【序】Ⅰ『嫌な夢は美味しいご飯の前で!』
次の瞬間、場面は一変する。
真っ白な天井に真っ白な壁。
多数の常備薬が醸し出す独特の臭い。
仕方なさそうに配置された簡易ベッド。
その光景が現実に戻ってきたことをベンジャミンに知らせる。
うたたねで見た夢の余韻を振り払うように彼は大きな伸びをした直後、ベッドに横たわる青年が視界に入り込む。
先刻の戦闘に乱入した一般人の彼だ。
頭部や腕に包帯が巻かれ、頬には四角形の大きな絆創膏が貼られている。服は所々に焦げて擦り切れて傷んでいた。
「あの戦闘をよく軽傷で済んだな、お前。」
感心と呆れ半々でベンジャミンは青年を見据えた。奏備を纏っていても外的からの衝撃を完全に打ち消すわけではない。
コネクトインナー無しで奏着し、激戦を繰り広げたなら猶更である。
異例の《アンノウン》を青年の盾が矢となり槍となって完全停止に追い込んだ。
任務完了を目視すると流星のように落下していく青年を追い掛けてベンジャミンは推測地点に向かった。
その先で待っていたのは少し離れた場所でフォルテに通信を入れるエミリアと、ぐったりした青年を抱き上げるヴァネッサであった。
青年の固く閉ざされた双眸にベンジャミンは心臓を鷲摑みされるが静かに上下する胸部を見て安堵した。
着地するや否や駆け寄ったベンジャミンにヴァネッサは「後は任せる」と言わんばかりに押し付けてきた。
我が仔を人間に託す母猫、もしくは「うっとうしいことこの上ないからさっさと連れていけ」と横たわる大型犬をぺちぺち叩いて人間に促す仔猫にも見えた。
彼の返答を待たずにヴァネッサは強引に青年を託して、足早にその場を後にした。
慌ててベンジャミンが受け止めると同時にレイモンドから『ごめんね、ベンさん!その人、連れて来てくれると助かるわ!』との通信が入った。
その言葉に「どうする気だ?」と問い掛けた際、わざとらしく怪しげに笑いながら口にしたレイモンドの返答を思い出してベンジャミンは顔を顰める。
「『仲間にしたい』なんて、何考えてんだ。」
この青年にスピリチュアル・サウンドがあるのは間違いない。
だが、彼を決して報われることの無い孤独な戦いに巻き込みたくなかった。力ある自分達が力なき者とそこに住む星を守る義務がある。
「お前にはお前の人生がある。」
俺らに関わらない方が賢明だ、と告げた時である。
「なっ!」
ベンジャミンは唖然とする。青年の傷が見る見るうちに塞がり、瞬時に消えていく。戦闘兵器としての名残から大抵の怪我は即座に完治するリュージーンに勝るとも劣らない回復力である。
「お前は、」
何者なんだ?と訊ねる直前、閉ざされていた青年の目蓋がゆっくりと開かれた。
「こ、此処は?」
不安の色を滲ませた青い瞳が周囲を見回し、ベンジャミンを捉えると青年は素っ頓狂な声を出しながら豪快に床へ滑り落ちた。
「だ、大丈夫か!」
起きられるか?とベンジャミンが手を差し伸べようとした瞬間、青年は慌ててベッドに這い上がる。
「あ、あの!ベンジャミン・グリューンさんですよね?」
「そ、そうだ。」
「俺、陽介って言います!あ、あの、お怪我はありませんか?シオンさん達は無事ですか?」
「よし、大丈夫だな。取り敢えず落ち着け。オレもシオン達も無事だから。」
矢継ぎ早の質問をする彼に驚きながらもベンジャミンは宥めつつ丁重に答えた。陽介が次の質問をしようと口を開いた時である。
突然、彼の腹の虫が鳴り出したのだ。部屋中に響く空腹の知らせに陽介は顔を真っ赤にする。
ベンジャミンはふと思い出して陽介に言葉を掛けた。
「ところで青年、食べたいものがあったよな?」
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