08.
今日の夕空はいつもよりいっそう赤く、白色の雲でさえ赤色で染め上げていた。思わず手元にある携帯で写真を撮ってSNSにあげたくなるほど、綺麗な空だった。
成美は昇降口でそんな空を眺めながら結衣が来るのを待っていた。帰る間際に先生に雑用を頼まれてしまったらしい。
それから30分ほど待つと結衣が小走りで駆け寄ってくるのがみえた。
「おまたせー、ごめんね」
「いーえ、じゃあ行こうか」
「うん」
2人と1匹はカクリヨに向かって歩き始めたが、数メートル先で成美の足がピタリと止まった。遅れて結衣も止まるが成美は電池の切れたロボットのように動かない。
「成美?」
「……どうしよう」
「どうかしましたの、成美?」
「わかんないのよ、カクリヨへの行き方」
「えっ」
「あら」
昨日の成美はいつのまにかあそこに居て、意図的に行けたわけじゃない。偶然なのだということを思い出し、成美は顔を真っ青にさせた。
「それなら、大丈夫ですわよ」
くすくすと小雪は上品に笑うと冷たい息を吐いた。
彼女の冬のように冷たい吐息は、はるか上空に浮かび弾けて2人の真上から小さな雪となって降りてくる。
小さな雪は、降りつもることなんてないのにその雪は不思議と彼女たちを包むように降りつもる。
視界が真っ白に染まっていく、成美と結衣は突然のことに目を閉じる。
「2人とも、目を開けても大丈夫ですわよ」
そう小雪の声が聞こえ、ゆっくりと目を開けた。視界いっぱいに広がるのは見覚えのある真っ白な空間。
そこにポツリと建つのは、白と黒のコンビニ"カクリヨ"だった。
「……ほんとにあった」
信じるとは言ったものの、どこか半信半疑だったのであろう。結衣は、呆然としながらカクリヨをジッと眺めていた。
「裏口へはわたしのように案内できる人がいれば来れますのよ」
「そうなの? あれ、じゃあなんでわたしは……?」
「謎ですわよね、アヤカシかアヤカシ関連で悩まされている人でなければ裏口には来れませんもの」
アヤカシでもなければ、もしくはアヤカシ関連の悩み事なんて成美にはなかった。
成美はあの時のことを遡る。ネオンの光、ちらほらと歩く人々、車の過ぎさる音、鈴の音。そして——……。
——リィン
白い獣の……。
「成美」
結衣の声に成美は、はっと我に返る。あと少し、布一枚ほどの距離でナニかを掴めそうだったのにその手は、静かに布を揺らしただけだった。
思い出せないことが少し残念に思いながらも、いまは結衣のために来ているのだと思い出し、雑念を振り払う。
「どうしたの、結衣」
「……ここが、言ってたカクリヨ?」
「そうだよ」
「中、入らない?」
「……入ろうか」
その声に反応したのか、今まで閉まっていたコンビニの扉が勝手に開く。不思議と扉の先は真っ白でなにも見えない。成美は、結衣の手をつかむとゆっくりと彼女を中へと導く。
「いらっしゃいませ」
店員の声だけが響く。キョロキョロと辺りを見回すと彼はひょこりと奥の棚から顔を出した。
「蒼さま〜、わたくし疲れましたの〜」
奥から出てきた店員、蒼に小雪はわざとらしくヨロヨロとしながら近寄っていく。彼はしっかり小雪を手のひらで受け止め、慈しむように彼女の頭を撫でた。
疲れたなんて言っているが、うそだ。小雪は、ほぼ1日中制服のポケットを布団がわりにして寝ていた。声をかけても、揺らしても起きないほど深く。
「小雪さん、おつかれさまです。これからも西條さんをよろしくお願いします」
「まだ、ダメですの?」
「えぇ、ハル様の許可がおりるまでお願いします」
「わかりましたわ、仕方がありませんわね」
ふぅ、とわざとらしくため息をはいてチラリと小雪は成美に視線をおくる。夏生の料理を食べていて、ぐっすり眠られてほかになんの不満があるというのだろうか。いや、違う彼女はただ蒼に甘える口実が欲しいのだ。現に蒼の細くしなやかな指を抱き抱えては幸せそうな表情をしている。
「西條さんもよくいらっしゃいました。それで……そちらの方が?」
「はい、昨日言っていた友人です」
あまりにも美しい蒼さんに見惚れたのか。彼を見つめたまま動かない結衣を肘でつつく。
「あっ、えっと、結衣。佐々木結衣です」
「はじめまして、ここの店員の蒼と申します。いまハル様……オーナーを読んできますので少しお待ちください」
そういうと蒼は、事務所の中へと入ってしまった。少しの沈黙のあと、結衣は手を胸元にそえるとゆっくり息をはいた。
「ずいぶんと美形な人だったね」
「…………そうだね」
彼の美しさにまだ心臓がドキドキと脈をうっているのか、結衣はずっと胸に手を当てている。彼でその反応ならば、今蒼が呼びに行っている人を見たとき。いったい結衣はどんな風に反応するのか、それが少し楽しみだと成美は口元微かに緩めた。
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