メリークルシミマス
「薫ちゃん、これも買う?」
「私はシャンパンさえあれば別にいい」
「そんなこと言わないでよ~。折角、休みが取れてパーティーできるのに」
「……なんでこんな日まで祐子と一緒に過ごすんだ」
「しょうがないじゃん。私も薫ちゃんも一緒に過ごしてくれる人がいないんだから」
「くっ……!!」
仕事もなく、かと言って一緒に居てくれる男もいない私は家で一人、ビールでも飲んで過ごそうと思っていたが、祐子に誘われ渋々買い物に付いてきた。
クリスマスなだけあっていつもより家族連れやカップルが多い気がする。
「はあ……。だから外に出たくなかったんだ」
「現実から眼を背けてちゃ駄目だよ~」
「……うるさい」
一人で先に歩いて行くと、楽しそうに買い物をしている三人組が眼に入る。
そして、追いついてきた祐子が「あれっ?」と声を出す。
「あれ博人君達じゃない?」
「なに?」
確かに改めて見ると知っている顔だ。
三人とも笑顔で買い物に勤しんでいる。
「せっかく楽しんでるみたいだし、声かけるのは悪いかな」
「そうだな。……幸せそうなやつらだ」
無意識に睨みつけてしまう。
「駄目だよ、人の幸せを憎むのは。ほら、行こう?」
「ああ……」
角を曲がる寸前に駒井の方を見ると、あちらもこっちを向く寸前だった。
かなり人の視線に敏感ようだ。
「もう買うものは買っただろ?帰ろう」
「うん。そうだね」
買い物を済ませ、店から出る。
……さて、夜まで何をして時間を潰そうかな。
・
・
・
「大体、なんでクリスマスなんてものがあるんだ……」
「なんでって言われても。ずっと昔からあるものだからね~」
買ってきたものを二人で食べて、その後はシャンパンやビールを開ける。
薫ちゃんは既に出来上がっているようだ。
「はあ……。やっぱりさっき駒井に声かければ良かったな」
散々愚痴を言いまくって疲れたらしい。
「だから駄目だって。三人の生活を邪魔しちゃ悪いよ。博人君達も嫌がっちゃう」
そう話す私の顔を薫ちゃんじっと見てくる。
お酒に酔ったその顔は少し赤い。
「……お前はずっと駒井のことを気にしながら生きていくのか?」
「……えっ?」
予想もしていなかった言葉に動揺する。
「あいつはもう高校生で大人なんだ。いつまでも支えてやらないと生きていけないような奴でもない」
「べ、別にそんなつもりは……。それに博人君だけじゃなくて胡桃ちゃんや維織ちゃんも……」
「本当にか?駒井がうちの高校に入学するとなった時、えらく私にあいつのことをよろしく頼むと言ってたじゃないか。それに後で駒井に聞いた話だと入学したきっかけというのが、家が近いというのもあるがやけに祐子から勧められたと言っていたぞ?……私の眼があるからか?」
薫ちゃんの視線を受け止めきれずに眼を逸らす。
「……だって放っておくことなんてできないよ」
私が都病院に勤め始めて僅か半年後に大きな事故の被害者が病院に運ばれてきた。
事故に遭った二名は即死。
その一時間後、一人残された男の子が病院にやって来た。
私はその男の子を霊安室に連れて行く。
ぎゅっと握られた手は緊張と動揺に震えている。
そして、変わり果てた両親の姿を見た男の子は「母さん……。父さん……」と呟いた後、崩れ落ちた。
慌てて私は、介抱するためベッドに運び寝かせた。
「その後に病院の先輩が言ってたけどそういう子はやっぱり多いんだって。ショックで気を失っちゃうことが」
「……そうだろうな。小さい子には刺激が強すぎる」
「先輩達もそう言っていたけど私にとっては初めてだったから。やっぱり気にはしちゃうよ」
その後目覚めた男の子、博人君には支えてくれる幼馴染が二人いることを知って少し安心した。
結局、私は少し話を聞いてあげたりしてあげることしかできなかった。
もう会うことはないのかなと思っていたが……その僅か二年後再会することになった。
いや……なってしまった。
「その時にちょっと思ったんだよ」
「なにがだ?」
「親を失った三人がお互いを支えていたのにそのうちの一人が事故に遭っちゃって、残された二人がバラバラに……。まるで小説みたいによくできた話だなってね」
もしそうならあの三人にこれ以上苦しめないで欲しい。
そんなどうしようもないことを考えてしまった。
「なるほどな……。もしこの世界が誰かに書かれている話なら、もう少し私にいい男の一人くらいを見繕って欲しいものだが」
薫ちゃんの能天気な答えに思わず笑みが漏れる。
「も~!!私は真剣に話してるのに」
そういう私に薫ちゃんは優しむ微笑む。
「……残念ながらそんな都合のいい話はないよ」
「うん……。そうだよね」
「……でもある意味ではそうかもな」
「えっ?」
「人はみんな自分で自分の物語を紡いでいく。そして、その物語がハッピーエンドになるかバッドエンドになるかは自分次第だ」
「うん……。ありがとう、薫ちゃん」
薫ちゃんは少し得意気に笑い、コップにシャンパンを注ぐ。
薫ちゃんの言う通り彼達は自分の物語を紡いでいる。
私はその物語の読者として三人のことを見守りたいと思う。
少し気分が晴れた私は自分のコップにもシャンパンを注ぐ。
「メリークリスマス!!」
「……私にとってはメリークルシミマスだけどな」
苦笑いする薫ちゃんとコップをぶつけ合う。
外を見ると雪がゆっくりと降り始めていた。
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