【終】Ⅵ『サウンドマックス~魂のミュージックロード~』


〇 〇 〇


「馬鹿なこと言うな!」

「大真面目です!今、体を張れるのは俺です!」

「死に急ぐようなもんだぞ!」


 そんなの絶対許さねぇぞ!と叱るベンジャミンに陽介は真剣な面持ちで自身の想いを語った。


「皆さんは命懸けで多くの人のために戦ってます。同時にいっぱい傷付いてます。だから俺は体を張ってでも命懸けで皆さんを守りたいです。」


 それで皆さんが傷付かずに済むのであれば本望です、と断言する陽介にベンジャミンは『金色の彼女』の姿が脳裏に浮かんだ。

 彼女もそうだった。大切な誰かを守るためならば命懸けで戦い、道を切り開いた。

 誰よりも真っ先に戦線を駆け抜ける彼女のために自分は背中を押し、守り続けた。


 今の自分は『シオン達を守る』という責務を抱えて無理して走っていた。


 独りは慣れている。だから独りで走るのは苦じゃない。そんな自分の前に突如現れた青年は「大丈夫ですか?」と手を差し出す前に自分が抱えていた責務を担いで「何処に持って行けば良いですか?」と笑っている。

 その笑顔に『金色の彼女』のような眩しさを感じながらベンジャミンは陽介に問い掛ける。


「本気だな?」

「はい、死んでも倒します。」

「一つだけ条件がある。生きて帰れ。その代わり、」


 この状況で戦力となるのはボロボロの奏甲を身に纏う自分ではなく、目の前の青年である。

 あまり使いたくない『手段』だったが致し方ない。任務を第一にしながらベンジャミンは言葉を続けた。


「なんでも言うことを聞いてやる。」


 ベンジャミンの提案に陽介は青い瞳を輝かせる。現金な奴だな、と思いつつベンジャミンはどんな願いを口にするのか候補を考えた。


 シオンのサインか?

 エミリアとのデートか?

 ヴァネッサの単独ライブか?


 万が一、あまりにも聞くに堪えない無理難題ならば承諾後、口封じの記憶消去も視野に入れておく必要がある。

 陽介は頭を抱えて考えた末、ベンジャミンに回答した。


「ベンジャミンさんのカツ丼が食べたいです!」


 嬉々として願いを告げる陽介にベンジャミンは予想外だと言わんばかりに目を丸くする。


「そ、それだけか?」

「もしかしてハンバーグやグラタンとかも作って頂けるのですか?」

「リクエストするならば、違う!そうじゃない!colorsのメンバーに『なんでも言うこと聞いてやる』って言われたんだぞ?」


 無茶ぶりしたい欲望あるだろ?と訊ねるベンジャミンに陽介は首を傾げながら問い掛ける。


「でも提案したのはベンジャミンさんじゃないですか?」


 あなたの得意なジャンルでお願いしているだけです、と語る陽介にベンジャミンは『金色の彼女』が口にした言葉を思い出した。


(他人に苦手なことや嫌なことを強要させるなんて言語道断です!その人が得意なことや好きなことで無理なく楽しくお願いをすることこそ皆ハッピーです!)


 ベンジャミンは陽介を陥れようとした自分の愚かさを恥じた後、負の感情を吹き飛ばすように笑った。

 わけも分からずきょとんとしている陽介を他所にベンジャミンは一頻り笑い、そして納得する。

 シオンが怒るのも無理もない。この青年は馬鹿なくらいに優し過ぎるのだ。


 【彼】の放つ光が『炎』ならば、青年が放つ光は『太陽』である。自分達には【彼】の『炎』が性に合っている。

 青年の『太陽』は雪解け後の大地のように隠したい過去を剥き出しにされる程、自分達には温か過ぎる。


 しかし彼とともに道を歩めるのであれば、その先にある未来がどんな景色なのか見てみたい。

 そう思わずにはいられない自分に困惑しながらもベンジャミンは黄色の瞳を陽介に向けた。


「本気なんだな?青年。」

「はい!体張るのもカツ丼も本気です!」

「ならば、ちゃんと生きて帰って来い!死んだら元も子もカツ丼も無いからな!」

「分かりました!」


 お願いします!と陽介が盾を構えると、ベンジャミンは「おうよ!」と返事して支えていた彼の身体を自分の頭上に軽々と投げる。

 そのまま陽介の両足首を掴むとベンジャミンはまるでハンマー投げのように回転させ始めた。

 こんな発想に繋がるなんて!と予想外の展開に陽介は振り回されながら悲鳴を上げる。


「しっかり歌え!歌は動力源だ!歌うほど強くなる!」


 ベンジャミンの助言に従い、陽介は喉に貼り付いた紅の言の葉を歌として紡いで吐き出した。

 ベンジャミンは陽介の歌力が高まった頃を見計らって遠心力を駆使して彼を巨大な《アンノウン》に向けて勢いよく投げ飛ばした。


 巨大な《アンノウン》は刻一刻と完全なる再起動のために修復と再生を繰り返していた。これ以上の戦火を広げてたまるか、と言い放つように陽介は歌う。

 円形型の盾を矢尻のような鋭利な形状に変形させると全身を捻って回転し、『一矢』となって突き進んだ。


「まさか、このために」


 自分を投げろと言ったのか?とベンジャミンは愕然とする。陽介の歌声が一層強くなる。その度に彼の周囲に紅色と白銀の光が生まれ、包み込むように輝き出した。


 巨大な《アンノウン》の心臓部を貫くために陽介は流星の如く突撃する。そんな彼を撃ち落とそうと巨大な《アンノウン》は修復途中の巨体を変形させて、迎撃を開始した。


 撃墜される。


 そう直感したベンジャミンの黄色の瞳に入り込んだのは陽介を守るように降り注ぐ【青い剣】であった。斬り伏せられた迎撃は轟音とともに消滅し、同時に爆風が吹き荒れる。


 陽介は臆すること無く飛び込み、その先に居る巨大な《アンノウン》に立ち向かっていった。【災厄】に対して一矢を報いようと響き渡る青い歌声にベンジャミンは茫然とする。

 静かに振り返れば其処には戦線を離脱させたばかりの青いリーダーの姿があった。執事が手を回したのであろう、と予想しながら不機嫌な表情を浮かべるシオンにベンジャミンは訊ねる。


「シオン、どうして戻って来たんだ?」

「リーダーが仲間と一般人を守りに戻って何が悪い?」

「そりゃ、そうだな。勝手な行動して悪かった。」

「アンタなりの最善策を選んだだけだろ?」


 謝罪するベンジャミンにシオンは先ほどの行いを咎めようとせず、寧ろ一つの選択肢として肯定した。


「おい、一般人!聞こえるか?」


〇 〇 〇


「は、はひ!」


 突如入った通信に陽介は裏返った声で返事する。そんな彼を無視してシオンは言葉を続けた。


『今から援護する!《アンノウン》を倒せ!』


 負けたら承知しないぞ!と叱り飛ばすシオンに陽介は胸の内に沸き上がった歓喜と希望を噛み締める。


「了解しました!」


 紅の言の葉が歌として闇に輝く。

 青い言の葉が歌として闇で光る。

 緑の言の葉が歌として闇を照らす。


 戦場の傷跡を癒すように奏でられる三重奏を耳障りだと怒鳴り散らすように巨大な《アンノウン》は絶叫する。


 更なる【学習】を果たそうとした時、紅い一筋の閃光がその動力炉部分に風穴を開けた。


〇 〇 〇


「早い所、シオン達と合流しよう。」

「しおん、べん、ぴんち。」

「そうね、何か変なのが紛れ込んだって話だし。」


 Wエリアで突如出現した巨大な《アンノウン》は二人の迎撃によって現在は完全に沈黙していた。

 エミリアとヴァネッサは新機能である《共鳴》の発動に成功することが出来た。


 だが彼女達には『少しだけ強くなって今まで通りに標的を倒せた』という認識でしかない。

 今回の場合は特殊だった。そのため、仕方なく使用したに過ぎない。


 《アンノウン》を倒せるならば新機能など余分な飾りに成り果てるだけだ。灰沢への文句を考えつつ、エミリアはヴァネッサとともにシオン達の応援に向かおうとした時である。


 ビリビリと空気が震える。

 グラグラと大地が揺れる。


 Sエリアに視線を向ければ、現地に出現していた巨大な《アンノウン》が崩壊し始めたのだ。

 突然のことに驚愕するエミリアの傍らでヴァネッサは息を呑む。


 一瞬にして白く変色し、同時に雷鳴が轟くように崩れていく巨大な《アンノウン》に対してではない。眩しい光を放ちながら巨体を貫く黄金色の光に釘付けになっていた。

 しかし、その輝きは瞬きの間に消滅していた。錯覚の類なのか、とヴァネッサは首を傾げる。

 

 彼女の耳にエミリアの声は届かなかった。白銀の小さな光を撒き散らしながら紅く煌めく【何か】が物凄い速さで近付いていることをヴァネッサは気付いていない。

 自分よりも先に気付き、そして場合によっては無慈悲に切り裂いて撃墜する彼女が行動に移さないことを不審に思ったエミリアは何度も呼び掛ける。


 それでも動く気配の無いヴァネッサに痺れを切らしたエミリアは紅い【何か】を撃ち落とそうと銃剣を構えた。

 形態を銃に変えて引き金を引こうとした際、紅い【何か】は強く眩しく煌めいた。撃つな、と告げるように輝く【何か】にエミリアが引き金にかけていた指を離してしまった。


 次の瞬間、エミリアの身体は飛んできた紅い【何か】と衝突し、吹き飛ばされてしまう。

 紅い【何か】とともに歩道の上を幾度もなく回転した後、彼女は苛立ちを露にするようにそれを蹴り飛ばした。


 それが身に着けていた白銀の奏甲がボロボロと剥がれ落ちていく。紅い【何か】は無抵抗のまま地面に落下、しなかった。寸前でヴァネッサに捕獲され、彼女の細い腕の中に収まる形となった。


「えみ、だいじょーぶ?」

「胸糞悪いけど平気よ。残骸の破片でしょ?」


 ヴァネッサの問い掛けにエミリアは身を起こすと奏甲に付着した砂埃などを軽く叩き落としていた。


 その姿にヴァネッサは安堵の表情を浮かべると先ほど回収した紅い【何か】に目を向ける。

 それが『運命』と言うにはあまりにも強烈な邂逅をした金髪の青年だと理解するまでに時間はかからなかった。


「コイツ、あの時の金髪野郎じゃん!」

「いいかた、ひどい。」


 もっとまともな言い方があるでしょ?とヴァネッサは指摘するように赤い瞳を向ける。


 ヴァネッサは赤い瞳をエミリアから青年に、陽介に移す。あれだけの強い衝撃を幾度も受けておきながら致命傷と呼ぶべき怪我が見られない。血や砂埃などで汚れているが驚くほどに軽傷だ。


 自分達と同じ白銀の奏甲は消えかけており、衣服は爆風の強烈さを物語るように所々焦げていた。


「ううっ、」


 痛みに耐えながら陽介は閉ざしていた目蓋をゆっくりと開ける。状況を把握するや否や、彼は弱々しく笑った。


「俺、生きてる。勝ったんだ。」


 良かった、と呟きながら陽介はガクリと気絶する。深い眠りにつくように瞳を閉ざした彼にヴァネッサは溜め息を吐くと、煤で汚れたその鼻をぎゅむっと抓んだ。

 「ふぎゃ」と間の抜けた声が聞こえると彼女は陽介の鼻から細い指を離した。


 これは戒めだ。命を助けられたのに自ら命を散らすような猛攻を進んで選んだ彼への『お仕置き』である。

 次もまた、このような行為に及んだ場合を想定しながら怪しく笑う彼女の視界に白銀の残骸が入り込んだ。


 粒子となって消えていくそれが『盾』と知る頃には跡形も無く消え去っていた。


「どう、する?」

「どうするって言われてもね。」


 ミランダに聞くしかないでしょ?とエミリアが渋々と通信を入れようとした際、ヴァネッサの視線が何かを訴えかけていた。

 じわじわ、じくじくと突き刺すような視線にエミリアは横目で見る。


じぃいっ


 見ている。物凄く、見ている。歩み寄る猫のように少しずつ近付いて来ているのは気のせいだと思いたい。


じぃいいっ


 ミランダに聞く以外、他に言うべきことがあるでしょ?と無言で様子を窺うヴァネッサにエミリアは困惑する。


じぃいいいっ


 痛い、とてつもなく痛い。視線もそうだが圧力も痛い。そして、いつの間にかヴァネッサが自分の背後に居る。


「わ、分かった!分かりましたっての!」


 アイツに謝るから!と告げるエミリアにヴァネッサは満足そうに笑みを浮かべた。


 先刻の戦闘でエミリアはフォルテの指示を幾度も無視した。《アンノウン》との戦闘が終わった今ならば伝えるべき言葉を伝えられる。

 今言わなければ機会を逃し、後悔する日が必ず訪れる。自分のように伝えたい時に伝えられず、絶望の日々を送ることになる。


 彼女にはそうなって欲しくない。失った物が多過ぎる。これ以上失わないためにも叱り飛ばす勢いで、その背中を体当たりして一歩進ませる必要があった。

 渋々ながらもフォルテに通信を入れるエミリアの隣でヴァネッサは自分の両腕で気絶した陽介に視線を移す。


 さて、どうしたものか。ぼんやりと陽介の扱いについて考える彼女の耳元に通信が入った。


『はぁい、ヴァネッサちゃん。お疲れ様!早速なんだけど手元にある青年の回収、よろしくね!』


 私にとってもナイスな考えがあるの、と言うレイモンドにヴァネッサは首を傾げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る