【序】Ⅲ『さよなら日常、こんにちは非日常』
〇 〇 〇
「今回も適合者無し、か。」
相変わらず厳しい審査基準だね、と呟きながら唐草千鳥は緑茶を飲みつつモニター画面に視線を向ける。其処には先日の面接風景が映し出されていた。
記録された映像の中で候補者達は自分が選ばれることを信じて疑わない面持ちで挑んでいる。
その後、リーダーのシオンから直々に言い渡された結果が全員不合格であることを知らないまま健気に自己紹介する候補者達を千鳥は少しばかり不憫に思った。
ズージュー星人のバアルド族と日本系地球人のハーフである彼は羽毛のような髪と同じ紺色を持つ、鳥類の翼に酷似した両腕でコンソールを操作する。
候補者達を眺める傍らで今回選出された候補者全員のプロフィールを検索、同時に調査した周波数の値に猛禽類を彷彿とさせる金色の瞳で注目した。
悪くはない。だが覚悟が足りない。ステージという名の戦場に出れば即行で命を落としてしまうだろう。
「また合格者なし?こんな調子じゃ前進しないってのに。」
何やってんだか、と毒突きながらウィルフィ・フォルテは淹れ立ての紅茶を一口飲んだ。
オオカムルフ星人の彼女は全身を覆うレモン色の体毛と同じ色を持つショートボブの柔らかい髪を揺らしつつ千鳥に歩み寄る。
彼が見るモニター画面にザクロ色の瞳を向ければ所謂、『世間一般的能力基準』であれば申し分のない実力を持つ面々が其処に居た。
しかし足りない。全然足りない。あと一歩という話ではない。下手したら千、いや万、もしかしたら億歩の次元だ。
「やっぱり【彼】のためなのかもね。」
砂糖とミルクたっぷりのカフェオレを飲みながら柿山ラルゴはcolorsが新メンバーを迎えない理由を自分なりに推測して述べた。
サリュンゴ星人の彼は濃い苔色の短い体毛で覆われた筋骨隆々の巨体を精一杯屈めると、淡い空色の瞳を懸命に向けて小さ過ぎるモニター画面を眺めた。
「どう思う?モモカ。」
三人から離れた場所にて独りで黙々とデータの収集や解析に勤しんでいた少女はピタリと手を止める。
千鳥の問い掛けに応じるように少女は顔を上げた。二つに分けて頭部の両側で結った桃色の長髪がハラリと華奢な肩から滑り落ちる。
日本人と呼ぶにはあまりにも日本人離れした顔立ちと青白い肌を持つ
「悪化する一方です。今後、新メンバーを加入させる予定が無いならば周囲からの非難は絶対避けられません。評価は更に下がるでしょう。妥協を許さないというプロ意識で有耶無耶に出来ても、彼ら自身が宣伝のために合格者なしの出来レースとしてオーディションを行っている視点は覆せません。」
「要するにこのままじゃやばいって事でしょ?アンタの言い方は細か過ぎるわよ。」
呆れ顔で指摘するフォルテに桃花は首を傾げる。事実を語った自分に何故、彼女がそう応えたのか。桃花には理解し難い展開である。
問題点の解析と解明に移行する直前、自動ドアが開くと同時に忙しない足音が室内に響き渡った。
「まったく、もう!呆れちゃうわ、本当に!」
折角の【衣装】がクローゼット行きよ!と困惑や悲哀を剥き出しにして怒りながら愚痴を零す白髪の人物に周囲は驚き呆れつつも否定出来なかった。
周囲に当たり散らさず、迷惑をかけない程度にムンクの《叫び》を華麗に表現しながら悶え苦しんで悲しむ様子に苦笑しつつ千鳥は口を開いた。
「レイさん、お疲れ様です。」
「もう超お疲れよ、千鳥くん!誰が合格者なのかハラハラドキドキしてたのに結局は全員不合格なのよ!悲しくて仕方ないわよ!」
早くルーキーちゃんに会いたいのに!と黒い丸眼鏡の下に隠されたターコイズブルーの瞳を涙で濡らしながら叫ぶ姿に千鳥は不憫に思い、フォルテは「いつものことよ」と呆れ果て、ラルゴは困り果てた。
灰沢とともに今回のための【衣装】を手掛けていたことを彼らは知っている。知っているからこそ目の前に居る白い功労者が『骨折り損のくたびれ儲け』の結末になったことを憐れんだ。
