願い続けた日
「……私はもうあなた達には会わないわ」
維織の涙は止まらない。
俺は維織の言葉が理解できず呆然と立ち尽くす。
「……は?な、なに言ってんだよ。なんでそんなこと……」
「……私は卑怯者だから。待ってくれている胡桃を裏切って、苦しみをすべて博人に押し付けて……私は一人で逃げた。昔何度も私のことを助けてくれた二人を見捨てた。……私はもうあなた達に合わせる顔なんてなかった」
維織がずっと悩んでいるのは分かっているつもりだった。
でも、こんなに深刻だったなんて……。
「でも、今日博人はあの時の約束を守って胡桃を連れてきてくれた。夢かと思ったわ。……本当に嬉しかった。最後に良い思い出を作ることが出来たの」
「だから思い出ってなんなんだよ!!俺たちの時間はやっと動き始めたんだぞ。これから今までの分の思い出を三人で作っていくんだろ?!」
維織はまた首を静かに振る。
「それは二人で作っていって。二人から逃げた私にそんな資格ないわ」
「そんな……。それはしょうがないだろ?だって維織には昔のことがあるんだから」
「博人だってそうでしょう?あれだけのつらいことがあって、誰よりも大切な人を亡くす悲しみや恐怖を知っているのにあなたは二年間胡桃のことを見守り続けた。……裏切った私と違って」
維織の言葉は続く。
悲痛な声は聞いているこっちが辛くなってくる。
「私はあれほど嫌っていたあいつと同じことをしているのよ。自分のためだけに私を捨てて逃げた母親とね。……所詮、蛙の子は蛙なのよ」
維織は自虐的に笑う。
「そうじゃないだろ。ちゃんと俺の話を-」
「やめて!!何も聞きたくない!!私はもう胡桃にも……博人にも嫌われたくないの」
こんな維織を見るのはあの日以来だった。
あの日も維織はずっと泣きじゃくっていた。
……身体が勝手に動く。
そして、俺はあの日と同じように維織を抱きしめた。
「!! 離しなさい!!離して……離して!!」
維織が腕の中で暴れる。
そんな維織を抑えるようにさらに強く抱きしめる。
「……お願い。これ以上私に優しくしないで……」
「するに決まってるだろ!!お前は大切な奴なんだから!!……頼むから話を聞いてくれ」
そう叫ぶと維織の身体の力が抜けて大人しくなる。
「……違うんだよ。胡桃が起きたのは俺だけのおかげじゃない。あいつは俺達二人に会うために頑張って起きてくれたんだよ」
「……」
「胡桃は起きた後ずっと維織に会いたいって言ってた。今無理に動くのは良くないって俺や祐子さんに言われて胡桃はなんて言ったと思う?」
「……」
「胡桃は自分の身体はどうなってもいいから維織に会いたいって俺達に言ったんだ。あの引っ込み思案な胡桃がだぞ?」
腕の中の維織の身体が震える。
「……あの……胡桃が?」
「そうだよ。……嫌う訳ないじゃないか。胡桃はずっと維織に支えられてるんだから。俺だってそうだよ。また三人で笑いあえる日が来るって信じてたから今日までやって来れたんだ」
「私は……私は一緒に居ていいの?私はあなた達を裏切ったのに」
「誰も裏切ったなんて思ってないよ。だからまた俺達と一緒に居てくれ。俺たちは三人で一人なんだからさ」
「あっ……」
維織は俺の胸に顔を押し当てて泣き続ける。
俺はその背中を優しくなで続けた。
・
・
・
「まったく、急に抱き着いてくるなんて」
目を擦りながら維織は文句を言ってくる。
もういつも通りの維織に戻っていた。
「……体が勝手に動いたんだよ」
「勝手に動いたって、犯罪者の言い訳みたいね。知らない人にしていたら今頃警察行きよ」
「知らない人に抱き着いたりなんてしねえよ……」
「どうかしら?それより女子に勝手に抱き着いてきたなら言うことがあるでしょ?」
「言うこと?……柔らかかった、とか?」
「・・・警察に電話するわ」
維織が携帯を取り出す。
「冗談だよ!!悪かったって!!」
維織は本気でやりかねないから怖い。
「柔らかかったって……あなた……」
顔を赤くしながら維織は自分を抱きしめる。
「はあ、悪かったよ。背中とか触って……」
「……えっ?背中?」
「えっ?違うの?」
維織の顔がさらに真っ赤になる。
「……どこだと思ってたんだよ」
「う、うるさい、なんでもない。もう部屋に入るわ」
「あっ、ちょっと待って。渡すものがあるの忘れてた」
「何?」
鞄の中から包みを二つ取り出す。
「はい、誕生日おめでとう」
「えっ?二つも?」
「うん。去年と今年の。今年の誕生日も一か月前に終わっちゃったけどな」
「……開けていいの?」
「いいけどあんまり期待すんなよ」
維織が包みの中の物を取り出す。
「シュシュと櫛?このシュシュ今日胡桃がしていた」
「よく分かったな。胡桃と色違いのやつなんだ。胡桃は黄色で維織のは青。維織も髪長いから使えるかなって。櫛は女子がよく使うものだから。……微妙だったかな」
「ううん、嬉しい。ありがとう、大切にするわ」
維織が笑う。
その笑顔はとても綺麗だった。
「……維織はやっぱ笑ってる方がいいよな」
「な、なによ急に。……もう帰るわ」
「ああ、遅くなって悪かったな」
階段を上った維織が振り向く。
「……また明日」
維織から言われたことに少し驚きすぐに返事出来ずにいると睨まれる。
「……なによ」
「い、いや、なんでもない。また明日な」
そういうと維織は少し笑って部屋に入る。
それを確認してから帰路に就く。
ふと見上げた空には三つの星が楽しそうに瞬いていた。
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