残された砂の数
「お疲れ様、胡桃ちゃん。疲れたでしょ?」
検査を終えて、待合室で座っていると祐子さんが隣に座る。
「お疲れ様です、祐子さん。もう慣れちゃいました。小さい頃からずっとやっていることですから」
検査はもう今まで何度したか分からない。
未だに治す術が見つかっていない病気のため、今は悪化していないかを調べることしかできない。
「さっきも聞いたけど身体の調子はどう?気になったことがあれば何でも言ってくれればいいからね」
「身体の調子……。他の人にとってはしんどいのかもしれないですけど、私には普通になっちゃってます」
自分でもよく分からない。
少し体がしんどいのも、胸が苦しくなるとも昔からずっとだからこの状態が当たり前みたいになってしまっている。
「……それは大変なことだけど、胡桃ちゃんが一生付き合っていかなくちゃいけないことだよ」
「……そうですね」
一生付き合っていかないといけない。
その言葉はずっと色んな人から聞いてきた。
お医者さん、ママ、パパ。
その言葉を初めて聞いた時、私は一度、気になったことをママに聞いたことがある。
私にとっては何気ない疑問だった。
しかし、ママはそれを聞いて泣き出してしまった。
それ以来ずっと聞いてはいけないことだと思って誰にも言わなかった。
でも今は違う。
本当に知りたいと思った。
「祐子さん。……私の一生ってどれくらいですか?私は何歳まで生きていられますか?」
祐子さんはこっちを向く。
『やっぱりこの顔。みんな同じ。悲しそうに可哀そうな人を見ているような顔』
祐子さんは少し顔を反らす。
「全貌が解明されていない病気だから、人によって進行するスピードも具体的には分からないからはっきりと断定することはできないよ」
「それでもいいんです。それでもいいから自分がいつまで生きていることができるのか知りたいんです」
「……私はただの看護師だから勝手には言えないよ」
「お願いします」
頭を下げる。
「おばあちゃんになるまで生きられないことは分かってます。それよりももっと早くに……。それも分かってます」
「ならそんなことを気にせずに人生を楽しむべきだよ。だから……」
「だからです」
祐子さんの言葉を遮る。
「だからこそいつまで二人と一緒に居られるかをちゃんと知りたいんです」
昔は気にならなかった。
気にしていなかった。
少し不便な生活をして、そして病気で他の人より早く死ぬ。
早く死ぬのは嫌だけれど、生まれつきの病気のせいだからしょうがないなと思っていた。
ただ漠然とそう思っていたが、今はやりたいことができた。
大切な人のために何かをしたいと思い始めた。
他の人ならいつかやればいいと思うかもしれないが、私にはそんな余裕はない。
砂時計の中の人よりはるかに少ない砂がゆっくりと下に落ちている。
落ちる砂はあとどれくらい残っているのだろうか。
「お願いします」
もう一度頭を下げる。
祐子さんは頭を押さえ、ため息をつく。
「……分かった。少し待ってて」
立ち上がり検査室に戻る。
多分お医者さんに言ってもいいか聞きに行ってくれたのだろう。
五分ほどして祐子さんが戻ってくる。
「お待たせ」
「聞いてくださってありがとうございます」
「……うん。さっきも言ったけどこれは絶対じゃないよ。胡桃ちゃんと同じ病気の人の症状と進行を考えてのことだから」
「はい」
お腹に力を入れ、今から聞くことに身構える。
「この病気も進行が早い人もいれば遅い人もいる。遅い人であれば三十歳くらい。早い人であれば二十五歳前後で亡くなっている人が多い」
「三十歳……」
しかし、それで祐子さんの話は終わらない。
「……でも胡桃ちゃんは違う。三年前に遭ったあの事故は胡桃ちゃんの身体にも病気にも大きな悪い影響を与えた。これは紛れもないな事実だよ」
「はい。分かっています。起きた時にも言われましたから」
事故に遭って私の身体の機能はほぼ停止にまで追い込まれた。
元々病気で身体が弱いことも重なって、目覚めたことは奇跡だと皆から何度も言われた。
「あの事故のせいで胡桃ちゃんの身体に加えられた負担を考えれば、普通に病気の人より少し……」
言葉が途切れる。
でも、続きは言わなくても分かる。
「私の場合ならあとどれくらいですか?」
「……二十歳くらいまでかもしれない」
二十歳。
あと二年と少し。
「何度も言うようだけどこれはあくまで絶対じゃない。可能性の話だよ。病気の進行の具合では遅くなるかもしれないし……早くなるかもしれない」
「分かってます。教えてくださってありがとうございます」
私が思っていたより残っている砂はずっと少ないみたいだ。
「このことは二人には言うの?」
「……言わないです。二人には最期まで普通に接して欲しいから。あの二人の悲しそうな顔は見たくないですから」
「……そうだね。あの二人は同じ歳の子に比べてずっと大人なのに、胡桃ちゃんのことになると駄目だからね~」
そう言って祐子さんは少し笑う。
「そんなことありませんよ。二人は頼りになってカッコよくて。そんな二人が大好きで、いつか二人みたいな人になりたいと思ってます」
でもそんなことを言って、二人が何て言うかは大体分かる。
「胡桃は今のままでいいと思うよ」
きっとそう言ってくれる。
だから私はあの二人のことが大好きなんだ。
「何もできない、迷惑しかかけてこなかった私のことを二人はずっと支えて、助けてくれました。だから私は二人に恩返しをしたいんです。……しなくちゃいけないんです」
「そう……。そんなふうに思える人と出会えて本当に幸せだね。これもきっと何かの縁なんだろうね」
「はい。そう思います」
笑顔でそう答えると祐子さんも笑う。
その後少し話してから、お礼を言って病院を出る。
冬が到来している外はもう暗く、冷たい風が吹き荒んでいる。
冷たい風を受け、マフラーに顔をうずめ足早に家に帰る。
家の扉を開けると、調理する音と暖かい空気が流れてきた。
「ただいま~」
リビングに入るといーちゃんが迎えてくれる。
「おかえりなさい。寒かったでしょ。手を洗ったらご飯にしましょう」
「うん!!」
手を洗ってからご飯を食べる。
いーちゃんのご飯はとてもおいしい。
こういうところも尊敬する。
「検査はどうだったの?」
「大丈夫だったよ。いつも通り無理しないように健康にしててねって」
「そう。良かったわ」
いーちゃんは安心したように笑う。
その笑顔から少し顔を反らす。
「ねえ、いーちゃん。ご飯食べた後にパソコン借りてもいい?」
「いいけれど。どうして?」
「良い名前の案思い付いたから、調べてみようかなと思って」
「あら。まだ考えていたの?」
「うん。楽しくなっちゃったから!!」
「胡桃のそういうところ良いわね。何にでも夢中になれる」
「そうかなあ~」
食べ終わってお片づけを手伝ってから、パソコンを借りて部屋で調べる。
さっきの祐子さんの縁という言葉で何かいい名前はないかなと思ったのだ。
「縁……円でまどかって読むんだ。可愛い名前だなあ。うん、これにしよう!!」
ひーくんに良いのがあったと電話をした後、いーちゃんにも教えに行く。
「円……。良い名前ね。胡桃の方がそういうのを考える才能があるみたい」
「ありがとう!!じゃあ私部屋戻るね。パソコンも貸してくれてありがとう」
「どういたしまして」
部屋に戻り、今度は机にスケッチブックを広げ、ペンを握る。
まずは一つ目。
残された時間で大好きな人のためにやってあげたいことをする。
それが私にとっての大好きな人への恩返し。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます