ずっと一緒に

 皆が泣いている。

 親戚の人達、見たことはないが多分二人の知り合いだったのであろう人達、来てくれた維織と胡桃。

 皆が涙を流し、二人がいなくなったことを嘆き悲しんでいる。

 そんな人達を見ながら思う。


『どうして俺は泣いていないんだろう……。どうして涙が出ないんだ』


 そんなことを考えながらまた遺影を見つめる。

 母さんと父さんが死んでからもう二日が経った。

 あの日家に帰った俺は、母さんのお姉さんである伯母さんに連絡をした。

 とても驚いた様子だったが伯母さんは俺のことを気遣い、お葬式やお通夜のことは私がするから大丈夫と言ってくれ、それにありがたく頼らせて貰うことにした。

 電話を切りベッドに倒れ込む。

 維織が一緒にいると言ってくれたが断った。

 今は誰かと話す気分にはなれない。

 その代わり胡桃への連絡を頼んでおいた。


「静かだな……」


 静寂がこの家を支配している。


「これからずっとこうなのかな……」


 そう言葉にした瞬間、全身を寒気が襲う。

 恐怖、不安、色んな感情が一気に起こる。


「うっ……」


 布団に潜る。

 今日はもう寝てしまおう。

 このまま起きていても気が滅入って変になりそうだ。

 その日は無理矢理眠りについた。

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                   ・

 葬式も終わり、来てくれた人達もほとんどが帰宅の途に就いた。

 俺はもうしばらくここで二人のそばに居ようと思い、一時間近くが経った。

 ぼーっと棺の近くに座っていると、伯母さんと伯父さんに呼ばれる。

 要件は一つだ。


「博人君。本当に一人で暮らすの?私達と一緒に暮らそうよ」


 前から何度も言ってくれた言葉。

 しかし、ずっと断られてきたからこれが最後のチャンスだと思ったのだろう。

 でも何度言われようともあの家から離れる気はない。


「ありがとうございます。でもあの家から出る気はありません。俺がいなくなったらあの家はどうなるんですか?あの家には思い出がたくさんあるんです。……捨てることなんてできない」

「で、でも一人でなんて……」

「大丈夫ですよ。もう中学生なんですし。それに維織だってずっと一人で生きてきたんだ」


 泣いている胡桃を優しく抱きしめている、維織の方を見る。


「でもそれは美由紀がいてくれたからじゃない」

「……そんなことありません」


 はぁとため息を付く。

 何を言っても無駄だと思ったのだろう。


「……分かった。でも何か困ったことがあればすぐに連絡して。ちゃんと頼ってね」

「はい。ありがとうございます。……すいません」


 そう言って下げた頭を伯父さんと伯母さんは優しく撫でてくれる。


「じゃあ私達は少し用事を済ませるために一旦帰るけど、すぐに戻ってくるから、博人君はもう帰りなさいね。後のことはやっておくから」

「分かりました。ありがとうございます」


 そして、出発した車が遠ざかっていくのを見つめる。

 一人で生きることなんて簡単だ。

 近くにそうして生きてきたヤツがいる。

 そうやって生きていけばいい。

 空を見上げる。

 これ以上蓄えきれなくなった雲から雨が零れてくる。

 顔を冷たい雨が打つ。


「……また雨か」


 悲しいことが起こる場面では雨がよく降っていると昔、何かの本で読んだ気がする。

 悲しい気分を雨として表現しているらしい。

 もちろんあれは本の設定だが、実際にそうなのかもしれない。

 維織の時も今も雨が降っているのだから。

 しかし、雨は傘に弾かれ止む。


「……悪いな」


 傘を差してくれている維織と胡桃を見る。

 二人とも涙を溜め、目の下は擦ったようで赤くなっている。


「今日は来てくれてありがとう。きっと二人も――」

「どうして……ひーくんは泣いてないの?」


 言葉が途切れる。


「みんな泣いてるのに、ひーくんだけずっと苦しそうな顔をしながらずっと……二人の遺影を見てた」


 胡桃の眼から涙が溢れる。

 ずっと言わなかった気持ちを漏らす。


「……怖いんだよ」


 そう、怖いんだ。

 泣くことがじゃない。


「二人がいないってことを認めるのが怖いんだ。俺はこれからずっと一人なんだと考えるのが怖い。……維織なら分かるだろ」

「……ええ、分かるわよ。一人になる恐怖、これからずっと一人で生きていかないといけないのかという不安。それが怖くてあの日私は、あなたのところへ行った。あなたと言う存在に縋りに行ったの」


 維織の顔を見る。


「でも、その時あなたは言ってくれたわ。維織は一人じゃない。俺がいる。周りの色んな人がいなくなっても俺だけはずっと一緒に居るって。嬉しかった」


 維織は俺の手を取り、ニコリと微笑む。


「だから私も同じことを言うわ。博人は一人じゃない。あなたのそばには私も胡桃もいる。ずっと一緒に居るわ。約束よ」

「うん。私達はずっと一緒に居るよ。ひーくんが嫌だって言うまでずっと一緒に居るから!!」


 二人の言葉が身体に染みていくのを感じる。


「……言う訳ないだろそんなこと」


 それと同時に眼から涙が溢れてくる。

 それを見た維織と胡桃の眼からも涙が零れ、俺達三人は抱き合いながら泣きじゃくった。

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                   ・

                   ・

「雨上がったかな」


 鼻をすすりながら空を見上げる。


「そうね」

「太陽も見えるよ」


 二人も眼を擦りながら上を見る。

 雲の隙間から太陽も覗いている。


「はあ、なんだかすっきりしたな」


 そう言って二人に笑いかける。


「帰ろうか、二人とも」


 二人の顔も明るくなる。


「うん!!」

「ええ」


 駅に向かって


「そうだ。維織、胡桃」


 そう言って手招きする。

 そして不思議そうな顔をしながら近付いてきた二人を優しく抱きしめる。


「ありがとな。大好きだよ、二人共」


 照れながら笑う二人をもう一回ぎゅっと抱きしめた。

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