【破】Ⅰ『青い旋律』


〇 〇 〇


「Nエリア、ブロック1から3まで《アンノウン》の進行を確認!ブロック4と5、住民の避難が未完です!」

「ヴァネッサに直ぐ向かわせて!Nエリア担当のあの子が今居る位置ならば近い!」

「Wエリア、ブロック11から15にかけて母艦移動中!《アンノウン》の大量産出を確認!」

「待機しているエミリアに遊撃の指示を!Wエリア担当の彼女へ『住民救出を最優先に』って伝言も追加で!」

「EエリアとSエリア!《アンノウン》殲滅まで20%を切りました!」

「殲滅確認後、Sエリア担当のベンジャミンをWエリアへ向かわせて!エミリアの援護よ!」


 無機質で広大な空間によって構築された指令室は緊迫した空気に包まれていた。


 スタッフである千鳥達はコンソール画面を慌ただしく操作しながら次々に押し寄せる映像を確認する。

 リアルタイムで流れてくる膨大な情報量を瞬時に整理、司令官であるミランダに的確な報告をした。


 ミランダは部下達に指示を送りながら合間に送られてくる上層部からの通信に受け答えする。

 その間も彼女は戦略を練り続けた。現状を打破し、現地に辿り着いた軍隊が《アンノウン》に接触せず一般市民の避難誘導と救助を行えるのか。

 司令官としてミランダは培ってきた経験と知識を活用して部下である千鳥達に問題解決のための指示を、多忙な時に口煩く問い詰める上層部への回答を怠らなかった。


「今日の《アンノウン》は一段と活発だね。」


 指令室の自動ドアが開くと同時に灰沢が姿を現した。彼はミランダの傍まで歩み寄ると中央のメイン画面の中で繰り広げられている現状への感想を口にする。


「最悪だよ、灰沢のおっちゃん。」


 灰沢の言葉にミランダはと不満を漏らした。


「チキュウでの《アンノウン》襲撃は何度もあった。過去の記録じゃ襲撃の度に出現する母艦は1隻、今回は3隻さ。予想以上の規模だよ。馬鹿げた出血サービスも大概にして欲しいっての。」


 苛立ちを露にするミランダに灰沢は苦笑する。だが確かに彼女の言う通りだ。灰沢はミランダに向けていた視線をメイン画面に戻した。


 増加する《アンノウン》。

 戦火に飲み込まれていく町。

 逃げ惑い、傷付き、苦しむ人々。


 映し出される状況に灰沢は息を呑む。事態は最悪である。 負の連鎖を目の当たりにしながら彼は呟く。


「この様子じゃ、また【学習】をしたようだね。」 

「そのようだよ。以前は考えなしで不規則な行動だった。今は役割を決めて人を殺し、町を破壊している。」

「母艦が孵化器の役割しか持ってないのが不幸中の幸いだよ。母艦まで【学習】して戦艦級の機能を得たら」


 勝ち目は無くなるかも、と灰沢が言葉を続けようとした時である。


「ミラ姐さん!ブルー・ギア、活動を停止させました!」


 フォルテからの報告にミランダは驚愕する。メイン画面に映し出された四つの人型、その周囲に各々で表示される円グラフや棒グラフ。

 それはギアの数値や装備者の心拍数などをミランダや千鳥達スタッフに知らせるための大事な目安である。


 装備者のパーソナルカラーで記された四つの人型の中で一つだけ動きが鈍いことにミランダは注目した。

 紫、黄、緑の人型を取り囲むグラフは通常通りの数値を表示している。しかし青い人型のみ恐ろしいくらいに大人しいのだ。

 ギアの稼働は奏備者の生命活動に直結する。稼働に問題が発生すれば奏備者の身が危険に曝されたことになる。不安を抱いたミランダは慌てて指示を出す。


「シオンは今、Eエリアの何処にいるの!」

「9ブロックです!ギアからの信号は拾えます!」

 

