06.
レジ後ろ、ずらっと並ぶ缶詰めを成美は真剣な表情で見つめていた。お店の中は、相変わらずガランとしていて考える時間の欲しい成美にとっては好都合だった。
(アヤカシのことなんて全然わからないのに、選べなんてムリに決まってるじゃない!)
缶自体にアヤカシの名前が書いてあるなら、携帯で調べるなりなんなりの方法はあるだろうが、書いてあるのはマークだけしかもレシートの裏にエンピツで書かれた手書きのマークだ。
「あの鬼め……」
「西條さん」
「はい!?」
土御門にでも呟いた悪口が聞こえてしまったのかと一瞬ヒヤリと背筋に冷たいものがつたう。後ろを振り返るとニコニコと爽やかに笑う蒼が数冊の本を持って立っていた。
「なんだ、蒼さんでしたか」
「ふふ、驚かせてしまってすみません。これ、アヤカシ缶の在庫管理書です、参考にしてください」
カウンターの上に古めかしい本を置く蒼の手を取る。なんと優しい人だろうか。土御門が亡者をいたぶる地獄の鬼ならば、蒼は亡者に救いの糸を垂らすお釈迦様のようだ。
「ありがとうございます!」
「いえいえ」
それでは、と再び事務所の奥へと蒼は消えていく。まだ自分の休憩時間中だろうにこうして困っている成美のために持ってきてくれる蒼の気づかいが嬉しくて、心がぽかぽかと暖かくなるのを成美は感じた。
さっそく、管理書の一冊を手にとりページをめくる。アヤカシの名前、缶に入れられたマーク、大まかな説明が書かれたソレは携帯の検索などいらないほど初心者である成美でもわかりやすかった。
パラパラとめくり、2冊目に入ろうとした成美の手がピタリと止まった。古い本にしては、つい最近つけたような白い付箋が一枚貼られていた。
(……なんだろう?)
付箋の貼られたページをめくると、そこに描かれていたのは1匹の龍だった。青龍(蒼龍)と書かれたそれを食い入るように見つめる。どの文字を追っても、青龍のアヤカシ缶マークは見当たらない。
(……あとで、蒼さんに聞いてみようかな)
成美は、止めた手を再び動かした。
時間はいつのまにか過ぎていき、蒼さんか持ってきてくれた管理書は全て読み終わってしまった。説明文をもとにいくつかピックアップをしてみたが、3つに絞り込むのが難しい。
「なにか見つかりましたか?」
「蒼さん……休憩していなくていいんですか?」
「つい先ほど、終わったところです。ですので、なにかお手伝いしますよ」
管理書だけではなく、他のことも手伝ってくれるという蒼の優しさに心がきゅっとなるのを感じながら成美は、メモしたレシートを渡した。
「いくつかピックアップしてみたんですけど、3つには絞れなくて……」
レシートの裏に書かれているのは、犬神憑き、ゲドウ、トウビョウ、狐憑き、管狐、オサキ、そして隅っこに小さく青龍と書かれていた。
「見事に憑き物ばかりですね……けれど、これは?」
蒼は、青龍と書かれた文字を指差す。
「それは、ただ蒼さんに聞こうと思ってメモしただけです。気にしないでください」
「何を聞こうとしたのですか?」
蒼の声が少し低くなり、表情もどこか硬くなる。もしかして、触れてはいけないことだったのだろうか、そう思った成美は慌てて手を振った。
「少し疑問に思った程度なので、気にしないでください」
「小さなことでも何かあるなら、聞いてください」
聞いてしまってもいいのだろうか、そう思いながら成美はしばし蒼みつめる。蒼は、ただ真剣な表情で成美を見ているだけだ。
「あの……青龍のアヤカシ缶ってあるんですか?」
質問して数秒、少しの沈黙が流れ、吹き出した。
土御門ほど豪快な笑い方ではなく、肩を揺らす程度のものだったが成美の言葉に蒼は笑っていた。
「すみません、つい。青龍のアヤカシ缶はありません、作れないんです」
「作れない?」
「青龍はアヤカシではないので、何かの手違いでそこに書かれてしまったのでしょう」
「そうだったんですね、少し残念です」
「青龍、見てみたかったですか?」
蒼の言葉に成美は静かに首を振った。
「ただなんとなく、会いたいとそう思っただけです」
かなしみと懐かしさとかすかに残る胸の痛み。描かれた青龍を思い出すたびに、そんな感情で包まれる。成美は、きゅっとなる胸をおさえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます