07.
「……西條さん?」
蒼の声にハッと我にかえる。
いまは、余計なことを考えている場合ではなかったことを思い出す。はやくアヤカシ缶を見つけて土御門のもとに持っていかなければ、遅いと言われてしまう。
「余計なこと考えてて、すみません。アドバイスもらえますか?」
「え? あぁ、はい。わかりました」
蒼はメモみながら、アヤカシ缶が並べられている棚に手をのばす。カウンターの上に、犬のマークと狐のマークそれと、ヘビのマーク。様々なマークのついた缶詰が6個ほど並んだ。
「西條さんが選んだアヤカシ缶を出してみました。軽く説明していきますね」
「はい、よろしくお願いします」
「まず、この中での私のオススメはこの管狐ですね」
蒼は、狐に似た細長い生き物のマークがついた缶詰めを手に取る。
「管狐ですか……たしか、飯綱とも言われてるって」
「そうですね、飯綱とも言われていてオサキみたいに勝手に動かず、使うことができるのでオススメします」
「なるほど……トウビョウとか犬神憑きは?」
「トウビョウは、怨み相手に憑いては痛みをもたらすモノです。ただ、扱いを間違えれば飼い主に襲いかかるのであまりオススメしません。犬神憑きは憑いたものに富みをもたらす代わりに体の痛みや精神がおかしくなるようになります。ちなみに、狐憑きも犬神憑きと似たような感じです」
「蒼さん的には、オススメできませんか?」
「そうなります……参考になりそうですか?」
「はい、ありがとうございました」
今回の依頼内容から飼い主に影響を及ぼす犬神憑きや狐憑きよりもトウビョウや管狐のような飼い主がの怨み相手が対象になるようなものがいいだろう。そうなると、扱いが難しいらしいトウビョウよりも蒼のオススメである管狐を選ぶ。
「そういえば、土御門さんは今なにをしているんですか?」
いつものように事務所のなかに引きこもっているのだろうか。まるで砂糖を飲んでいるかのように甘い缶ジュースを飲みながら、古書を読みふけっている姿が成美の脳内浮かぶ。
「ハル様は、依頼主に詳しい料金や金銭以外での支払い方法を説明しているところです」
「金銭以外でのって、あれですかアヤカシの……」
「いえ、今回はなにやら彼と話が合ったようで別の条件を提示しておりました」
「別の条件?」
龍也と土御門では年齢も違えば、性格も好みも違って見えるのに合うような話があるのだろうか。そもそも、さらなる別の条件があるとは初耳である。
「説明をされているなら、事務所に行くのは待った方がいいですよね」
「いえ、依頼関係のお話でしたら問題ないと思いますよ」
それならばと成美は、蒼に一言告げてから6つのアヤカシ缶と在庫管理書を持って事務所に入る。事務所のなかは、なにやら楽しそうな声が聞こえる。こんなにも楽しそうに話す土御門の声は聞いたことがなかった成美は、首を傾げながらも2人がいる奥へと進んでいく。
「この疲れがふっとぶほどの甘さの中にカラメルソースの苦味があり、甘さだけの飲み物ではないのがとてもいいと思います」
「そうなんだ! きみはよくわかっている」
「あの……盛り上がってるところすみません」
水をさすようで申し訳なかったが、おそるおそる成美は声をかけた。しん、と静まりかえった事務所内。龍也と土御門の視線が成美にあつまる。
こほん、と土御門は場の空気を変えるかのようにひとつ咳払いをすると先ほどとは打って変わって、静かな声で呟いた。
「……見つけてきたか」
「はい」
在庫管理書を土御門に見せると一瞬、目を見開かせたが彼は何事もなかったかのように受け取るとページをパラパラとめくる。
「……蒼か」
土御門の呟きに成美は答えなかった。口をかたく閉ざしながら、土御門のもつ管理書を手に取り。とある1ページを開く。
人のそばにヘビの絵がかかれたソレを見て土御門はニヤリと笑う。
「お前が選んだのがコレか?」
「3つめです。本命は最後に出しますよ」
「そうか……残念だ」
声のトーンが少しだけ下がる。どうやら、彼にとってヘビの絵"トウビョウ"はハズレだったらしい。成美は、これを選ばなかったことにホッと息をつくと次の候補のページを開いた。
「ほう、オサキか」
「はい」
オコジョにも似たキツネのような絵がページに描かれている。
オサキ、狐憑きと似たアヤカシで家に憑くモノだ。もちろん個人にも憑くこともできるそうだけれど家に憑いた時よりも大変だという。これも今回の依頼に使用するにはあまりにも危険だ。
「もちろん、これも違うんだろ?」
「はい、3つめはコレです」
ページに描かれたソレはキツネ。しかし、普通のキツネよりも小さく描かれている。
「選んできた傾向的に憑き物だとは思ったが管狐か」
「管狐は、オサキ比べて扱いやすいと聞いたのでそれに母と同じ目にあわしてやりたいという彼の望みと憎む相手に悪事を働く管狐は相性がいいと思いました」
「…………なるほどな、管狐のことを誰に聞いたのかは目をつむっていてやろう。管狐を選んだこともまぁ及第点だな」
「つまりは?」
「残念だが、合格だ。せっかく色々と考えていたのにな」
心底残念そうに肩をおとす土御門に成美はゾッと背筋が寒くなった。不正解を提出していた場合いったい彼に何をされていたのだろうか。
「まぁ、管狐にもデメリットがあることを理解はしていないだろうがな」
「デメリット……?」
「さて、春日井。モノも決まったことだし依頼の話に戻るぞ」
「デメリットについては教えてくれないんですか……ってあれ? 土御門さん、猫はかぶらなくていいんですか」
そういえば先ほど龍也と何かを話していた時もそうだ。依頼人にはものすごく人の良さそうな営業スマイルで丁寧な言葉を並べていた土御門だが、今では龍也に普段成美たちに接しているような態度で成美は首を傾げた。
「知りたきゃ自分で調べろ現代ならネットで調べれば一発だろう。あと猫はかぶってないぞ、公私でわけているだけだ」
「ネットには嘘の情報も紛れてるのが多くて混乱するんですよねぇ。じゃあ今は仕事じゃないんですか?」
「……仕方ないから、ここの本を読んでもいい。許す。仕事だが、彼とは先ほど同士となったゆえに堅苦しいものはいらん」
「同士、ですか?」
「あぁ、これのな」
そう言って土御門の手に握られているのは、黄色で目に痛い飲み物プリンミルク。龍也も保健室で飲んでいたのを思い出す。彼らが親しくなった理由がこれなのかと成美は内心、呆れてしまう。
それと同時に、蒼が言っていた支払いの別の条件というものがなんとなく予想できてしまった。
「今回の依頼の報酬が少しばかり特別と聞いたんですけど、もしかしてコレですか」
成美は、プリンミルクを指さすと土御門は長くて綺麗なまつ毛を何度も瞬かせた。しばしの沈黙のあと、彼は見惚れるほどの笑顔で答える。
「よくわかったな。1カ月に1度、プリンミルクを30缶ほど届けることを条件にアヤカシ缶を売ることにした」
性格はアレだが、顔がすこぶる良い土御門の笑顔にくらりとめまいを覚えつつ、彼の口からこぼれた言葉に頭を抱えた。
「さ、さんじゅう!?」
1日に1缶飲むペースじゃないと飲みきれないだろうその数に驚く。しかも1カ月に1度というハイペースっぷり、そんなにも土御門にとってこのプリンミルクは美味しいのだろうか。
そこまでされ、味が気になってしまった成美は密かに1缶だけ買ってみようと決心する。
「……というか、そんな数、用意できるんですか?」
「問題ない。俺自身、メーカーに電話して毎月送ってもらっているから、それが一箱増えるだけ」
「…………そうですか」
プリンミルクという飲み物をそんなにも飲みたがるツワモノは土御門だけだと思っていたが、どうやら先に龍也がやっていたらしい。
彼らの執着ぷりに成美は少し引いていた。
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