小学校編 成敗

人々の喧騒を抜けてクラスに歩いて行く。

どこもかしこも昼休みの騒がしさはまだ続いている。

教室に入ると花園も例にもれず周りの女子達と楽しそうに喋っているのが見える。

自分のしたことなどまるで忘れたかのように。


「花園」


花園のもとに歩み寄り、声をかける。

俺の呼びかけに花園はこっちを振り向く。


「駒井君?どうしたの?何か-」

「殴られるか栗山に謝るかどっちがいい?」

「・・・えっ?な、何急に-」

「どっちがいいかって聞いてるんだ。答えろよ」


教室が静かになりクラスの人全員がこっちを見ている。


「答えろ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「はあ、はあ、はあ・・・」

「栗山さん、大丈夫?」

「・・・うん」


廊下に人の気配はない。

そろそろ保健室の先生も探してきた方がよさそうだ。

なにより・・・


「博人、なかなか帰って来ないわね。いくらなんでも長すぎよ」

「・・・白瀬さん」

「どうしたの?」

「・・・さっき駒井君が言ってた“お花摘み”ってどういう意味なの?」

「ああ、あれはトイレに行くっていう意味よ。普通は女子が使う言葉なんだけどね」

「・・・またなんだ」

「どういうこと?」

「・・・駒井君、さっきもトイレに行ったって言ってたから」

「えっ?」


栗山さんの言葉を聞いてさっきの博人の言葉に違和感を覚える。


『そう言えば博人は普段あんなことは言わない。ならこんな状況で言うはずがない。・・・ということは何か意味があった?お花摘み・・・花、、、摘む、、、摘み取る・・・』


「・・・まさか!!」


嫌な予感がする。


「・・・どうしたの?」

「ごめんなさい栗山さん。少し席を外すわ」


言うや否や立ち上がり、扉に向かう。

扉を開けると保健室の先生と鉢合わせる。


「ビックリした!!何して-」

「先生、栗山さんのことお願いします」

「えっ?ちょ-」


教室まで走る。

博人を止めるために。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「答えろよ」


花園が少し慌てだす。

きっとこれは演技ではないのだろう。


「き、急に何言ってるの?よく分からないんだけど」

「ならはっきり言ってやるよ。栗山をいじめていたことを謝るか、俺に殴られるかどっちがいい?」

「!!」


クラスの人達の間でざわめきが起こる。


「誤魔化しはいらないぞ。・・・全部栗山から聞いてるんだからな」


花園の顔がさらに驚愕の色に染まる。


「・・・胡桃ちゃんが喋ったのね」

「ああ。だから諦めろ」


そう言うと花園は諦めたように下を向く。

すると小さく笑い声が聞こえてくる。


「・・・何笑ってるんだよ」


花園が顔を上げる。

しかしその顔はまるで仮面が剥がれたかのように別人のように見えた。


「うん、そう。全部私がやったんだよ」

「・・・えらく正直になったな」

「こんな教室のど真ん中ではっきりと全部言われちゃったら誤魔化しても嘘くさく聞こえちゃうだけだからね~」


余裕をかましている花園の態度にそろそろ我慢の限界が近付いてくる。


「お前、、、悪いと思ってるのか?」

「思ってないよ。だって悪いのは胡桃ちゃんなんだからさ」

「・・・なんだと?」

「私は胡桃ちゃんとお友達になりたかった。でもまさか胡桃ちゃんがあんな人だったなんてね。失望したよ」

「・・・何の話をしてるんだ」


花園の言っている意味が分からない。


「高田君のことだよ。駒井君も一緒に居たから知ってるでしょ?」

「!!」

「私が高田君に告白して振られたのは知ってるよね。私もそれは仕方ないと思ってる。だってそれは高田君が考えて出してくれた答えだから。でも、私は胡桃ちゃんが高田君の告白を断るところを見た。駒井君を彼氏役にしてね」


