【急】Ⅳ『スプリング・ソルジャー』
〇 〇 〇
大鎌から繰り出される紫の斬撃。
銃剣から放たれる黄色の閃光。
彼女達が織り成す色鮮やかな二重奏に陽介は圧巻する。ヴァネッサの斬撃を受ける度に再生し、エミリアの銃撃を受ける度に修復する巨大な《アンノウン》。
猛威を振るう強敵に恐れず、立ち向かう二人の姿に陽介は向こう見ずに突き進んでいた自身の浅はかさを恥じた。
「今、俺は何をしている?」
陽介は自身に問い掛ける。呆然と戦況を見ているだけだ、と状況を理解するや否や彼は苦笑を浮かべた。
何か出来ると理想を抱いていた陽介に現実は「お前は何も出来ないじゃないか」と無慈悲に突き付ける。
決死の覚悟で戦う彼女達のためにも避難してしまえば良い。自身は一般人なのだから身の程に合った行動をして今までの行動を「馬鹿だった」と嗤って諦める。
簡単なことだ。簡単だが、それでも諦められなかった。まだ無駄な足掻きをするのか?と腹立たしく思いながら陽介が顔を俯きそうになった時である。
巨大な《アンノウン》が奇声に似た雄叫びを上げると、その身体が突然歪な変異を始めたのだ。新しい機能を追加するように巨体が変形していく。
四肢は膨張し、敵を叩き潰す『武器』となった。背面は凹凸の激しいヒレが生え、敵を刺し潰すための『刺客』となった。臀部からは尾が生え、敵を磨り潰して周囲を更地にするための『凶器』となった。
場の空気が一変する。肌を突き刺すような緊張感が漂い、気を掻き乱すような恐怖心が襲い掛かる。
状況が逆転する。自分達が不利になり、目の前の強敵が有利になることに誰もが戦慄する。
活動を停止していた巨大な《アンノウン》が攻撃を再開する。両手の平を重ねて両指を絡めるとハンマーのように勢いよく振り下ろした。
その行為は『敵を圧し潰すため』ではなく、『衝撃波で全てを吹き飛ばすため』と呼ぶに等しい。
エミリアとヴァネッサは衝撃に備えて身を屈めた。防御すれば耐えることなど容易いが、それは発動させたギアを身に纏う彼女達だから出来る話だ。
ヴァネッサはあることに気付いて慌てて振り返る。其処には座り込んだまま動こうとしない陽介の姿があった。
ヴァネッサの瞳が怒りで強く光る。彼があまりの恐怖に怯んで動けないからではない。絶望を、死を受け入れようとしている姿が頭に来たのだ。
万が一、衝撃波が生身の人間を襲ったら?飛び散る破片が散弾銃の弾丸の如く飛んで来たら?
今、迫り来るものは簡単に死を与えられる。だからこそ歩みを止めて諦めようとする陽介も、陽介の命を奪おうとする現実も許せなかった。
ヴァネッサは地面を思い切り蹴って瞬く間に駆け寄ると陽介の前に立った。
目と鼻の先まで来た衝撃波を彼女は大鎌の柄をバトンのように回して生み出した防壁で弾いた。
短い間だけ防ぐ盾としては十分だと思っていた彼女の細い腕に衝撃波が重く圧し掛かる。
衝撃の強さにヴァネッサは顔を顰めた。衝撃波が収まると同時に彼女は柄を握り直す。
痛みに耐えて必死に飲み込んだ悲鳴を歌に変えて紫の言の葉を紡ぎながら吐き出した。巨大な《アンノウン》に向けて斬撃を放つ。
だが出力が足りずにあっさりと弾かれてしまった。
「ヴァネッサ!いつまでそいつに構ってるのさ!」
戦闘に集中しろ!と怒鳴るように促すエミリアの前に巨大な《アンノウン》の尻尾が襲い掛かる。
先端が爬虫類のような頭部に変化し、彼女を噛み砕こうと牙を剥いた。
「お前とお遊びしてる暇なんて無ぇんだよ!」
エミリアは両手に持つ得物の形状を剣へと変えながら反撃に転じる。
捕食する勢いで迫る尻尾の上顎に片方の剣を突き刺し、下顎にもう片方の剣を突き刺すと渾身の力を込めて斬り裂いた。
手応えはあっても直ぐに再生して行動を再開する強敵にエミリアは舌打ちをする。
まるでイタチごっこだと心の中で毒突きながら彼女は八つ当たりするように一刀両断した。
攻めの姿勢を貫くエミリアに対してヴァネッサは守りの姿勢を貫いていた。
ヴァネッサを叩き潰そうとする巨大な《アンノウン》の拳が幾度となく激しく襲い掛かる。
避けることは簡単だ。しかし背後に居る陽介を見捨てるわけにはいかなかった。
彼を見捨てたら絶対に後悔する。そう思ったのもある。何よりも絶望の色で曇りつつある陽介の瞳が昔の自分に酷似していたのもあった。
「ヴァネッサ、さん?」
「ぼんやり、だめ。はやく、にげる、する。」
「す、すみません。」
我に返っても上の空になっている陽介にヴァネッサは問い掛ける。
「なやむ、してる?」
巨大な《アンノウン》の猛攻を防いで弾き返しながら、そして自身を守りながら攻撃の手を緩めないヴァネッサに陽介は驚愕する。
心配されて問われる自身の愚かさと弱さに陽介は嫌悪の情を抱いた。
誰かを守るために命懸けで戦う人達が居る。対して自身は守られて、助けられてばかりだ。
自分自身が持つ今現在の力では何も成し遂げられないことを痛感しながら彼は徐に口を開いた。
「俺、貴女達が羨ましいです。」
「なぜ?」
訊ねるヴァネッサに陽介は本音を漏らす。
「そんな風に出来ないからです。沢山の人を救うことも、誰かを守り通すことすら出来ないです。でも未だに、」
何かは出来ると馬鹿みたいに信じてます、と陽介は語る。シオンの背中を追い掛ければ何かを得られて変われると信じていた。
どのような結果になっても目的地に辿り着こうとする想いだけは間違いではないと愚直に願っていた。
しかし今となっては目の前で戦う彼女達の揺るぎない覚悟に陽介は思い知らされる。
(お前は一般人だ。一般人ならば一般人らしく無謀な無茶なんてするな。あと余計な世話を焼くんじゃない。)
シオンの言葉が心を裂くように響く。
(今出来ることをしろ!出来ないことをするのは余計なお世話だ!迷惑だ!)
エミリアの言葉が心を刺すように鳴る。
こんな自分に何が出来るのだと再び問い掛ける。弱さも愚かさも浅はかさも理解した上で目指せる場所など無い。
壁にぶち当たって項垂れる陽介にヴァネッサは溜め息を吐いた。
この青年は『昔の自分達』である。無力を目の当たりにして足を止めて力無く俯いていた頃そのものだ。
Nエリアで《アンノウン》との交戦中、回線を傍受して今までの通信を盗み聞きしていたヴァネッサはシオンやエミリアが何故、怒りを露わにしたのか理解する。
彼らが怒るのも無理はない。ヴァネッサも同様に怒りを覚えてしまった。
頬を抓って叱り飛ばしてから首根っこを掴んで道案内したくなるほどである。
「〝やれやれ、世話など焼くものではないな。〟」
「?」
「たちどまる、わるい、ちがう。でも、じぶん、なに、も、できる、ない。それ、おもう、だめ。」
自分達が力を得て今日まで歩いて来られたのは大切な人々の支えがあったからだ。
この青年は違う。誰かに支えられていることを気付かずに一人で全て抱え込んで何処かへ向かってしまう危うさを持っている。
一人で居たら、いつしか独りとなって跡形も無く潰れて消えるだろう。
その結末を迎えてしまっては本末転倒だ。支えてくれる人々が、大切な仲間が居てこそ自分の道を歩いて行ける。
