


 いつも会うのが蒼ばかりなのは、てっきりそういうシフトなのだと思っていたがどうやら違うらしい。成美と蒼は、ちらりと土御門に視線を向ける。

 すると、彼は大きなため息をはいた。


「時給796閻。17時から21時、明日から来れるなら雇ってやってもいい」


「よろしくお願いします!」


 心底嫌そうに眉を歪める土御門に成美は笑顔で頭を下げる。耳の奥で、悲しむような鈴の音が微かに聞こえた気がした。

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