小学校編 修学旅行~2日目~(2)
「くん!!ーくん!!ひーくん!!」
どこからか胡桃の声が聞こえてくる。
身体が痛くて頭がくらくらする。
「うっ・・・。痛・・・」
眼を開ける。
辺りを見ると完全に森の中だ。
「ひーくん、、、ひーくん!!」
泣きじゃくりながら胡桃が抱き着いてくる。
「泣きすぎだよ、胡桃」
胡桃の頭を優しくなでる。
それでも胡桃は肩を震わせて泣いている。
「俺は大丈夫だよ。ちょっと背中痛いだけだから。それより胡桃は大丈夫か?」
「・・・うん。ひーくんが守ってくれたから」
泣いている胡桃がやっと顔を上げる。
確かに大きな怪我はないみたいだが顔に小さな切り傷が付いている。
「ちょっと怪我してる」
鞄の中から絆創膏を取り出し頬に貼る。
「これで大丈夫かな」
「ひーくんは大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。でも胡桃が無事で良かったよ。てかよく見たらここ凄い場所だな」
後ろを恐る恐る見るとどうやら俺達は山に刺さっている岩に背を預けているみたいだ。
あの大きな衝撃はこの岩に思い切り背中をぶつけたかららしい。
「運が良かったな。あと少しずれてたら奈落の底だ」
「ひーくんが気を失ってる時、落ちないかずっと心配だったよ」
「支えてくれてたのか。ありがとな」
「ずっと守ってくれたから私も少しくらい役に立たないと」
と言ってもこれ以上はどうすることもできない。
下手に動くと二人共一緒に落ちかねない。
「大人しく待ってるしかないな。変に動くこともできないし」
「うん。・・・ひーくんは凄いね」
「何が?」
「こんな状況でも落ち着いてて」
「落ち着いてるって言われても。こんな状況どうすることも出来ないし、大人しく待ってるしかないからな」
「私が一人だったらそんなに落ち着いていられないよ」
「まあ、それは人それぞれだろ。俺がこういう性格なだけだよ。それより早く誰か助けに来てくれないものかな」
「そうだね。早く帰りたいけど・・・。でもなんで落ちたんだろ。急に手すりが前に倒れて・・・」
そう言われてさっきの状況を思い出す。
バキッという大きな音。
前に倒れていった手すり。
「あれは手すりが、、、金属が折れた音じゃなかったな。どちらかと言うと木が割れたみたいな音だった」
「木の割れる音・・・。そう言えばいーちゃんが地面が木質のもので舗装されてるのが珍しいって言ってたような」
「そんなこと言ってたな。ていうことは手すりの根元の木質の舗装部分が腐っていて胡桃の体重がかかったことによって落ちたのかもな」
「た、体重・・・。私重いのかな・・・」
胡桃が目に見えて落ち込む。
「い、いやそういうことじゃないから。あれは誰がやってもそうなるくらいになってたんだよ」
「いいもん。どうせ私はいーちゃんみたいに細くないもん」
「い、いや、それは知らないけど」
「一緒にお風呂入った時、いーちゃん昨日凄かったよ。肌も白くて綺麗で凄い細かった」
「そうなんだ。まあ、昔からだろ」
「そうなん・・・えっ!!み、見たことあるの?」
「ち、違うから!!昔プール行ったりした時はそうだったって話だよ」
「あっ、そ、そうなんだ。びっくりした・・・」
「ずっと一緒だからそんなこともあるよ」
「いいよね。昔からずっと一緒の友達がいるって」
「まあ確かに他の奴らよりはお互いのことがよく理解しあってるから一緒に居て楽ってのはあるな」
鞄に入れていた時計で時間を確認するとここに落ちてから約三十分程が経った。
この岩はなかなかの安定感なので落ちる心配はなさそうだが、うっそうとした森の中に取り残されるという状況が長引くのはあまり気が進まない。
それに・・・
「くそっ、降ってきたな」
ちょっとずつ曇ってきていて心配はしていたが面倒なことになった。
「オリエンテーリングが始まった時は晴れてたのに・・・」
「山の天気は変わりやすいって言うからな。とりあえずこれ羽織っとけ」
着ているフード付きパーカーを胡桃に掛ける。
「でも、ひーくんが・・・」
「結構降ってるからな。これ以上降ってきたらあっても意味ないかもしれないけどないよりはマシだろ」
「本当にいいの?」
「胡桃をちゃんと守ってないと維織に怒られるからな」
そう言うと胡桃が少し頬を膨らます。
「・・・私を守ってくれるのはいーちゃんのため?」
胡桃から予想外の言葉が出てくる。
「!! 違うよ。ごめん、俺の言葉が悪かった。胡桃のためにやってることは全部胡桃のためだよ」
「・・・私もごめん。変なこと言っちゃって」
雨はさらにきつくなってくる。
二人共ずぶ濡れになってしまって体温が下がってきている。
時間を確認する。
ここに着いてからもう一時間が経つ。