口では愚痴を零して文句を言って奇声を発しているがマネージャーとして一番にシオン達を懸念し、空中分解の可能性を秘め始めたことを恐れている。
今のcolorsにとって新メンバーは必要不可欠である。だが【彼】を待ち続けるシオン達にとっては不要な存在でしかない。誰よりも痛感し、潮時であると察しているのは目の前の白い功労者だ。
その全てを抱えて、時には一部変換して愚痴を零すことがあっても見守ることに徹している。それが彼、レイモンド・雪村の美徳だ。
「ミラ姉ったら、私が灰沢の叔父様と手掛けた【衣装】を『指示があるまでは保管庫に入れておけ』って言うのよ?やんなっちゃう!」
「その【衣装】はどうなるのですか?」
ラルゴの問い掛けにレイモンドは大きな溜め息を吐くと少し考え込んでから答えた。
「暫くはお披露目なしでしょうね。」
「勿体ないですよ、雪さん!」
「仕方ないわよ、フォルテちゃん。今回の全員不合格の件で上層部の人達、カンカンだったし。」
どうしたものかしらね、とレイモンドはもう一度大きな溜め息を吐いた。マネージャー業を務める傍らで多くのアーティストの作詞と作曲、そしてプロデュースを手掛けてきた。
しかしcolorsのように多くの可能性と未知数の能力を秘めたアーティストは存在しなかった。
だからこそ【彼】のために立ち止まって待ち続けているシオン達の背中を押して前進させてあげたい、何かしらの起爆剤が欲しいと願うようになっていた。
けれども、ただ願うだけでは奇跡など起こらなかった。それどころか悪化する一方であった。
どうすることも出来ない自分をもどかしく思いながらレイモンドは【衣装】と呼んでいる紅色のラインが入ったリングを手慰みにクルクルと回してから最後にもう一度大きな溜め息を吐いた。
彼の様子を何も言わずに遠方からじぃっと見続けた後、桃花はスミレ色の虚ろな瞳を静かに逸らした。
〇 〇 〇
「後日、空の食器を取りに伺いますね。前回みたいに料理と一緒に飲み込まないでくださいよ?ゲルギル沢さん。」
「ワカッタ。アリガトウ、ヨースケ・クン。」
野菜炒めが盛られた皿を受け取ると、テンタリュクルス星人のゲルギル沢は手を振るように触手を揺らす。
陽介は「失礼します」と笑顔で返してから出前用の黒い自転車に跨った。ペダルを踏み締める度に耳障りな甲高い音を立て、荷台に取り付けられた出前機がカタカタと揺れる。
長い年月を象徴するように所々錆び付き、黒色の塗装がボロボロに剥がれていた。
そろそろ買い替え時だ。新しい日雇の仕事を見つけたら貯金して新品に取り替えよう。もしくは奮発して原動機付自転車にするのも悪くない。
ぼんやりと思いながら陽介はペダルを漕ぐスピードを速めて自転車を加速させた。
ゲルギル沢の自宅から食堂まではかなりの距離がある。早く食堂に戻って明美の手伝いをしたい。
逸る陽介の気持ちとは裏腹に左折して直ぐの十字路で視界に入り込んだのは赤信号である。
利きが悪くなったブレーキを力強く握れば甲高い音を喧しく響かせる。荷台に取り付けられた出前機をガシャンと鳴らし、ガクンと大きく揺らして自転車は停まる。
歩道を行き来する歩行者達の視線が痛い。気まずそうな面持ちで陽介は一呼吸を置いてから信号が赤から青へと変わるのを待とうとした、その時である。
突如として特異な音響が町全体を飲み込む。唸るように鳴り響く度、周囲の人々は徐々に不安を口にし始める。
「警報?いったい、何の?」
『非常事態発生!非常事態発生!』
動揺する陽介を余所に町全体が一瞬にして騒然となる。
『《アンノウン》が出現しました!住民の皆様は速やかにシェルターへ避難してください!』
突然の出来事に陽介だけ蚊帳の外に置かれていた。
『繰り返します!《アンノウン》が出現しました!住民の皆様は速やかにシェルターへ避難してください!』
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