体育祭(後半戦)
おいしい弁当を食べ、またグラウンドに戻る。
維織の足がまだ少し痛むらしいので早めに着たつもりだったが、既に胡桃は戻って来ていて空をぼーっと眺めている。
「空は綺麗か?」
そう言って近づいて行くとこちらを向いて微笑む。
「うん」
ぼーっとしているところを見られていたのが恥ずかしいのかちょっと照れながら言う。
俺と維織も空を見る。
確かに綺麗だ。
「ほんとに天気が良くて良かったね」
「そうだな。でも後半はあっという間に終わるぞ。俺は出るのも後一つしかないし」
「私は前半で終わりだから。後は応援しているだけね」
「いーちゃん、足は大丈夫なの?」
「ええ。もうマシになったわ。まだ少し痛むけれど」
「大人しくしてろよ」
「分かってるわよ」
そんなことを言っている間に続々とグラウンドに人が集まって来る。
時間が来てチャイムが鳴り、後半戦が始まる。
綱引きや玉入れ、棒倒しなど定番の競技が行われていく。
そして俺の最後の競技、借り物競争の集合がかかる。
「頑張って、ひーくん!!」
「頑張るのは俺じゃなくて二人だよ」
「どういうこと?」
二人は不思議そうに首を傾げる。
「いやだって、借り物競争で一番大切なのは足の速さとかじゃなくて、いかにモノを貸してくれる人が多いかだからな。俺、貸してくれる人維織と胡桃しかいないぞ」
「そ、そうなんだね」
「それはもう祈るしかないわね」
「まあ、高校の体育祭でそうそう変なやつなんてやつないだろ。じゃあ、行ってくるよ」
その時、俺は忘れていた。
高校には性格曲がった奴が少なからずいることを……。
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《借り物競争ではまず地面に置いてある紙を取ってください。そしてここに書いてあるものを誰かから借りて来てください。しかし、書いてあるモノは一つしか借りることができません。そこを注意してください》
その話を聞きながら、俺は拾った紙に書いてある文字を見つめながら立ち尽くす。
《赤組、足が止まってしまった!!紙には何と書いてあるのか!?》
また実況者のうるさい声がグラウンドに響く。
しかし、今回はそんな事に反応している暇はない。
『ど、どうすればいいんだ、これ……』
もうほとんどの人がゴールしている。
後ろの二人を見る。
俺が立ち止まっていることを不思議に思いながら、必死に声をかけてくれている。
『……でもあの二人は駄目だ』
頭をフル回転させ一つの解決策を思いつく。
周りを見て、来てくれていた祐子さんの元に走る。
「祐子さん!!来てください!!」
「えっ、わ、私!?」
無理矢理手を引き、はるかに遅れてゴールする。
《今赤組がゴールしました!!》
「はあ、はあ、はあ……。本当にふざけるなよ」
息を荒げながら、体育祭の実行委員会らしき人を睨む。
「すいません、祐子さん。巻き込んでしまって」
「いいよいいよ。久しぶりで楽しかったし。ところで紙にはなんて書いてあったの?」
「えっ!?い、いや、そ、尊敬してる人、ってちょっと!!」
後ろに隠していた紙をパッと取られる。
それを見て祐子さんはニヤッと笑う。
「なるほど。上手く逃げたんだね」
そう言って俺の頭をポンポンと叩く。
「……こういう意味にも取れるじゃないですか」
「確かにね。でもちゃんと博人君が二人のどちらかを選べる日が来ればいいと思うけど」
「……さあ?手伝っていただいてありがとうございました」
祐子さんにお辞儀して席に戻る。
「ひーくんどうしたの?大丈夫だった?」
「ああ。ちょっと迷ったけど大丈夫だよ」
「何が書いてあったの?」
「ああ。えっと、尊敬してる人っ書いてあったんだよ。それで祐子さんを……」
二人はこれを信じてくれたみたいだ。
紙を丸めてポケットに突っ込む。
「そうだったんだ~。借り物競争ってモノだけじゃないんだね」
「本当だよな。性格曲がった奴もいるもんだよ」
「尊敬してる人って書かれてても別に曲がってないじゃない」
「そ、そういうことじゃなくてさ。……まあいいんだよ。応援しようぜ」
借り物競争も終わり最後の競技、色別対抗リレーが始まる。
結果は青組が僅差で赤組に勝ち、結果、青組の優勝で体育祭は幕を閉じた。
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「はあ、疲れた。普段運動しない人間にとったらキツイもんだな」
「そうね。もう少し運動した方がいいのかしら」
「そうだな」
「私もちょっとだけ付き合いたいなあ」
「……リハビリ程度ならな」
渋々そう言うと胡桃は嬉しそうに笑う。
「うん!!」
「今日のところは解散しましょう。無理してもいけないわ」
「そりゃそうだ、今日はもうへとへとだよ。じゃあな」
二人に手を振り、家に帰る。
体操服を洗濯しようと袋から取り出した時にズボンのポケットから丸まった紙が落ちる。
「すっかり忘れてたな……」
もう一度紙を広げる。
【好きな人】
紙の真ん中に書かれた汚い字を見つめる。
多分書いた奴は恋愛感情を持ってる人を連れてきて欲しかったのだろう。
俺は誰でもいいという好きな人に意味を置き換えてやったが。
『……どっちかなんて選べるわけないんだよ。でも、祐子さんが気付くのはさすがだな』
また丸めてゴミ箱に投げ捨てる。
「俺はそんな日が来ない方が嬉しいんだけどな」
体操服を洗濯機に突っ込んでから、自分の部屋に戻りベッドに倒れこむ。
三人で何をしようかなあと考えながら静かに眼を閉じた。
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