あの時感じた嫌な気配。

あれは花園だったのか・・・。


「それが許せなかった。胡桃ちゃんが高田君のことを好きじゃないのは分かってた。でも自分を好いてくれている人のことを騙してまで断る?」

「・・・そんなことで栗山をいじめたのか?」

「そんなこと?確かに部外者からしたらそうだろうね。でも一番ムカつくのは高田君の好意を騙して断って、挙句の果てにはそのことを忘れていたこと。だから少しだけ罰を与えたんだよ」

「・・・罰だと?栗山がどれだけ苦しんでると思ってんだ。今だって熱まで出てるんだぞ?」

「なんだその程度なんだ。何かもっと面白いことになると思ってたのな~。残念」


花園がつまらなそうに言う姿を見てついに堪忍袋の緒が切れる。

その瞬間、花園に殴りかかる。

花園の顔にパンチが当たる瞬間・・・


「止めなさい、博人!!」


手が止まる。

振り返るとそこには息を荒くした維織が立っていた。


「維織・・・」


息を切らしながらこっちに歩いてくる。


「男子が女子に暴力を振るったなんてことになったら大問題になるわ。そうなってしまったらそいつの思う壺よ」


維織の言葉で頭が冷静になっていく。

そして腕をゆっくりとおろす。


「博人は後先考えずに突っ込みすぎなのよ。少し頭を冷やしなさい。後は私に任せて」

「・・・ああ、任せたよ」


長く息を吐く。


『完全に我を忘れてた。今回のことはほとんど俺が招いたことなのにまた迷惑をかけるところだった。維織のおかげで-』


バシッ!!


短い乾いた音が教室に響く。

慌てて見ると花園が頬を押えて驚いた顔をしながら床にへたり込んでいる。

どうやら維織の見事なビンタが炸裂したらしい。


「私の大切な友達に酷いことをして、挙句の果てには責任を認めない。恥を知りなさい!!」


へたり込んでいる花園を見下ろして一喝する。


「・・・えっ?え~!?な、何してるんだよ!!人がせっかく見直してたのに!!暴力は駄目なんじゃないのかよ!?」

「私は暴力が駄目だとは言っていないわ。男子が女子に暴力を振るうのが駄目と言っているの。男子が女子を叩くのは事件だけど女子が女子を叩くのは喧嘩として処理されるから大丈夫よ」