「ふう、そろそろ助けかなんかが来てくれてもいい時間なんだけどな」
「何時?」
「一時間くらい経ったな。胡桃は大丈夫か?結構雨に濡れちゃってるから」
「うん。でもちょっと寒いかな」
「こんだけ濡れてたらな。俺も少し寒くなってきた」
『どうしたものかな。』
「でもくっ付いてるところだけ温かい」
「これだけ狭い場所だとどうしてもな。・・・でも温まるならこれしかないかな」
「どうするの?」
「・・・胡桃はくっ付かれるのは大丈夫か?」
「えっ!?ど、どのくらい?」
「・・・かなり」
「え、え~と、恥ずかしいけどひーくんなら大丈夫だよ」
「そうか?なら失礼して」
胡桃を少し前に行かせ、その隙間に入り後ろから胡桃を抱きしめる。
「!! あっ、うっ、ほえ」
胡桃が変な声を出す。
「少しの我慢だから。でも、これで少し温かくなるだろ」
「う、うん、温かい。なんか身体全身が急に熱くなってきた」
「そ、そうか」
『それはまたなんか違くないか?』
その後しばらく会話もなく助けを来るのを待つ。
「・・・誰も来ないね」
「・・・そうだな」
「・・・もう誰も助けに来てくれないのかな」
「・・・それは困るな」
そろそろ雨で体力が失われてきた。
「・・・いーちゃんどうしてるかな」
「大人しくして、、、くれてればいいんだけどな。大人を呼んでくれてるとは思うけどこんな雨の中無茶すると維織の方も危ないから」
「そうだね。でもいーちゃんもいつも冷静だから大丈夫だとは思うけど」
「どうだろうな。胡桃や周りの連中が思ってるほど強い奴じゃないから」
「そうなんだ。そうは見えないけど」
「俺と一緒の時はああいう性格だから強がってるところがあるけど一人になると弱いからな」
「そうなの?」
「弱いというとちょっと語弊があるかもしれないけど。維織の中には信頼できる、心の支えみたいな人がいるんだよ。昔は維織のお母さんで今は、、、多分俺かな?それが自分の近くからいなくなるといつもよりも気弱になるらしいよ。それは母さんが言ってたんだけど」
「でも、分かるかも。いつも近くにいる大切な人が急にいなくなるってすごく心細いことだと思うもん」
「まあな。俺も今胡桃と一緒だから良いけど一人だったらもっと心細いかもしれないし」
「そうなの?そう思ってくれるのは嬉しいな。こうなっちゃったのは私のせいだけど」
「誰のせいでもないよ」
相変わらず雨は降り続いている。
「・・・ひーくんはいーちゃんのことどう思ってるの?」
「どうって。まあ、幼馴染でもあり親友でもあるような大切な存在だよ」
「それだけ?」
「それだけって。・・・それだけだな」
「ひーくんはさ、昔からずっと一緒なんだからいーちゃんの気持ち分かってあげないと駄目だよ」
「なんだよ、気持ちって」
「そ、それは言えないけど。でもね、私もこの間お母さんと話しててひーくんのことどう思ってるのかな?って考えてたの」
「ど、どんな会話になったらそんなこと考えることになるんだ?」
「・・・それは色々あって。そ、それでねその時はあんまりぴんと来なかったの」
「何が?」
「ひーくんはすごくやさしくて頼りになって大切な存在なんだけどそれはいーちゃんも同じで、でもひーくんは何か違うの」
「そんな恥ずかしいことをよく簡単に・・・」
「わ、私だって恥ずかしいの!!だから静かに聞いてて」
「分かったよ」
「でね今日こんなことになっちゃって色々ひーくんに助けてもらえて分かったの。私もいーちゃんと同じ気持ちだよ」
「だから維織の気持ちが分からないんだってば」
「それはいいの。でもこういうことなんだね」
頭の上に?が浮かぶ。
すると遠くから男の声が聞こえてくる。
思わず二人顔を見合わせる。
そして、あらん限りの力で叫び続けた。
・
・
・
救助されてやっと森の中から出る。
「はあ、やっと帰って、うっ!!」
びしょ濡れの維織が胸に飛び込んでくる。
震える維織の濡れた髪を優しく頭をなでる。
「何でこんなに濡れてるんだよ」
「うるさい、人に散々心配かけておいて・・・」
「悪かったよ。だから泣くなって」
「泣いてないわよ。雨で濡れただけ」
続いて胡桃も上がってくる。
「胡桃!!」
それを見て維織は胡桃のところに走っていく。
そして胡桃にも抱き着いている。
『はあ、やっぱり大人しくはしてなかったみたいだな。そうだとは思ってたけど』
大丈夫と言っていたが背中を強く打ち付けた痛みが残っていたため救急車に乗って病院に直行する。
検査の結果は打撲ということで特に異常はなかった。
そして、胡桃もなんとか風邪をひくこともなかった。
こうして俺達の修学旅行は幕を閉じた。
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