間違えてしまうことだってあるだろう。だが行くべき道へと繋いでくれる存在が寄り添ってくれるならば間違いは正せる。
「〝歩みなど幾度も止めて構わん。だが限界は自ら決めるものではない。その先をどう歩むかが大事なのだ。〟」
ヴァネッサは言葉を続けた。
「きみ、は、どう、すすむ、したい?」
「俺、は」
彼女の問い掛けに陽介は言葉を詰まらせる。ヴァネッサに対してどう答えて良いのか彼は戸惑った。
悩む陽介を他所に巨大な《アンノウン》は背面に生えたヒレの形状を変えるとミサイルのように撃ち飛ばした。
ヴァネッサは大鎌を振り翳して構えると斬撃を放って応戦する。
被弾する前に迫り来る攻撃を刈り取ろうとヴァネッサは躍起になる。
やはり前線は不向きだな、と苦笑しながら爆発の衝撃に耐えつつも大鎌を振るった。
目の前の絶望を切り刻めたと思えた。直後、襲い掛かる数発のミサイルにヴァネッサは動揺する。
対処、しきれなかった。
大鎌の柄を握る手から力が失われ、顔面を青白く染める彼女に追い討ちを掛けるように巨大な《アンノウン》の拳が物凄い速さで近付いていた。
得物を手放そうとするヴァネッサに陽介は無我夢中で立ち上がると『桜色』の決意を胸に大鎌の柄を取った。
「〝おい、うちの姫さんに手ェ出すんじゃねぇ。〟」
柄を巧みに操りながらミサイルを切り刻むと迫り来る絶望を笑い飛ばすように巨大な《アンノウン》の拳を八つ裂きにした。
轟音を斬り、爆風を払い、宙に舞う残骸を蹴散らす姿にヴァネッサは驚愕する。
この野蛮さ、この豪快さ。絶望を蹴り上げて希望を投げ付ける姿勢。悪友として支えてくれた『桜色の護衛』そのものである。
「〝一丁前に言いやがって。アンタにゃあ戦場じゃなくてあったけぇ春の野原がお似合いなのによ。〟」
こんな時に幻聴を聞くなど切羽詰まっているのか?と思いつつ彼女は自嘲の笑みを浮かべた。
あの青い瞳が『桜色の護衛』と同じマゼンタの瞳に変化していることすら幻覚なのに懐かしさが込み上げてくる。
「〝貴様は、〟」
「〝おっと、奴さんはまだ諦めきれてないようだ。〟」
バラバラにされた片手を修復しながら再起を狙う巨大な《アンノウン》を見上げる。
ほれ出番だぜ、と大鎌の柄を差し出されたヴァネッサは受け取ろうと手を伸ばした。
だが先ほどのショックが大きかったのか彼女の小さな手はカタカタと震えて掴むことすら出来ない。
もどかしさにヴァネッサが顔を顰めていると、その手に大きな手が重なって共に柄を握る形となった。
『桜色の護衛』とは雲泥の差がある大きな手。しかし、手の甲に伝わる温かさにヴァネッサは目を細める。
泡沫の夢にしては大袈裟だと困惑しながらも彼女は柄を握り締めた。
「〝けど、腹括ったんなら仕方ねぇさ。〟」
絶望の空を彩る花火を打ち上げてやれ!と『桜色の護衛』のように笑う陽介を横目で見ながらヴァネッサは外見とは不釣り合いの笑みを浮かべる。
「〝無論、そのつもりだ!〟」
共に大鎌を構えて、共に振り下ろした。彼らが放つ斬撃は鮮やかな紅紫色の一閃となって巨大な《アンノウン》の身体に強く深く刻み込まれた。
奇声のような耳障りな悲鳴を上げて激痛に悶え苦しむ巨大な《アンノウン》は一時的に活動を停止させる。
再生の速度が遅くなったことを好機と捉えたエミリアは尻尾を剣で斬り刻み、銃で撃ち砕いた。
態勢を整えるために距離を取る彼女の目に入り込んだのは陽介に猫パンチの如く俊敏で鋭利な鉄拳をお見舞いするヴァネッサの姿であった。
「な、何でよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます