【序】Ⅳ『紺鳥、黄狼、緑ゴリラ』


「竜の旦那!こんな所に居たんですか?」

 

 探しましたよ!と息を切らしながらも先陣を切るように入って来た紺色の青年にベンジャミンに告げる。


「ベン兄さん、まだ動いちゃダメですって!」


 何で食堂に居るんですか?とレモン色の女性が紺色の青年に続くように叱り飛ばす。


「無茶は禁物ですよ!」


 傷口が開いちゃいますって!と濃い苔色の短い体毛で覆われた筋骨隆々の巨体が扉から姿を現した。


「おいおい、お前達が持ち場を離れちゃまずいだろ?」


 司令官殿に叱られるぞ?と、彼らの慌てふためく様子にベンジャミンは苦笑する。

 驚きはしたものの一切の動揺を見せずにカツ丼を作る手を止めないベンジャミン。対して陽介は突如現れた見知らぬ人物達の勢いに圧倒されて味噌汁を飲む手を止めていた。


「オレの場合は寝れば治る。それよりも今日一番の功労者を労わってやってくれ。」


 パン粉に包んだ厚切りの豚肉を揚げながら、とある方向をベンジャミンは指差した。

 彼が指した方向に三人は顔を向ける。其処には画面の中で必死に戦っていた紅い青年が座っていた。


 ザクロ色の瞳と淡い空色の瞳、そして金色の瞳が陽介を見定めるように向けられる。

 陽介は口内に留まっていた味噌汁を急いで嚥下し、手にしていた箸と汁椀をテーブルの上に置くと勢いよく立ち上がった。


「は、初めまして!えっとですね、ベンジャミンさんには大変お世話に、否それ以上に命の恩人です!」


 しどろもどろで言葉を選ぶ陽介に紺色の青年は猛禽類を彷彿とさせる金色の瞳を逸らさずに口を開く。


「おい、お前。」


 凄みを利かせながら近付く紺色の青年に陽介は冷や汗をかく。勝手な行動をしてしまったのだ。処罰を受けるのは当然の報いだが痛いのだけは勘弁して欲しい。


 息を詰めて事を見守っている陽介の傍に立つと、紺色の青年は鳥類の翼に酷似した両腕を伸ばした。

 彼の行動に陽介は驚く。咄嗟に目蓋を閉ざし、身を守るように身体を硬直させた。


 直後に来ると予想される激痛に耐える態勢になった次の瞬間、陽介に襲い掛かったのは予想外の感覚である。

 全身への衝撃はあった。締め付けられる苦しさと同時に柔らかい温もりが伝わってきた。


 陽介は恐る恐る目蓋を開けると、紺色の青年に思い切り抱き締められていたのだ。


「よく頑張ったな。」


 紺色の青年は羽毛に覆われた手で陽介の背中を優しく叩いて労った。目を丸くして開いた口が塞がらない様子で困惑する彼にレモン色の女性は小さく噴き出した。


「バカなくらいにお人好しだな、君。」


 でも嫌いじゃない、と歩み寄りながら言葉をかける彼女に陽介が照れ臭そうに視線を逸らした時である。


「うわあああんっ!ありがとううううっ!」


 濃い苔色の逞しい両腕が彼ら三人をまとめ上げて包み込んで力強く抱き締めた。感涙の涙に噎びながら圧し潰す勢いで丸太のような両腕に力を籠める巨漢に一同は驚愕し、困惑する。


 痛い、物凄く痛い。ぎゅむぎゅむと締め上げられるのもそうだが、立ち上がる時に後ろへ引いた椅子が弁慶の泣き所付近に直撃して痛い。

 振り回されながらも痛みに耐える陽介の隣では紺色の青年とレモン色の女性が濃い苔色の巨漢を叱っていた。


「ラルゴ、止めろ!マジ止めろ!絞めるな!」

「馬鹿力も程々にしなさいっての!」


 紺色の青年とレモン色の女性が濃い苔色の巨漢に反論していると、食堂の自動ドアが客人を招き入れた。


「はぁい、皆~!盛り上がるならば私も混ぜて~!」


 自動ドアが開くと同時に明るく爽やかな声が食堂内に響き渡る。テンポ良くステップを踏みながら登場したのは白髪でアシンメトリー・ヘアーの人物であった。


 白い人物の出現に紺色の青年とレモン色の女性は驚愕し、濃い苔色の巨漢は我に返ると腕の中に収めていた陽介達三人を慌てて解放した。


「よぉ、レイじゃないか。どうしたんだ?」


 2杯目のカツ丼を陽介の席に運びながらベンジャミンはレイモンドに訊ねる。


「それはこっちのセリフよぉ、ベンさん!医務室から突然いなくなったって聞いて大慌てで探しちゃったわ!」


 呑気にカツ丼を作ってる場合じゃないでしょ!と怒るレイモンドにベンジャミンは困ったように笑った。


「このくらいは問題ないさ。それに約束したからな。」

「約束?」


 レイモンドが首を傾げて問い掛けると、ベンジャミンは何も言わずに黄色の瞳を紅い功労者へ向ける。

 その視線の先に居る人物が何者なのか知るや否や、レイモンドは驚きの声を上げた。


「もしかして、貴方が陽介くん?」


 初めまして、と手を差し伸べるレイモンドに陽介は唖然とした様子で手を震わせながら彼と握手する。


「レイモンド・雪村さん、ですか?」

「嬉しいわ、知っててくれるなんて!」


 恐る恐る訊ねる陽介にレイモンドは黒い丸眼鏡の奥にあるターコイズブルーの瞳を輝かせながら応えた。


 colorsのマネージャーのみならず作詞家にして作曲家、そして音楽プロデューサーとして幅広く活躍する人物が目の前に居る。

 彼もまたcolors同様、【表の顔】があるように【裏の顔】を持つ人物なのか?と陽介は疑問を抱く。


「何故、俺の名前を?」

「此処では今、貴方の話題で持ち切りよ。」

 

 大活躍だったわね、と称賛するレイモンドに陽介は困惑する。大手を振って喜ぶわけにはいかなかった。

 colorsを守りたい。その想いを原動力にして無我夢中で戦っただけに過ぎない。


 称賛されるべきは自身ではなくcolorsである。


「俺は、その」

「ねぇ、陽介くん。この後、時間空いてる?」


 もし良かったら皆と一緒にご飯食べない?とウインクして微笑むレイモンドに陽介は鳩が豆鉄砲を食ったように呆然とする。


「私達のこと、もっと知って欲しいの。」

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