 ラルゴの応答にミランダは安堵した。直後、命令を下す。


「急いで9ブロックを映して!万が一もある!救護班の準備も視野に入れて!」

「了解!モニター、回します!」


 ミランダの言葉にラルゴは太く大きな指からは想像し難いほどの速さでコンソール画面を打ち込んでシオンが担当するEエリアを表示、拡大した。

 ギアの出力が表示された画面とEエリアの映像が入れ替わり、シオンの姿が中央のメイン画面を独占する。

 シオンの無事を知るとミランダは胸を撫で下ろしたが、同時に大事な戦力を失わずに済んだと僅かに思った自分を嫌悪した。


 シオン達4名には二つの顔を持つ。アイドルグループcolorsとしての【表の顔】と《アンノウン》の殲滅に特化した部隊としての【裏の顔】である。

 

 彼らは《アンノウン》に対抗出来る能力を秘めており、それを最大限に引き出すための装置として【ギア】を駆使する。

 ギアには決まった名称が無く、戦いの道具でしかない。そのため呼び易く、分かり易いように『ギア』と名付けただけに過ぎなかった。


 そのギアは【無彩色メタル】という特殊な金属によって構成されている。何もしなければ宇宙に存在する全ての金属よりも劣るが【歌】を注ぐことで起動し、《アンノウン》を倒す武器となる。

 戦うための武器として、身を守るための防具として扱うことが出来る人間は限られていた。

 

 だからこそ誰一人として失いたくなかった。大事な仲間を死なせたくないからではなく、貴重な戦力を無くしたくないという血も涙もない想いで司令官の任を務める自分にミランダは自虐的に呟く。


「最悪ね。」

「ああ、本当にそうだね。」


 この状況は最悪だ、と灰沢はミランダの呟きに応えた。メイン画面の中でシオンと邂逅する金髪碧眼の青年に目を向ける。

 さてどうなることやら、と灰沢は顎に手を当てて複雑な表情を浮かべつつ事を見守っていた。


〇 〇 〇


 最悪の展開だ。目の前の青年が口にした言葉にシオンは眉間に皺を寄せる。

 

 アイドルとしてのcolorsは【表の顔】だが【裏の顔】は《アンノウン》殲滅に特化した部隊だ。

 部隊の結成から現在に至るまでシオン達はその【顔】を決して明かさないように戦ってきた。

 

 一般人に正体を明かしてしまえば戦闘や救出に支障を来す。そうならないためにギアには視覚情報を歪める機能が備わっていた。

 しかし、その影響を受けない一部の層は存在した。どう改良しても必ず出てきてしまうのだ。

 それによって毎度のように愚かなで欲深い一面を見る羽目になっていた。


 ある者は大多数の《アンノウン》から狙われているにも関わらずサインを強要し続けた結果、目の前であっさりと殺されてしまった。 

 別のある者は秘匿の誓約書に署名を求めると思い出すだけで腹立たしい条件を突き付けてきた。

 この阿呆な人物は灰沢によって記憶消去の実験台、ではなくて科学の発展のために重要な役割を担ったのは言うまでもない。

 何者なのか知られる度に見せ付けられる人間の欲深い黒さに仲間は呆れ果てるしかなかった。


 ヴァネッサは「よく、まみれ」と頬を膨らませて文句を口にした。

 エミリアは「別に期待なんてしてない」と諦めたように笑った。

 ベンジャミンは「話の分かる相手はいつ来るんだ?」と肩を竦めた。

 シオンは、特に何も抱かなかった。


 人間は欲深い。

 人間は自分勝手だ。

 人間は容易に裏切る。

 人間は他者を平気で傷付ける。

 人間は自分が一番だと悦に浸る。


 出会う人間全てが信じられない時があった。汚い生き物だと割り切った方が楽だった頃もある。

 仲間達も最初は信じられなかった。信じるようになったのはちょうど3年前である。


 では、お前はどうなんだ?と問い掛けるようにシオンは黒い瞳を目の前の青年に向ける。

 正体を知った彼はどのような反応をするのか。見る価値は無いだろう。だが見てつまらないものではない可能性はあった。

 お前も其処ら辺の人間達のように同じ穴の貉だろう?と、ぼんやり思いながら見つめるシオンに青年は恐る恐る口を開く。


「な、何で、そんなつらそうに、戦っているのです、か?」


 とっても苦しそうですよ?と今にも泣きそうな表情を浮かべて訊ねる青年、陽介にシオンは絶句する。

 少し前まで多くの《アンノウン》に囲まれ、強大な力を用いてその大群を殲滅する自分を目の当たりにした。

 

