太陽のような君へ

こやひで

静寂の病室

 コンコン


「胡桃、入るぞ」


 ……返事はない。

 もう何度目かも分からない期待がため息と共にまた消える。


 ガラガラッ


 今日も相変わらず胡桃は静かに眠っていた。

 二年間ずっと変わらない光景だ。

 鞄を置き、ベッドの横の椅子に座る。


「今日は高校の始業式だったんだ。でも、二年生だから特に新しいこともなく退屈なだけだったよ」


 こうして今日あったことを胡桃に言うのが俺の習慣になっている。

 開いている窓から暖かい春の風が流れ込んでくる。

 その風が俺と胡桃の髪を揺らす。


「もう春だなぁ。……胡桃が事故に遭ってからもう二年か」


 胡桃が事故に遭ってから毎日この病室には通っている。今日まで二年前のあの日を忘れたことはない。


「いつになったら目を覚ましてくれるんだよ」


 誰も答えをくれない小さな問いかけは外から聞こえてくる小鳥の鳴き声で消えていく。


 ガラガラッ


 突然扉が開いた音に驚いて振り返る。

 入ってきたのは、ここ都病院の看護師、祐子さんだった。

 祐子さんとは両親が死んだ時に都病院で知り合い色々お世話になった人だ。

 今は胡桃の担当看護師として身の周りの世話をしてくれている。

 祐子さんは病室に誰もいないと思っていたらしく俺を見て少し驚いた表情を見せる。


「あれ?博人君、今日は早いね。学校は?もしかしてサボったの?薫ちゃんに言いつけちゃうよ」


 いたずらっ子のような顔で祐子さんは言う。

 俺の担任の宮本先生と祐子さんは幼稚園時代からの親友だ。


「違いますよ。今日は始業式だけだったから午前中で終わったんです」

「そっか、もうそんな時期か。博人君も高校二年生なんだね。時間が経つのなんてあっという間だね~。私も年を取るわけだ」

「年取るって、祐子さんまだ二十七じゃないですか。若いですよ」

「十六の子からしたら二十七歳なんておばさんでしょ。学校にはピチピチの若い子が沢山いるもんね~」


 祐子さんはニヤニヤしながら俺を見てくる。


「……別に、興味ありませんから。それより何か用事ですか?」

「そうそう忘れるところだった。今日は胡桃ちゃんの定期検査の日でね。その準備をしに来たの。だから今日の面会時間はもう終わりなんだ。早くに来てたのにごめんね」


『そういうことは昨日に言って欲しかったな』


 心の中でそう思うが大人しく従うことにする。


「まあ、分かりました。顔は見れましたから。また明日来ます」

「分かった、また明日ね。そうだ、薫ちゃんに会ったら休みの日にまた一緒に飲もうって言っておいてくれない?」


 祐子さんからはよく宮本先生への伝言を頼まれる。


「メールで言ったらいいんじゃないですか?」

「この時期は薫ちゃんも忙しくて中々連絡できないんだよ」


 確かにこの時期は新学期だから先生達も忙しそうにしている。


「分かりましたけど、たまには男の人と飲んだりしないんですか?いつも先生と飲んでますよね」

「残念ながら私も薫ちゃんもそんな人はいないんだよな~。……じゃあ博人君一緒に飲む?」

「俺はまだ未成年ですよ。お酒なんて飲めません。まあ、あと四年で二十歳ですし、そうなったらいくらでも付き合いますよ」

「分かった。じゃあ約束ね」

「はい。じゃあ、先生には伝えておきますね。それじゃあ、また」

「またね」


 ガラガラッ


 病室の外に出ると一つため息がこぼれた。


『思ったより早く帰ることになっちゃたな。……買い物にでも行くか』


 人の声のしない病室を一瞥してゆっくり歩き始める。

 外では相変わらず小鳥達が楽しそうに歌っている。

 それを聞きながら俺はもう一度ため息をついた。

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