07.


 大きな桜の木を囲むようにベンチが置かれている。今の季節は、まだ少し寒いからかここでお昼を食べる生徒は少ない。誰もいないのを確認して、成美と結衣はベンチに座った。

 さっそくお弁当のフタを開けると、ご飯の上に桜と同じ色の桜でんぷんがかけられ、おかずの方には花の形をしたニンジンとじゃがいもの煮付けに大葉とチーズの春巻き、てらてらと光るミートボールが2つ入っていた。

 お弁当のなかに春巻きが入っていたことに成美は内心ガッツポーズをした。成美は夏生の料理で春巻きが一番好きだからだ。


「さすが、夏生さん。今日も彩りきれいだね」


「だね……さて、なに食べる?」


 お弁当を結衣に差し出すと、彼女は真剣に悩みはじめた。できるなら全部食べたいとでも思っているのだろうか。いや、彼女はあまり食べる方じゃないのでその考えをすぐさま捨てる。

 とりあえず、春巻きだけは選んで欲しくないと成美は思った。


「んーじゃあ、これいい?」


 結衣が指をさしたのは、ミートボールだった。成美はホッとして、彼女に可愛らしい赤色のピックを渡す。彼女は、それを嬉々として受け取りミートボールに刺すと小さな口を開けて頬張った。


「んー、美味しい!」


 ほっぺたが落ちそうと両頬をおさえて味わう結衣を見て、成美もミートボールに箸を持っていき、そのまま口の中へと運ぶ。


「……なにこれ、兄貴まだこんなの隠してたの……」


 甘辛いタレと口のに入れて噛んだ瞬間、簡単にほぐれる肉団子が絶妙だった。今まで1番だった春巻きと同じくらいそのミートボールは美味しかった。


「夏生さんの腕ならどんな女の人の胃袋でもつかめちゃつんだろうなぁ」


「掴めちゃうだろうけど、作ってもらいたい派だから付き合ったあとが大変みたいだよ」


「なるほど、夏生さんは作ってもらいたい派なんだねメモメモ」


 そう言って何やら携帯にメモをする結衣をあたたかい目で見つめて、成美は彼女に話さなければいけないことがあることを思い出す。夏生の料理があまりにも美味しくてすっかり頭から抜け落ちていた。


「結衣」


「なに?」


 結衣は、ガサガサとコンビニ袋を中から菓子パンやらおにぎりやお弁当、お菓子などが出てくる。毎度のことながら細身で美人のわりによく食べるなと成美は思った。


「さっきの話したいこと、食べながらでも聞いてくれる?」


「うん、聞かせて」


 少しばかり値段の高いチョコレートを成美の手にのせながら結衣はにこりと笑う。戸惑う成美に夏生の情報をくれたお礼だと彼女は言う。


「実は昨日、帰る途中でね——……」


 いつのまにか聞いたことのないコンビニにいたこと、そこでの出来事を成美は一通り話した。途中まで真剣に聞いていた結衣だったが、妖という言葉が出てきた辺りから不思議そうな表情で話を聞くようになっていた。


「……成美、それって漫画の話?」


「違うんだよ、本当なの。ほら、ここに雪女っていう妖怪も……」


 ポケットの中でスヤスヤと寝ていた小雪を掴み、結衣に見せる。気持ちよく寝ていたのにいきなり起こされた小雪は、ぎろりと成美を睨んだ。


「なんですのいきなり! レディの睡眠を邪魔をしないでいただけません?」


「ごめん、ごめん。でもほら、彼女が友達の結衣」


 小雪は後ろを振り返り、まじまじと結衣をみつめ、結衣と成美を交互に見ると小雪は成美に向かってニコリと笑った。


「どんまいですわ、成美。あなたにもあなたの魅力がありますので気を落とさないでくださいね」


「どういう意味よ、それ」


 小雪の真っ白な頬を、指先でつつく。整った顔が歪んだのが少し面白いけれど、彼女に触れた指先が氷水に突っ込んだみたいに冷たくなる。


「…………成美」


 名前を呼ばれ、小雪と成美は結衣をみつめた。そういえば、彼女もいたことをほんの少しの間、忘れていた。

 結衣はきょとんと成美をみつめている。その瞳はゆらゆらと泳いでいた。


「ごめん、彼女が雪女の小雪だよ。小さくて可愛いでしょ?」


「え、あ、あの……」


「ふふ、私はこんなにも可愛い姿ですけれどとても強いのよ」


「まだ強いところみたことないけどね……結衣?」


 黙り込んでしまった結衣は、なにやら考え事をしているのか顎に手をあてていた。美しい眉が、歪んで眉間にシワをつくる。


「……あのさ、小雪さん? そこにいるの?」


 ズドン、と結衣の言葉に雷にでもうたれたような衝撃をうけた。ゆっくりと成美と小雪は、お互いを見つめる。


「え、結衣さん。この子がみえていらっしゃらない?」


「…………うん、なにもみえない」


「私は当たり前のようにみえてたから、まさかみえないなんて」


「私のこの美しい姿がみえないなんて、結衣ったら可哀想ですわ」


 成美と小雪は、それぞれ違う理由で落ち込む。その姿を結衣は申し訳なさそうに眺め、ごめんなさいと小さく呟いた。


「本物をみないと信じられないよね」


「ううん、成美が言うんだもの信じるよ。約束もしたし」


「……結衣」


 朗らかに結衣は笑う。成美の不安をその笑顔から溢れるマイナスイオンで優しく消してくれるほどのそれに、何度目かのトキメキを覚える。向けられていない小雪でさえ、彼女の笑顔にきゅんとしたのか着物の袖で口元を隠していた。


「そ、それでね、結衣」


「うん?」


「今日の放課後、私と一緒にそのコンビニに来て欲しいの」


「え、どうして?」


「もしかしたら、ストーカーの件どうにかしてくれるかも」


 そう成美が結衣に伝えると結衣は、行くと答えたものの彼女の表情はどこか暗く、困ったように眉を下げて笑っていた。

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