03.

(…………なんだろう)


 最初は、威圧的な声を出したり、睨んできたりとしていたのに丸イスに座り、拗ねるように頬を膨らませるヤスの姿は少しばかり可愛いと思ってしまう。


「ちゃんと5人分買ってきたんっすよ」


「それについては感謝してるよ、ありがとう」


「なのに…………最初に怒ることないじゃないっすか」


「ごめんな」


 申し訳なさそうに苦笑いをした、りゅうやはポケットから小さいサイズのチョコレートを取り出すとヤスのテーブルの前に静かに置いた。

 ヤスはちらりとチョコレートに視線を向けては、そろりと忍ようにチョコレートを受け取った。

 その様は人を警戒する小動物のようで、彼には悪いが可愛いと成美は思ってしまった。


「……そういや、あの子はいないんっすね」


「あの子?」


「ほら、この子のダチの……美人な子」


 ヤスは、キョロキョロと辺りを見回し、そわそわとしている。彼のそんな姿に違和感を感じ成美は首を傾げ、陽子先生とりゅうやはなにやらニヤニヤと愉しげに口を緩めている。


「あらあら、春かしら」


「春ですね」


「えっ、とっくに春ですよね?」


 陽子先生、りゅうや、成美の順に口を開く。成美には2人の言葉の意味が伝わっていないみたいだが、どうやらヤスには伝わっているらしく、彼は顔を真っ赤に染めた。


「ち、違うっすよ! べつにそんなんじゃないっすよ! そういえば、飲み物どれがいいっすか?」


 話を変えるためかわざとらしくヤスは、成美に買ってきた飲み物を見せる。お茶、紅茶、炭酸にコーヒー、無難なものが並ぶなか1つだけ異様なものが混ざっていた。


「プリンミルク……?」


「あっ、それだけはダメっすよ! りゅうやさんのっす」


 ヤスは、成美の目線の先にあった飲み物を取るとそのままりゅうやに渡す。なんの抵抗もなく彼が受け取ったのをみると本当にその甘ったるそうな黄色い飲み物を好んで飲んでいるらしい。


「……甘党なんですね」


 それも相当な。


「まぁね」


 りゅうやが缶のプルタブを開けると喉をコクリと鳴らしてソレを飲みはじめる。なんだか見ているだけで口の中が甘ったるくなってきた成美は、残った飲み物の中でコーヒーを選んだ。


「…………なるちゃんは、違うみたいだね」


「甘いものも好きですけど、というか普通に貰ってしまったんですが、よかったんでしょうか?」


「大丈夫、ウチのが迷惑かけたからね。受け取って」


「じゃあ、遠慮なく……ごちそうさまです」


 微糖と書かれたコーヒーのフタを開け、口に含む。コーヒーの丁度良い苦味が口の中にひろがった。


「なるちゃんの友達に1本渡して、あと先生もどうぞ」


「あら、いいの?」


「ありがとうございます」


 陽子先生はお茶を選び、成美は結衣用に紅茶を選んだ。彼らみたいな容姿の人たちは、どうしても悪いイメージがあったが、今日こうして接してみると保健室に連れてきてくれたり、飲み物をかってくれたりしてくれたからか、自分の中での悪いイメージが塗り替えられていく。


「なに、なるちゃん。どうかした?」


「…………いえ」


 なんでもないと成美はコーヒーを飲み干した。


「さて、成美ちゃん。そろそろ、授業に戻りましょう? あなた達もサボらずちゃんと授業に出なさい」


「えー、めんどくさいっすよ」


 陽子先生の言葉に、成美は静かに立ち上がる。横では、ヤスがまだイスに座ってテーブルの上に突っ伏している。


「そう言わずにね? 大人になってから勉強しておけばよかったって後悔することもあるのよ」


「先のことより今を大切にしたいっす」


「ヤス、行くぞ」


「えー」


 テーブルから離れないヤスの首根っこを掴み、りゅうやは保健室の入り口へと向かう。慌てて、成美もその後ろをついていきながら、陽子に視線を向けた。


「先生、ありがとうございました」


「いいえ…………あ、成美ちゃん」


「はい?」


 優しく腕を引っ張られ、陽子先生に耳元で囁かれる。


「相談事があったらいつでも相談にのるわ」


「え?」


「あなたからは、同じ匂いするの。だから、ね?」


(同じ匂い? 陽子先生と……?)


 首を傾げながらも成美は、保健室をあとにした。

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