【破】Ⅱ『待ち人達、未だ来ず。』
〇 〇 〇
『シオン、なんて馬鹿なことをしたのさ!』
一般人を危険に曝すんじゃないよ、とミランダの怒鳴り声が回線を通じて耳元部分に届けられる。
今までの言動を指令室で一部始終見ていた彼女が怒り心頭になるのも無理はない。厳しい口調で叱咤し続けるミランダにシオンは曖昧な返事をしながら風を切って突き進んだ。
(な、何で、そんなつらそうに、戦っているのです、か?)
不意に彼の言葉がシオンの脳裏を掠める。
(今のあなたは、その、とんでもなく無茶苦茶、です。)
苛立ちを露にするようにシオンは歯を食い縛る。
何も知らない一般人のくせに分かったような口を利く陽介が気に入らなかった。そして、それ以上に的確過ぎる指摘に堪えられず感情を爆発させた自分自身が気に食わなかった。
私情に駆られるまま一般人に刃を向けるなど愚の骨頂である。そんな事をしたら【彼】に顔向け出来ない。気持ちを落ち着かせるように深呼吸してからシオンは徐に口を開いた。
「ミランダ、迷惑をかけた。反省しているとも。」
『なら別に良いけど。あの青年は秘匿の対象だから此方で行方を捜すわ。直ぐにベンと合流して。緊急事態発生よ。』
「了解した。」
ミランダとの通信を終了するとシオンはベンジャミンが受け持つSエリアを目指した。
〇 〇 〇
「最悪な大盤振る舞いだ!」
斧の柄を強く握り締めるとベンジャミンは襲い掛かる《アンノウン》を次から次へと裂き砕いた。
咆哮のように歌いながらベンジャミンは《アンノウン》の頭部を叩き潰し、胴体を割き潰し、全てを砕き潰す。
Wエリアから進路を変更して進行してきた母艦は鎮圧間際だったSエリアにて《アンノウン》を大量に産出したのだ。
やっと終わりそうだったのに仕事を増やしやがって、とベンジャミンは止め処無く沸く《アンノウン》への怒りを込めて斧で振り払うに蹴散らす。
歌は嫌いじゃない。寧ろ好きだ。
前線に出るのは得意じゃない。寧ろ苦手だ。
シオンやヴァネッサのように【歌】に対する力は無い。エミリアや『金色の彼女』のような強さは無い。
自ら障害を壊して道を切り拓くよりも、障害に挑む誰かを守り支えながら道を指し示す方が性に合っている。
だが、この図体でそんなことを言うわけにはいかない。それで幻滅されるくらいならば不得意なことを無理矢理した方が期待に応えられる。
口に出来ない苦悩を発散させるようにベンジャミンは増え続ける《アンノウン》の群れを一気に薙ぎ払った。
「シオン、何処にいる!Sエリアがやばいことになった!援護に来てくれ!」
『今、そちらに向かっている。』
「早いとこ頼むぜ、リーダー。うじゃうじゃ出過ぎて下手したら押し切られそうだ。」
ベンジャミンからの通信を受けるとシオンは彼が受け持つSエリアへと速度を上げて向かう。
目的地であるポイントに接近するにつれてシオンの目に映り込んだのは空中を漂う3隻の母艦である。
異例な光景にシオンは険しい表情を浮かべた。以前までは1隻のみだった母艦が今回は3隻も増えている。
母艦は大量の《アンノウン》を産み落とすための孵化器でしかない。
地上への攻撃は全て《アンノウン》に託して空中を旋回、時折戦力補充のため《アンノウン》を産出する。
最終的には無抵抗のまま撃墜される運命だが今回出現した母艦は異様な雰囲気を滲み出していた。
様子を窺うように旋回する母艦を警戒しながらシオンはベンジャミンの姿を捉えると下降した。
彼は腰の両側に備え付けた鞘から双剣を引き抜く。再び歌を紡ぎ始める。そして着地とともに大量の《アンノウン》を斬り伏せた。
「よぉ、美男子!遅いじゃないか!」
何処で油を売ってたのさ?と《アンノウン》に斧を振り下ろしながらベンジャミンは訊ねる。
シオンは苛立ちを露にするように深い溜め息を吐いてから数体の《アンノウン》を斬り刻んだ。
「担当のEエリアに居ただけだよ。」
「それにしちゃあ随分とお怒りじゃないか?」
何かあったんだろ?と優しく問い掛けるベンジャミンにシオンは少し黙り込んでから口を開いた。
「見知らぬ地球系西洋人に説教された。」
「そりゃ災難だったな。」
「奴は私の中の『地雷』の上でブレイクダンスを踊った。」
もし今度会ったら三枚下ろしにしてやる、とシオンは毒突きながら《アンノウン》の群れを三枚下ろしにする。
これ以上踏み込んだら三枚下ろしにされるから止めておこう、と思いつつベンジャミンは《アンノウン》を叩き砕いた。
研ぎ澄まされた斬撃を繰り広げながらシオンは指令室へと通信を繋げてミランダに尋ねる。
「ミランダ、エミリアとヴァネッサは?」
『エミリアはWエリアで現在も交戦中よ。ヴァネッサにはNエリア鎮圧後、援護に向かうよう伝えてあるわ。』
引き続きSエリアの《アンノウン》殲滅を遂行して、と指示を出すミランダにベンジャミンは「了解」と応答するがシオンは無言のまま3隻の母艦を見上げていた。
自分達四人ならば《アンノウン》を倒せるが、あの母艦に対抗出来るかどうかは確信が持てない。
あと一人、仲間が居れば状況を打破出来るかもしれない。しかし、その一人は【彼】でなければ話にならない。
不在の相手への想いを胸に秘めながらシオンは通信を続ける。
「バトは何処に?」
『今はEエリアよ。あの青年の回収、避難の遅れた住民がいないかどうかの確認・救助をお願いしたわ。』
「そうか。」
ミランダの回答でバトの無事、そして活躍を確認するとシオンは安堵する。バトとの出会いは3年前に遡る。
その当時に引き起こされた出来事で【彼】が行方不明になった。シオンにとって道を切り開いてくれた師匠であり、手を差し伸ばしてくれた恩人である。
姿を消した【彼】を見つけ出すためにシオンは本拠地である地球を飛び出した。数か月以上、地球に帰還せずに【彼】を探し続けた。
辿り着いた辺境の惑星で彼はバトに出会った。汚く醜い笑い声が絶えない不衛生的な繁華街の片隅でバトは雇い主である男性型異星人に酷使されていた。
雇い主からの暴力によってボディはスクラップ同然となり、故障した発生回路から発せられる謝罪の言葉は片言で聞き取れなかった。
【彼】を探す旅でシオンは虐げられる異星人を多く見てきた。そして見て見ぬ振りをしてきた。【彼】以外の存在をシオンは気に留めなかった。
けれども「使えない」と言う一点張りで貶し続ける雇い主をシオンは無視出来なかった。
何よりもcolorsのリーダーである自分を知らない雇い主にも宇宙の全体を占める『コズミック・ネットワーク』が繋がらない惑星に腹が立っていたのもある。
その場の勢いでバトを庇い、雇い主と交渉して言い値で小切手を切って買い取った行動力は今も昔も驚き呆れるしかない。
雇い主の言い値が地球基準の価値で換算すると中古の軽自動車が買えるほどの値段だったため、シオンにとっては痛くも痒くもなかった。
こんな辺鄙なド田舎に長居出来るか、と言わんばかりに長距離用宇宙船をかっ飛ばして帰還早々に仲間達やレイモンドにミランダから怒られたのは苦い思い出である。
【彼】を探し続けたかった。しかしバトの機体を最優先で地球に帰還したことへの後悔はなかった。
バトの機体を見た灰沢が「いやはや、これは実に改造し甲斐のいやいや、すまん!修理し甲斐のあるボディだ!」と目を輝かせてメンテナンスついでにアップグレードとアップデートを施して軍関係者を脅、念入りに頼み込んで入手したパーツを組み込んでいたのは懐かしい。
《アンノウン》への牽制・対処が可能となった今のバトはシオンの執事として仕える傍らで避難の遅れた民間人の救出や救助活動を行う軍隊を守っている。
今回のように避難の遅れた住民がいないか、エリアごとに巡回して捜索する役目も担っている。
このミッションが終わったらバトを沢山労おうと心に決めながらシオンはベンジャミンとともに《アンノウン》の殲滅に務めた。
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