止まったままの時間
「じゃあそこに座ってくれ」
「失礼します」
今日は学校で宮本先生との二者面談の日だった。
「まず成績の話だが、駒井は頑張っている方だな。成績もそこそこ取れているし提出物もきちんと出せている」
「ありがとうございます」
「しかし、時々授業中にぼーっとしていることがあるな」
「あー……少し考え事をしていることがあって。すいません」
「色々あるのは分かっているが授業はしっかり聞けよ」
宮本先生は呆れたようにため息をつく。
「でも、このまま頑張っていれば校内推薦も狙えると思えるぞ」
「そうなんですか?頑張ります」
「駒井は部活も委員会にも入っていないんだったな。委員会に入ってみたらどうだ?」
「え~と、委員会に入ると放課後時間を取られてしまうので」
放課後は毎日胡桃の病室に面会に行っているから時間を取られるのはあまり嬉しくない。
「そうだったな。……その子の様子はどうなんだ?」
「相変わらずですね。良くも悪くも何も変わりません」
「もう二年だったか。目が覚める可能性はまだあるのか?」
「……医者はほぼ無いと言っています。でも、一%でも可能性が残っているなら俺は信じ続けます。大切な幼馴染ですし……維織との約束もありますから」
もう一人の幼馴染の顔を思い浮かべる。
維織とはもう二年近く話していない。
「その子も元気なのか?」
「分かりません。あの後すぐに引っ越しちゃいましたから。そう遠くには行っていないと思うんですけど、今の状況で見つけても何も変わりませんよ」
先生が苦笑いする。
「本当に大変だな。君たちは」
「別に大変ではないですよ。頑張っているのは胡桃です。胡桃が目を覚ませば全部元通りになります。……きっと」
そうなるかは分からない。
でもそうなると信じている。
……信じていなければやっていけない。
「まあ、私が口を挟むことではないな。私が言えることは教師らしく色々大変だろうが勉強も今まで通りしっかりやれよということくらいだ」
「……俺は勉強よりも胡桃と維織の方が大切なんですけどね」
ちょっとした冗談を言うと先生は少し遠い目をする。
「彼女たちは羨ましいな……。そんなこと言ってくれる男がいて」
「宮本先生も後五年くらい経ったら出来ますよ。あっ、でもそれだともう手遅れで—―」
殺気を感じる。
チラッと前を見ると宮本先生が笑っていた。
でも目は笑っていない。
その笑顔は見た人を凍らせるような迫力があった。
「……なんだと?」
「い、いや。ええと……勉強の方は大丈夫です。いつも病室で勉強してるんですよ。静かで集中できるので」
冷や汗をかきながらなんとか話を逸らそうとする。
そこで祐子さんに頼まれていたことを思い出す。
「そ、そう言えば、また今度の休みにまた一緒に飲もうって祐子さんが言っていましたよ」
「祐子が?なんであいつはわざわざ駒井に伝言を頼むんだ?直接私に言えばいいのに」
「俺に言われましても。でも、この時期は先生が忙しくて連絡が取りにくいからとは言ってました」
「まあ確かにこの時期は家でもやることが多くてすぐに寝てしまうことが多いからな。分かった、また祐子に連絡しておくよ」
「はい。それじゃあ俺はこれで失礼します。ありがとうございました」
「ああ、お疲れさん。あと、その話題次にしたら……分かってるな?」
「……はい」
そそくさと扉を閉めて進路室を後にする。
すると、後ろから扉が開く音が聞こえ振り返る。
「一つ言い忘れていた。野菜もしっかり食べて体調には気を付けろよ」
クラスの人間には両親が死んでいることは隠している。
このことを知っているのは幼馴染の二人と宮本先生、祐子さんだけだ。
だから宮本先生はよくうちのことを心配してくれる。
「はい、ありがとうございます」
お礼を言ってまた教室に歩き始めた。
・
・
・
コンコン
「入るぞ」
ガラガラッ
「よう。……また来たよ」
鞄を床に置いて椅子に座る。
二年間寝続けて昔よりも白くなっている胡桃の手を握る。
胡桃の体温を感じ、鼓動を感じ生きているということに安心感を覚える。
「今日は宮本先生との二者面談だったんだ。勉強の話より胡桃と維織についての話の方が長かったな。胡桃のことも心配してくれてたよ。相変わらずいい人はいないみたいだけどな」
俺の小さな笑い声は病室の中に消えていく。
病室に広がる静寂。
その静寂はいつものことなのにいつもより心に堪える。
久しぶりにあの二人のことを他人と話したからかもしれない。
「可能性が0じゃない限り大丈夫、きっと目を覚ます。……そうだろ?」
胡桃は眠っている、眠り続けている。
これまでずっと。
これからもずっと?
「頼むよ。早く目を覚ましてくれよ……」
もちろん胡桃が目覚めることを信じている。
でもいつだ?
いつになったら胡桃は目覚める?
二年間何も変わらないというのは精神的にしんどいものがある。
「……俺も維織も胡桃がいないと進めないんだよ」
もう一度胡桃の手を握り締める。
「俺たちは……二年前からずっと止まったままなんだ」
何も変わらない毎日。
それは俺の心を少しずつ削っていった。
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