 強烈な出来事を間近で目撃すれば現実を畏怖せずにはいられない。余程の阿呆ならば躁状態になっている。

 そうなってもおかしくない状況下であるにも関わらず疑問を投げ掛ける陽介にシオンは言葉を失う。


「今のあなたは、その、とんでもなく無茶苦茶、です。」


 自分を殺してまで用意された型に嵌めている感じです、と陽介は震える声を振り絞って指摘した。

 彼の一言で動揺する自分にシオンは困惑し、沸き上がる感情とともに身体が震え出す。これは怒りではない。図星を突かれたことへの衝撃だ。


 つらいと思った日はない。

 苦しいと泣きたくなった時はない。

 

 地球では自分達colorsが対抗出来るから《アンノウン》と戦っているだけである。そして何よりも3年前に起きた出来事を繰り返さないためにも手を差し伸べてくれた【彼】のように強くなると心に決めた。


 何も知らない偽善者の忠告として受け流して口を慎むように叱咤すればいいだけの話だ。

 それだけである。それだけなのだが、今のシオンはそれが困難なほどに震えていた。

 

『やめてくれ』と懇願してしまった。

『言わないでくれ』と制止してしまった。


 ずっと隠し続けていた【弱さ】を露見されたような忌々しさに堪え切れず、彼は陽介を睨み付ける。


「おま、ぇに」


 シオンは一歩、力強く踏み込んだ。


「何が!分かる!」


 足下のアスファルトが砕け散るほどに爪先で蹴り上げると陽介の目と鼻の先まで一気に距離を縮めた。

 制止を呼び掛けるミランダの声がヘッドホンを模した頭部パーツの耳元部分から聞こえた。


 それでもシオンは立ち立ち止まらない。青い言の葉を歌として紡げば握り締めた双剣の刀身が青い光を放つ。

 シオンは得物である双剣を硬直したように立ち尽くす陽介、ではなく彼の背後に迫る《アンノウン》へ向けた。


 突き刺し、斬り伏せる。白く変色する《アンノウン》を蹴り飛ばすと同時に陽介を安全な場所へと突き飛ばす。

 奇声のような悲鳴を上げて地面の上で不格好に転がる陽介を無視してシオンは周囲を見渡した。

 騒ぎを聞き付けて押し寄せてくる《アンノウン》の群れに彼は小さな舌打ちをする。


 双剣を構えると再び青い言の葉を紡いだ。歌を【戦力】に変換にする。双剣の刀身を青に染め上げた直後、シオンは襲い掛かる大勢の《アンノウン》を薙ぎ払い、刺し貫いた。

 群がる《アンノウン》のみを眼中に置いて戦い、そして歌い続ける。その手に収める剣は誰かを守るよりも何かを倒すために振るわれていた。

 力強く響かせる歌は誰かを激励して希望を与えるよりも相手に対する敵意とともに彼の内に抱える苦悩や悲哀を吐き出すために歌われていた。


 美しくも悲しい旋律に胸が締め付けられる。

 燃やし続ける激情を喩えた歌に心が疼く。


 立ち上がろうとした足に力が入らず、堰を切ったように涙が溢れ出る。突如沸き起こった痛みと苦しみと悲しみに耐え切れず、陽介は抵抗出来ずに力無く蹲った。


「な、何だ、よ、これ。」


 全身を蝕む激痛に陽介は唖然とする。次の瞬間、陽介の脳裏に絶望と死で彩られた【あの日】の光景が蘇る。


 全てを灰にしようと包み込む炎の熱さ。

 喉を潰しかねないほどの息苦しさ。

 全身を蝕む激痛。そして、瓦礫の下で聞いた【青】の鎮魂歌。


「まさか、」


 陽介は息を呑む。シオンの歌声に彼は聞き覚えがあった。もっと昔、思い出したくない何処かで聞いたのだ。

 赤色と黒色、炎と瓦礫しか無い世界で色鮮やかに存在感を放っていた【青】を思い出す。だが当時、【青】は槍を得物としていた。対してシオンの得物は剣である。

 もし【青】の正体がシオンならば何故、彼は【あの日】に居たのか。何故、槍の代わりに剣を持つのか。


