ありきたりな日常
「じゃあこれで終わりだ」
挨拶をして今日の学校も何事もなく終わった。
今日は胡桃が病院に定期検査を受けに行く日なので、胡桃が来るまで宿題でもしながら待つことにする。
国語の時間に学習した子供の名前についてを題材にした内容にちなんで、自分の子供にどんな名前を付けるかとその理由を考えるというものだ。
そんなことを考えたこともない俺にとってはなかなかの難題だ。
理由を書かなくて良いなら適当に書けるのだが……。
「そんなに悩むなんてあなたらしくないわね」
「そうか?」
「いつもなら簡単に考えて仕上げるじゃない」
そう言われて頭を掻く。
「それをしたらちゃんとやれって言うじゃないか。ちゃんとしてるんだから、らしくないって言うなよ」
「別に悪い意味で言っている訳じゃないわ。珍しいと思っただけ」
「まあ、宮本先生の宿題だからな。先生はちゃんとやってるか否かをすぐ見破ってくる。……よく見てるよ」
「経験済みなのね」
「ご想像にお任せするよ」
ドアの方を見る。
教室から人はほとんどいなくなり、外からはサッカー部の声が聞こえてくる。
「胡桃、遅いな」
「そうね。でもクラスによって終わる時間はバラバラだから多少の誤差はしょうがないわ」
「そうだな」
紙を見る。
案ならいくらでも浮かんでくる。
でも、その理由となるとなかなか浮かばない。
「名前っていうのは大変なんだな。自分で考えると難しい」
両親のことを考える。
俺の名前を付けてくれた、今はもういない両親のことを。
「……これなら一度くらい自分の名前の由来くらい聞いとけば良かったな」
「聞いたことないの?」
「ああ、ないな。維織はあるのか?」
そう言って維織の顔を見ると少し苦い顔をしている。
「……ええ、まあ。昔に一度だけ」
「へえ。覚えてるか?」
「……覚えてないわ」
「嘘つくなよ」
維織は教えられたことをそうそう忘れたりしない。
「……維織の維が四維のことで、織がその四維を織りなすということらしいわ」
「む、難しいな。四維ってなんなんだ?」
「四維というのは礼・義・廉・恥の四つの道徳のことよ。国家を維持するのに必要な四つの大綱らしいいわ」
「す、凄いな……」
「さあ?……まあ、いい名前だとは思うわよ」
そう言って維織は紙に向かう。
俺も書こうと思った時に、教室の扉が開く。
「ひーくん、いーちゃん、待たせちゃってごめん!!」
胡桃が謝りながら、教室に入ってくる。
「大丈夫だよ」
「ええ。私達も宿題やっていたから」
「宿題?何の?」
紙を覗き込む。
「将来、子供に付けたい名前とその理由……。難しそう」
「難しいよ。名前だけだったら何とでもなるけど、理由とまで言われるとな」
「う~ん……」
筆記用具や紙を鞄にしまう。
「じゃあ、病院に行こうぜ。時間決まってるんだろ?」
「うん。そうだね」
維織も片付けを済ませ、教室を出る。
しかし、胡桃は何かに頭を捻っている。
「何考えてるんだ?」
「さっきひーくんといーちゃんの宿題。私も考えようかなと思って」
そう考えている胡桃にさっきと同じ質問をする。
「胡桃は自分の名前の意味知ってるのか?」
「えっ?うん、知ってるよ。ママに聞いたことあるから」
『やっぱりみんな聞いたことあるのか……』
「胡桃は花言葉で知性、知恵っていう意味があるんだって。……私にはないけど。あと胡桃は未来が来るっていうことも表してるらしいよ。……私にあるか分からないけど」
「なるほど、来る未来っていうことか。あとそのネガティブな発言止めろ」
「冗談だよ」
「冗談でもだよ」
「うん……ごめん」
まあまあ、と言いながら維織は胡桃の頭を撫でる。
「でもいい名前ね。香苗さんが付けてくれているだけあるわ」
「ありがとう!!いーちゃんも素敵な名前だよ」
「ありがとう」
二人が話しているのに耳を傾けながら病院まで歩く。
「でも、自分の子供なんて全然想像もできないな」
「まあ、そうね。私達はまだ十七歳だもの」
「でもひーくんの子供ならすごく可愛いんだろうなあ」
「それはどうだろうな。それは奥さん次第なところもあると思うけど」
「お、奥さんかあ~」
「奥さんね……」
冗談で言ったつもりが微妙な雰囲気になってしまった。
「も、もうすぐ病院着くな。今日は長いのか?」
「うん、色々するから。だから先に帰ってていいよ」
「分かった」
病院に着き、胡桃を見送って俺達も家に帰る。
「宿題はネットで調べてそれっぽく書いておくか」
「出来る限り自分で考えなさいよ」
「はいはい」
維織に手を振り家の扉を開ける。
「それと……」
振り向く。
「こちらが反応に困るような冗談は止めて欲しいのだけれど」
さっきの奴か……。
「悪かったよ。じゃあな」
「ええ」
・
・
・
夜に胡桃から電話がかかってきた。
いい名前を思いついたらしい。
《円まどかっていうのはどうかな?綺麗な名前だし、良い縁がありますようにっていうのにもかかってるんだって》
《それはいい名前だな。というかずっと考えてたのか》
《考えたら楽しくなっちゃって》
《いいことだとは思うけど。その案、貰ってもいいか?》
《うん!!》
《ありがとな。じゃあ》
そう言って電話を切り、紙に胡桃が教えてくれたことを書く。
そして、もう一度見る。
「円か。確かにいい名前だな」
そう思いながら紙を鞄にしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます