【終】Ⅲ『TRUST BRAVE』
〇 〇 〇
「未調整のギア、現在も《暴走》中!」
『千鳥くん、ギアの調律を急いでくれ!』
「無彩色メタルが人を食べちゃったよ!」
『取り込まれただけだよ、ラルゴくん!』
「それでも言葉どおりだったでしょうが!」
『それは否定出来ないな、フォルテちゃん!』
指令室は数値との睨み合いが続いていた。発動後、陽介は白銀の奏甲を身に纏うことはなかった。
主導権を奪われるように取り込まれてしまい、彼は獣に姿を変えてしまったのだ。
《暴走》しながらもシオンを守り、巨大な《アンノウン》や母艦への攻撃を仕掛ける陽介に一抹の期待を抱く。
しかし、そんな彼をただ見守るわけにはいかない。灰沢や千鳥達スタッフは数値の安定に取り組んだ。
調律する度に拒絶し、台無しにするように自己修正する未調整のギアに苛立ちながらも千鳥やラルゴ、フォルテはコンソール画面を忙しく操作する。
その様子を桃花は無言で窺っていた。モニターチェックを任された身である自分が千鳥達のサポートをするわけにはいかない。
余計な真似はしない。
余分な感情は持たない。
余剰な思考は切り捨てる。
何もかも不要である。自分は言われた通り、言われるがままに動いていればそれでいい。それなのに白く細い指がコンソール画面へと向けられる。
『ねぇ、何してるのさ?』
指先が画面に触れる直前、声が聞こえた。
嫌みたっぷりで人を馬鹿にするような青年の声に桃花はぴくりと肩を揺らす。青年の声は自分にしか聞こえない。その証拠に千鳥達は今も数値と格闘している。
『任務を忘れたわけじゃないでしょ?』
「勿論です。」
『だったら馬鹿なことは考えないでよね。』
君は可愛いお人形さんだから、と含み笑いとともに捨て台詞を吐く同僚に桃花は小さな溜め息を吐いた。
一秒も忘れたことは無い。課せられた使命は命に代えてでも遂行する。そうなるように自分は出来ている。
桃花はコンソール画面から指を離すと与えられた任務のみを見据えた。
〇 〇 〇
猛々しく吼えながら獣へと堕ちていく陽介の姿をバトはライトシアンのオプティックで見つめていた。
白銀の当事者は罪悪感を抱かない。鉄で出来たフェイスパーツは『鉄仮面』のように冷ややかだ。
どのアンドロイドよりも人間らしく振舞っていたバトは充電されてない業務用アンドロイドのように微動だにせず見上げている。
彼は他者を助けるために自分自身を囮にした。
彼は《アンノウン》を前にしても果敢に戦った。
彼はシオン達を本気で心配してくれた。
そのような人物が簡単に脱落するなど言語道断である。烈火の如く攻撃を仕掛け、獲物を仕留めようと挑む陽介を眺めながらバトはぼそりと呟いた。
「私を失望させないでください、陽介様。」
『バト、どういうことだ?』
突如入った通信にバトは驚く。撃墜された人物は痛みに耐えながら、静かに怒りを露にしていた。
「おやおや、ベンジャミン様。軽傷で済むとはお見事。」
〇 〇 〇
感嘆の声をあげるバトにベンジャミンは「お前、嫌みで言ってるだろ?」と指摘しながら自分に覆い被さる瓦礫の山を蹴り上げて退かした。
「リュージーンの頑丈さを嘗めるなっての。」
数回咳き込んでからベンジャミンは激痛で軋む身体を無理に起こすと、瓦礫の破片を掻き分ける。
撃ち落された後、落下地点の建物を倒壊させたと同時に瓦礫の下敷きとなったのだ。
命と肉体がいくつあっても足りないような衝撃を耐え切っても、奏備を纏っていても痛いものは痛い。
ベンジャミンは空を見上げる。紅色に輝く白銀の流星を黄色の瞳で追いながら再度バトに問い掛けた。
「どうなっている?説明しろ、バト。」
『と、申されますと?』
「誤魔化すな。何処の誰なのか分からない相手に保管庫のギアとリンクリングを渡したことだ。」
〇 〇 〇
ベンジャミンの問い掛けにバトは口を閉ざす。灰沢から託されたリンクリングとギアは『予備』という名目で使用されることはなかった。
その理由は明確である。所有者となり、colorsとともに《アンノウン》と戦う人物が現れなかったからだ。
新メンバーオーディションという名の戦力候補者探しはシオン達colorsにとって不要であった。
彼らには待ち続けている赤い【彼】がいた。その【彼】は3年前の出来事で行方不明になった。
【彼】はまるで自分の身に起こる出来事を予想していたかのように『万が一のためのビデオレター』を遺したのだ。
(オレは歌修行の旅に出る。帰って来られるかは明日の風に聞かなきゃ分からん。その間はオレの代わりにcolorsを支えてやってくれ!)
そう伝える【彼】に多くのファンが納得した。シオン達は渋々ながらも承諾した。何事も無かったように収まったのはきっと【彼】の人徳であったに違いない。
いつか帰ってくる【彼】のためにシオン達は新メンバーを拒み、帰る場所を残し続けてきた。
その代償の大きさをシオン達は知らない。否、【彼】の存在が眩し過ぎるあまり気付いていないに等しい。
寧ろ気付かない方が好都合な場合もある。そう思いつつ口を噤むバトにベンジャミンは言葉を続ける。
『スピリチュアル・サウンドを持ってるか分からない相手だろ?素質云々は灰沢のおっさんに、』
「その灰沢様から預かった代物です。」
バトの回答にベンジャミンは驚愕する。
「私はただ、灰沢様のご依頼を受けたまでのこと。」
『だからって赤の他人を巻き込むな!』
「ええ、そうです。陽介様は無関係の一般人です。お気に召さないのであれば、」
オーディションのように切り捨てれば良いだけの話ではございませんか?とバトはベンジャミンに告げる。
〇 〇 〇
まるで「雨が降りますので傘をお持ちください」という気軽さで返答するバトにベンジャミンは言葉を失った。
数多に存在するアンドロイド以上に人間味あるが、時折垣間見せるアンドロイド以上の冷徹さとともにバトは淡々と語った。
『皆様は【彼】のために多くの可能性を切り捨てました。私のカメラアイから見ても十分過ぎる才能の持ち主の方々が道を断たれました。ならば、』
一般人の陽介様は論外でしかありませんね?と訊ねるバトにベンジャミンは用意していた反論を飲み込んだ。
自分達が新メンバーを拒んできた理由は【彼】の存在と功績があまりにも大き過ぎた。それは認めざるをえない。
何処に行っても居場所が無かった自分達を受け入れてくれた【彼】に甘え、依存していたことを改めて痛感する。
獣になりながらも戦う一般人の青年を、陽介と呼ばれる人物を今までのように切り捨てることなど出来ない。
切り捨ててしまえば彼の決意のみならず命を奪うことになる。
ベンジャミンは飲み込んだ反論を歌に換えて吐き出すと空高く飛び上がった。
罅割れて所々砕けている白銀の奏甲を修復する余力は無い。必要最低限の奏甲と歌力で可能な限り速く、高く、飛ぶために彼は歌う。
最後の一体となった巨大な《アンノウン》から放たれる砲撃の雨を躱して擦り抜ける。
横切る熱量に幾度も肝を冷やしながら彼は陽介のもとに向かう。
「邪魔するな!」
羽虫を叩き落す勢いで集中砲火を浴びせてくる巨大な《アンノウン》を睨み付けながら怒鳴った。
直後、巨大な《アンノウン》は動きを止める。ぴたりと活動を止めると同時に白く変色し始めた。
怒涛の勢いで巨体が崩壊する。切り刻まれたように断片がボロボロと落下した。舞い上がる砂埃を突き抜けて姿を現した白銀の獅子にベンジャミンは息を呑む。
ギアが発動すれば奏着者は戦艦級の能力と得ることになる。対応可能の場所は陸海空のみならず寒暖差の激しい地帯や高低差が歪な地形、宇宙空間と幅広くなる。
だが、あの姿は知らない。上手く発動出来なくて歪んだ奏甲になることはあっても、寄生されて獣に変わり果てるなど理解出来ない。
獣の姿になった陽介はベンジャミンを見るや否や、威嚇するように唸り出す。
近付くな、と警告するように唸る陽介をベンジャミンは哀れんだ。誰かを守りたい。出来ることをしたい。そのためだけに未知数の戦場に自ら踏み込んだ彼をベンジャミンは昔の自分と重ね合わせた。
物心がついた頃、敵対民族を殲滅するために鍛えられた。戦場で絶命した両親や兄姉達の仇を討つために戦った。
気付いた時には『獣』に堕ちかけていた。ある人物との出会いで『人間』に戻れた。そして故郷を捨てた。
人間に戻れないまま堕ち続けていたら、どうなっていたのか。想像するだけで恐ろしい。
自分が選ばずに済んだ道を自ら歩もうとしている陽介をベンジャミンはどうしても止めたかった。
堕ちたら二度と戻れない。だからこそ首根っこを掴んででも引き返すように促したかった。
声を掛けようとしたベンジャミンを陽介は無視し、飛行形態になると高く飛び上がった。
陽介は咆哮すると宙を旋回する母艦を目指す。三隻の内、二隻は健在である。お膳立てされたように待ち構える獲物に狙いを定めた。花開くように
先端に錨のような矢尻が付いたワイヤーは一隻の母艦に打ち込まれる。餌に食い付いた魚を釣り上げるかのように彼は母艦を勢いよく引き寄せて振り回した。
遠心力を駆使し、もう一隻の母艦に激突させる。陽介はその二隻を一纏めにするようにワイヤーで搦め捕った。
次の瞬間、轟音とともに二隻の母艦はぶつ切りの大根のように解体されて撃沈した。
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