08
「話がずれたな……春日井。開けてみろ」
土御門は、成美が一緒に持ってきていたアヤカシ缶の中から管狐を取り、龍也に差し出す。
龍也は一瞬、え? という顔をするけれどアヤカシ缶を受け取り、まじまじと見つめた。
「本当に缶詰め……」
プルタブを引っ張ると空気の抜ける音が聞こえた。龍也がおそる、おそるフタを開けるとその隙間から何かが飛び出した。
飛び出した何かは姿をよく見せないまま、先ほどまで土御門が飲んでいただろうプリンミルクの空き缶の中へと入っていった。
一瞬の出来事に、3人は呆然と空き缶を見つめる。
しばらくすると、空き缶はガタガタと揺れ、ソレが空き缶から這い出てきた。きゅうっと目を回しながら空き缶のふちに体を預けている。
「うぅ……甘ったるいベタベタしゅる」
小さな体から、少年のような声が聞こえ成美と龍也は目を大きく見開いた。
「しゃべった!?」
成美の大きな声に、ソレはびくりと体を震わせて顔をあげた。
小さく黒くつぶらな瞳、狐のごとくシュッと細い鼻にオコジョのように細く空き缶におさまるほど小さい体。
送り犬に次ぐ可愛らしいマスコットキャラぶりに、成美は思わず抱きしめそうになるのをこらえた。
相手は小動物といえどアヤカシ。気軽に触れてはいけないものだ。
「ボクのキレイな毛並みがベトベトでしゅ。ふいてくれましぇんか?」
瞳をきゅるんとさせ、ソレは首を傾げて成美を見つめた。その可愛らしい姿に、成美はうっと唸り胸をおさえる。触れてはいけないとおさえた欲が再びわきあがってくる。
(少しだけ……直接触れるわけじゃないし大丈夫、大丈夫)
そう言い聞かせながら触れようとするその手を、土御門に掴まれた。
「世話くらい、飼い主にやらせろ」
「ちょっとくらいいいじゃないですか」
「ダメだ」
成美の顔と土御門の美しい顔が近くなる。土御門の黒曜石のような瞳にジッと見つめられ、返そうとした言葉は音もなく消えていった。
「……ふけばいいのか?」
「あいでしゅ」
龍也の言葉に、管狐は食い気味に言葉を返した。ベトベトしているのが相当イヤなのだろう、シュルリと中から出てくるとそのまま龍也の腕に巻きついては細長い口で、せかすように腕を突いている。
「……すみません、洗い場を貸してください」
「いいぞ」
「それと、動物用のシャンプーにブラシ。タオルとドライヤーはありますか?」
「…………ドライヤーは貸してやるが、他は店で買え」
くいっと顎で店内を指した土御門に、龍也は頭を下げてから店舗へと向かう。成美は慌てて店内に戻ると、すばやくレジへと立った。
どのシャンプーがいいか、どのブラシがいいか、仲良さげに相談して決める1人と1匹に、ポカポカした気持ちになりながら彼らの買い物の様子を眺める。
大丈夫そうだなとその時の成美は思っていた。
***
それから1時間ほどの時が経った。龍也が、ふぅっと一息ついたのをみて、成美はちらりと肩ごしから覗いてみた。
「…………すごい!」
そこにいたのは、先ほどとは見違えるほどツヤツヤとした毛並みになった管狐だった。真っ直ぐに整った毛は、白銀に輝き。嬉しそうに空中をただようその姿は、狐というよりも小さな龍のようだ。
「すごいでしゅ、すごいでしゅ。美しいボクのけなみが、もっとキレイになったでしゅ」
くるくると飛び回り、キューイと高い声をあげながら龍也のズボンの中へと足元から入っていった。驚いた龍也が、ズボンを少しまくってみると彼の足首にはシルバーのアンクレットがついていた。
「アンクレットとかつけてたんですね」
「いや、ケンカすっとき邪魔になっから、こういうのつけねぇんだけど」
「えっ」
驚いて顔をあげると困ったように龍也は笑みをみせる。そのアンクレットをもう一度よくみようとしゃがみこみ、ジッと眺めると、足首にピッタリとついたアンクレットは、簡単につけ外しができるようには見えなかった。
それに、なんとなく先ほどの管狐のシルエットに似ている気がする。
「…………気に入られたみたいだな」
いつのまに近くに来ていたのか、土御門は成美の横に座ると龍也のアンクレットにそっと撫でるように触れた。
《キューイ》
どこからか嬉しそうな管狐の高い鳴き声が聴こえた。
あやかしコンビニ 六連 みどり @mutura
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