【急】Ⅲ『ドクター灰沢とアンドロイドな執事』
〇 〇 〇
「悪いねぇ、レイくん。忙しい時に手伝わせちゃって。」
「べっつにぃ?言っておくけど伯父様、私はシオンくん達のマネージャーだからやってるのよ?」
伯父様のためじゃないから、と念押しするレイモンドに苦笑しながら灰沢は目の前に設置された機材にケーブルを繋いだ。
灰沢は自身の研究室兼プライベート空間で奇怪な機械に太さも色も多種多様のケーブルを差し込んでいく。
起動スイッチを押して電源を入れると彼は自身の所持するノートパソコンを操作した。
何かしらの数式やら文字やらの入力・設定に励んでいる灰沢を横目で見ながらレイモンドは問い掛ける。
「やだわ、伯父様ったら!この期に及んでも実験?」
「まぁね。とっても微弱だけどシオンくん達以外の歌力が発動されたんだよ?【スピリチュアル・サウンド】を持つ人間が出現したならば、じっとしてられないさ!」
シオンくん達の負担を少しでも軽減出来るならば協力を求めたい、と答えながら灰沢は機材の調整や設定に余念が無かった。
そんな伯父の姿を見ながらレイモンドは「もう伯父様ったら!空気読んで!」と怒った後、掛けていた黒い丸眼鏡を外した。
「それはアンタ自身のためだろ?ドクター。」
刃を突き付けるような冷たい一言を放つ甥に灰沢は肩を竦めると、ゆっくり振り向いた。
其処に居るのは世話焼きオネエな【レイモンド・雪村】ではなく、冷ややかに光るターコイズブルーの瞳を向ける【雪村怜斗】であった。
「俺はアンタを信用してねぇからな。今も昔も。」
マッドサイエンティストも大概にしろ、と怜斗は灰沢に言い放ってから黒い丸眼鏡を掛け直した。
彼には二つの顔を持っている。【レイモンド・雪村】の顔と【雪村怜斗】の顔だ。
黒い丸眼鏡を掛ける理由についてレイモンドは「強い光が苦手なの」と周囲に公言している。
しかし、それは虚像に過ぎない。真実は【雪村怜斗】が幼い頃に受けた『治療』と称する実験の後遺症を隠すためだった。
極度の虚弱体質であった【雪村怜斗】は肉体改造に近い形で奇跡的な回復力を得た。
同時に副作用として『視界に入るもの全てを憎み、少しでも負の感情を抱くと徹底的に壊さずにはいられない』という認識障害も発症した。
破壊衝動を抑制するために灰沢は【雪村怜斗】に特別なサングラスを作り出し、彼に与えた。
結果として【レイモンド・雪村】という人格が生まれ、ある種の二重人格者となったのだ。
【レイモンド・雪村】と【雪村怜斗】は同一人物として記憶や感情の全てを共有している。
他者を傷付けないために主人格の【雪村怜斗】は全ての権限を【レイモンド・雪村】に託して眠っていた。
そんな彼が表の顔として現れる時は常に決まっている。叔父に対する怒りを僅かでも感じた時だ。
黒い丸眼鏡は二つの人格を切り換えるためのスイッチの役割も担っていた。【レイモンド・雪村】が築き上げてきた人間関係や功績のために【雪村怜斗】は灰沢と二人きりの時にしか出ない。
甥が何故そのような行為に出るのかを灰沢は理解している。恨まれて当然の行為をしたからだ。
彼の母親であり、自分の妹である
真意を理解しながらも諫めること無く平然と受け止めながら灰沢は困ったように口元を上げた。
「相変わらず酷いねぇ、怜くん。」
『失礼します、灰沢様。バト、目的地に只今到着しました。』
〇 〇 〇
『お疲れ様、バト。早速だけど今から転送する画像の青年を探して貰いたいんだ。』
「畏まりました。」
画像の転送を待ちながらバトは数刻前に起きた出来事を思い返す。レイモンドからシオン達のギアを受け取った際に一つだけ多かった。しかもギアの起動に必要な【リンクリング】もあることにバトは疑問を抱く。
そのリングは今回の新メンバーオーディションのために用意された【衣装】であった。
《アンノウン》が出現する前にレイモンドの手で保管庫に収められたはずだ。それなのに何故用意されているのか、バトには理解出来なかった。
レイモンドに問い掛けようとした時、灰沢からの通信を経てバトは理由を知ることとなる。
今回の事件が発生して間もない頃、指令室に微弱ながらもスピリチュアル・サウンドが検知されたと言う。
【スピリチュアル・サウンド】
それは全宇宙で唯一、《アンノウン》への対抗を可能にした兵器の呼称である。宇宙には太古から儀式の一環で歌や舞踊が用いられる惑星が存在した。
その一つが地球。極東の国・日本の民俗芸能においては鎮魂や託宣を行うために音楽が欠かせなかった。
霊的な力を秘めていると伝えられてきた音楽は発展と進歩を遂げた科学によって確証を得ることとなる。それは度重なる実験と尊い犠牲によって得た結果でもあった。
全惑星は《アンノウン》の殲滅に特化した部隊の配置を義務付けられたが地球は特例にして異例である。
星も種族も異なる人間で編成されている上に表向きはアイドルという正統や王道とは言い難く、異端にして邪道な集団として揶揄されたが成果を出しているために今も現役を続行している。
アイドルという方式には【彼】が関与している、とバトはレイモンドに聞かされていた。
多かれ少なかれスピリチュアル・サウンドを保持する者は多数存在するが戦力となる数値を身に宿しているのは一つの惑星につき僅か数人のみである。
ギアとともに受け取ったリンクリングにカメラアイを向けながらバトは灰沢に「【彼】が戻ってきたのですか?」と問い掛けた。
灰沢は「戻ってきていない」と返答後、「もしかしたらとんでもないダークホースかもね」と言葉を続けた。
「この御方ですか?」
灰沢から転送された画像にバトは驚く。一般人の女性達を守るために囮となって数体の《アンノウン》に追われる人物こそミランダから回収を言い渡された青年だ。
候補者とされる青年は3年前の出来事で起きた大災害の生存者とのことである。
下半身不随もしくは植物人間。
両腕か両脚切断もしくは四肢切断。
その可能性を全て覆し、驚異的な回復力で後遺症もなく完治してしまったのだ。青年は当時の病院関係者を唖然とさせ、軍事関係者の手が回る前に忽然と姿を消したという話である。
バトはシオン達にギアを渡した後、適合者であろう人物に渡すためのギアとリングを機体の内部に収納しながら避難誘導や人命救助を行ってきた。
シオンやミランダから課せられた任務は全て遂行済み。残るは灰沢から課せられている青年の捜索である。
しかし捜索についてはミランダから「彼は秘匿の対象よ。見つけ次第、回収して。」と言い渡されていた。
灰沢からの指示の有無に関わらず青年との接触は決定事項であった。だがミランダからの指示だけならば予備のギアとリングは保管庫で埃を被っていたに違いない。
「さて、お手並み拝見です。」
青年の居場所はフォルテからの通信を受けた後、桃花が作成したマップデータによって特定済みである。
転送された画像を消去後、巨大な《アンノウン》が暴れ狂うブロックを見つめた。
「このバト、貴方様を見極めましょう。」
バトはそう告げると無駄のない動きで走り出した。
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