維織は昔から時々とんでもない理論を展開してくる。


「い、いや大丈夫じゃないだろ。ていうか暴力は駄目だって」

「博人だけには言われたくないわね」

「・・・ごもっとも」

「痛~・・・」


そんな話をしていると蹲っていた花園が顔を上げ、維織を睨みつける。


「暴力振るうなんて最低!!白瀬さんっていつもはすました顔してるのに実は暴力女なんだ。男たらしと暴力女の二人と一緒に居るなんて駒井君も趣味が悪いね」


基本、人間はそう簡単には変わらない。

昔からとんでもない理論を展開してきたり毒舌だったりする維織も、こんな状況になっても喧嘩を売ってくる花園も、考える前に手が出る俺も、簡単には変われない。


バシャ


近くにあった皆が給食の牛乳パックを濯いだバケツの水を花園にぶっかける。


「栗山と維織のことを馬鹿にするんじゃねえよ。あとお前が言うな」


俺の台詞を聞いて呆然としていた花園が我に返る。


「・・・え?」


そして自分の今の状況を見て・・・


「キ、キャーー!!」


花園の大きな悲鳴が教室に響き渡る。

流石のこれにはクラスの人達も騒ぎ出す。


「・・・博人はやっぱりいつまで経っても博人ね」

「・・・お互い様な」


その後、騒ぎを聞きつけた先生が来て俺たち二人は指導室に連れていかれた。

放課後になり母さんも学校に呼び出される。


コンコン


「失礼します」


母さんが指導室に入ってきて俺と維織の顔をチラリと見てから俺の隣に座る。


「それで今回はうちのバカ息子と可愛い娘が何かしましたか?」

「いや、差別だろ・・・」

「私、娘じゃないんですけど・・・」

「まあまあ、細かいことは気にしないで」


三人で喋っていると先生が咳払いをする。


「今回はかくかくしかじかの理由でお母さんに学校に来てもらいました」

「・・・なるほど、二人とも相変わらずだな~」

「人間はそう簡単には変わらないものだと思います」

「俺は成長しただろ。手出してないし、バケツだし」

「そういう問題じゃないでしょ。」


母さんのゲンコツが頭に炸裂する。


「痛!!いきなり殴るなよ!!」

「博人がしょうもないこと言うからでしょ」

「絶対遺伝だよ。俺が先に手が出るの」

「今はそんな話をしているんじゃないんですよ」


先生がイライラし始める。


「二人は反省しているのか?」

「していません。私は悪いと思っていませんから。花園さんの自業自得です」

「してませんけど教室を汚してみんなに掃除させてしまったことは反省してます」

「ふ、ふざけているのか!!」


先生が怒鳴り散らし始めた時に母さんが話し出す。


「確かに今回のことはこの二人に非があります。しかし、この二人はなんの理由もなく人を傷付けるような子達ではありません。何か理由があったのではないでしょうか?」

「理由はちゃんとある。俺が全部話すよ」


今まであったことを母さんにすべて話す。

栗山がいじめられていたこと、そして今日のことも。


「・・・分かった」


そう言って母さんは改めて先生の顔を直視する。


「それを聞いたらなおさらこの二人がしたことも仕方がないと思います」

「仕方ないじゃ済まされないことなんですよ。白瀬は花園を叩いて、駒井なんて牛乳バケツの水をかけたんですから」

「花園さんもそうですよね。胡桃ちゃんの教科書を隠したり、トイレで水をかけた。まったく同じことじゃないですか。」

「・・・確かに花園にも問題がありました。今、他の部屋で話を聞いています。だからと言ってこの二人がやったことも許していいことではないんですよ」


先生と母さんの会話はまだまだ続く。


『話長いな~。早く栗山の所に行きたいんだけどな』


横をチラッと見ると維織も少し退屈そうにしている。


「先生がいくら言っても私はこの二人の味方をしますよ。母親ですから」

「・・・はあ、もう分かりました。今日はもうお引き取りいただいて結構です」


ついに先生も母さんのしつこさに折れたようだ。


「それじゃあ、失礼します」

「失礼します」

「失礼しましたー」


外はもう夕方で空が赤く染まっている。


「はあ、二人ともちゃんと反省はしなさいよ。学校に呼び出されるなんてもう嫌だからね」

「・・・ご迷惑をかけてすいませんでした」

「ごめん・・・」


母さんは俺達の頭を優しくなでる。


「でも、友達を助けたのは立派だよ。流石は私の自慢の子供達だね」

「私は違いますけどね」

「も~、維織ちゃんは真面目だな~。私にとって維織ちゃんは大切な愛娘だよ」


母さんは維織のお母さんがいなくなってからずっと維織のことを大切にしている。


「そ、そんな。あ、ありがとうございます」

「あっ、でも娘になっちゃったら駄目だよね」

「なんでだよ。いつも娘にしたいとか言ってるじゃんか」

「だって兄妹になっちゃったらできないじゃん。結-」

「わ、わーーーーー!!」


維織が凄い声を出して母さんの言葉を遮る。


「美由紀さん!!止めてください!!」

「ごめんごめん。博人には内緒だったね」

「えっ?何の話?」

「博人はいいの!!」

「お、おう」


突然怒られて困惑する。


「やっぱり面白いな~、維織ちゃんは。じゃあ私はご飯作らないといけないからもう帰るよ。二人はどうする?」

「保健室に寄ってから帰るよ」

「私もそうします」

「分かった。気を付けて帰って来なさいね。じゃあね」


母さんが手を振って帰っていくのを見届けると維織に話しかける。


「じゃあ保健室行くか」

「ええ」

「そう言えばさっきはなんで怒ってたんだ?」

「・・・何でもないわ」


『そんな言い方されると気になるな』


あまりしつこく聞くと怒るのは分かっていたので大人しく維織と一緒に保健室に向かう。


「・・・いないな。もう帰っちゃったのかな」

「あれからかれこれ三時間以上経っているから。明日にするしかないわね」

「そうだな」


しかし、栗山はこの日から三日経っても学校には来なかった。

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