 原因が知りたい。理由を聞きたい。陽介は必死に足掻くが地面に張り付いたように身動き一つ出来なかった。

 そんな状態の彼を気に留めず、シオンは《アンノウン》との決着をつけるため先ほど解き放った剣の乱舞を発動させる。


 歌に敵意を織り込ませる。力強く、そして気高く歌うに連れて白銀の鎧が青く輝き始めた。

 奏甲の表面に浮かび上がった青い花弁が一枚、また一枚と宙に舞う。見る者を楽しませるようにひらひらと踊った直後、細身の剣に姿を変えて《アンノウン》へと容赦なく降り注ぐ。


 轟音が鳴り響く。

 暴風が吹き荒れる。

 閃光が激しく煌めく。


 その衝撃から身を守るように陽介は体を屈めると目蓋を強く閉ざした。終わりの時は瞬く間に迎える。青い暴風雨の餌食となり、存在を無き物にされた《アンノウン》の大群は白い粒子となって消滅する。


不気味な静寂が周囲を包み込んだ。


 直後、先ほどとは打って変わって落ち着きを取り戻した心身に疑問を抱きつつ陽介は恐る恐る目蓋を開ける。

 立ち上がろうと試みれば何事もなかったように身体はすんなりと起こすことが出来た。


 状況を把握するために顔を上げると視界に青い剣先が入り込む。陽介はゆっくりと視線を向ける。動揺を隠せない青い瞳が冷ややかな黒い瞳と絡み合った。

 見下ろすように佇みながら双剣の片割れを陽介に突き付けたままシオンは静かに告げる。


「さっきの発言は無かったことにしてやる。」


 唖然として言葉を失う陽介にシオンは言葉を続けた。


「力ある者が力を行使出来る場所で戦っている。それだけのことだ。」


 シオンは陽介に向けていた剣先を下ろすと双剣を腰の両側に備え付けていた鞘へ納める。

 白銀の鎧を飛行に適した形態に変えると、シオンは陽介の言葉を遮るようにジェット音を響かせて飛び上がった。


「ま、待ってください!まだ話したいことが、」

「私は終わった。」


 砂埃が舞い上がる。

 《アンノウン》の残骸が吹き飛ぶ。


 背を向けて次の戦場に向かう直前、ちらりと横目で陽介を見ながらシオンは或る方向を指差して言う。


「この先を右に行くとシェルターがある。早く避難しろ。」

「で、ですが!」

「お前は一般人だ。一般人ならば一般人らしく無謀な無茶なんてするな。あと余計な世話を焼くんじゃない。」


 良かれと思っても相手には迷惑でしかない、と忠告してからシオンはその場を後にした。

 空に溶け込むように飛び去る彼を呆然と見上げながら独り残された陽介は力無く座り込む。


「何で、そんな悲しいことが言えるんですか?」


 陽介は納得出来なかった。シオンの言動に幻滅したからではない。歌を戦いの道具にしなければならない現実にも、それを肯定して断固たる決意を掲げるシオンにも怒りを覚えた。


 歌があったからこそ生きる希望を見つけ、誰かの助けになりたいと強く思えるようになった陽介にとってシオンの言葉を否定したかった。

 しかし、もう目の前から去った相手に何を思っても無駄な悪足掻きだ。シオンの言葉に従って一般人らしく無謀な無茶をせずに避難すべきなのだろう。


 陽介はゆっくり立ち上がるとシオンが指差した方向にあるシェルターへと行、こうとはしなかった。踝を返すとシオンが飛び去った方向に陽介は走り出す。

 話はまだ終わってない。自身は知らなきゃならないのだ。足手纏いになることを覚悟して陽介は風を切って駆ける。


 行けば今度こそ戻って来られないだろう。《アンノウン》に殺されるだろう。それでも行かなければならない。答えを見つけるために、分かり合うために、自身に出来ることを探すために陽介は走り続けた。

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