星音彩韻ギャラクシンフォニア

シヅカ

第一章 ビギン・クリムゾン

【開幕】『始まりの歌』


 全てを灰にしようと包み込む炎の熱さ。

 喉を潰しかねないほどの息苦しさ。

 そして全身を蝕む激痛。 


 男は苦笑する。瓦礫の下敷きとなった今、どう足掻いても運命は好転しない。

自身が現状を打破して生き延びるほどの奇跡など存在しないと悟るや否や彼は目蓋を静かに閉ざした。

 何もせずに死が訪れるのを気長に待てば良いのだ。死を望み、生を諦めてしまえば呆気ない幕切れを迎えられる。


 瓦礫に押し潰されようとも、火に焼かれようとも、衰弱して命の灯が消えようとも男にとっては他人事のように思えた。

 意識が混濁し、次第に闇色で塗り潰されていく感覚に男は安堵した。


 早く死なせてくれ。


 全てを手放そうとした時、男の聴覚が何かを捉えた。 瓦礫が崩れる音でも引火して爆発した音でもない。


 音の正体は歌である。誰かを弔い、慰めるような旋律は鎮魂歌と呼ぶに相応しい。男は目蓋を開けた。周囲を見渡しながら耳を澄ましつつ彼は歌の出所を探る。

 

 誰が歌っているのかを知るためではない。覚悟を決めて死のうとしている自身を妨害した存在に苛立ちを覚えたからだ。


 ぼんやりとした視界の端に入り込んだのは豆粒ほどの大きさの【青】である。


 音源は遠く離れた場所に佇んでいた。男は見据えながら、それを睨み付けるが直ぐに断念した。

 赤色と黒色、炎と瓦礫しか無い世界で色鮮やかに存在感を放つ【青】。それが自身の最期に見る景色として決して悪いものではないと気付いたのだ。

 綺麗な青だ。見惚れる彼の想いは爆音と砂煙によって、掻き消された。襲い掛かる閃光の大群は明らかに【青】を狙っての攻撃である。


 既の所で【青】は回避すると、縦横無尽に移動しながら槍のような武器を取り出した。一で突き、二で薙ぎ払い、三で刺し、四で穿つ。

 洗練された槍捌きに男は感嘆する。無論、【青】は歌い続けた。この地で亡くなった人々のためなのだろう。その意志に男は自身を恥じる。

 

 五月蠅い、何処かに行ってしまえと【青】の歌を耳障りに思っていたことを男は心の中で詫びた。

 死を望んでいた自身に湧き上がる『生きたい』という想いに戸惑いながら遠退く意識に男は全てを察する。


 最期まで【青】の雄姿を目に焼き付けたい。そう願う彼の視界に突如青い光が入り込んだ。


空を仰ぐと大輪の花が咲き誇っていた。


「ああ、」


 男は嬉しそうに笑う。


「なんて、綺麗なんだ。」


 花弁を散らすが如く光り輝きながら美しく爆ぜる青い花を見た直後、男の意識は其処で途絶えた。











《地球に恐怖が舞い降りるだろう》











 2000年某月某日、胡散臭い予言がオカルト専門誌に取り上げられた。


 当時、誰もが作り話だと笑い事にした。しかし翌年7月、地球は未知との遭遇を果たした。異星人の来訪である。

 結果、地球はパニックに陥った。「地球最後の日だ」と各国で騒動が起きるほどだ。


 地球人の様子に異星人は慌てて彼らを宥めた。自分達は共存共栄のための同盟を結びに来たのだ、と。地球人と異星人の和解には相当な時間を費やすことになった。

 彼ら異星人が友好的で脅威にならないと地球人が理解し、同盟を結んでから約20年。地球は多くの惑星と交流し、多くの異星人が地球に移住していた。


 そして母星を離れて他の惑星に移住する地球人も年々増加していた。










【現在】某所










 目の前の光景にミランダ・リーノはただ呆れ果てるしかなかった。


 廊下で多くの男女とすれ違う度に嫌でも耳に入るのは、鼻を啜る音や恨み節全開の声などだ。

 ズージュー星人ラビッツァ族のミランダは優れた聴覚を有する。そのため、どんなに小さな声で言葉を口にしても発せられた内容が瞬時に理解出来てしまった。


 ミランダは亜麻色の毛で覆われた長い耳を多くの男女に傾ける。微かに聞こえてくる言の葉を収集するにつれて原因が明らかになっていった。

 ある者は「自信あったのに」と涙を拭い、ある者は「鼻であしらいやがって、アイドル風情が」と恨み辛みを吐き出し、ある者は「やっぱり異星人じゃないとダメかな?」と自信喪失で呟いている。


 このような場所に多くの男女が集まる理由は一つしかなかった。彼女は溜め息をついて呟く。


「アイツら、人件費カットで人員削減を余儀無くされてるのを知っての狼藉か?」


 厳選している場合じゃないだろ、と彼女は長い耳と同色の長髪を掻き毟る。文句の一つ二つじゃ腹の虫が承知しない、今回ばかりはガツンと言う必要がある。

 彼女は意を決すると速歩で廊下を直進。差し掛かった十字路を左折し、数歩先に構える部屋の前には『第2次選考会場』という看板が置かれていた。


 突然の来客に部屋の扉は慌てふためいた様子で左右に素早く開かれる。入室して早々、重々しい空気がミランダを迎え入れた。

 予想は的中する。鋭い光を放つ栗色の瞳に飛び込んだのは見知っている四人の男女であった。

 悪い結果しか得られなかった、今回もダメだったと言いたい様子で表情を曇らせている彼らに対してミランダは口を開いた。


「アンタ達、さっきの有様は何なのさ!」


 問い詰める彼女に四人は各々の反応を示した。ミランダから見て左から一番目の席に座る緑の男性は気まずそうな表情を浮かべて言葉を濁した。


 右から一番目の席に座る黄色の女性は不貞腐れたように顔を顰めて書類を整理しながら「あいつに言ってよ」と言った。

 右から二番目の席に座る紫の少女は「自分は部外者です」と言わんばかりにオレンジジュースを飲んでいた。


 ミランダは最後に青色の青年に視線を移した直後、彼女は理解する。

彼の機嫌は最悪であった。棘のある雰囲気を放ちながら片方の手で頬杖を突き、もう片方の手で使い捨てのカップに注がれた珈琲を飲んでいる。


 これが老若男女を魅了する笑顔を持つ好青年リーダーだと誰が想像できるだろうか。ミランダは眉間に皺を寄せて不満を露にする彼に声を掛ける。


「結果は見え見えだけど一応聞くわよ?シオン。」

「分かっていながら聞くのか?ミランダ。」

「確認のためよ。今回の新メンバーオーディション、どうだった?」


 ミランダの問い掛けに対してシオンは「言わなきゃいけないか?」と眉間に皺を寄せる。

 プラスチック製のカップをテーブルの上に置いてから彼はミランダに結果を報告した。


「不合格だよ。全員。」

「はあ?何だって!」


 シオンの回答にミランダは驚愕する。此度の新メンバーオーディションは3年目を迎え、応募者数は前回の倍以上である。


 オーディションの選考は三回。1次選考は履歴書やデモテープによる書類審査、2次選考はメンバー達の前で歌やダンスを披露する実技審査兼集団面接。

 最後に3次選考はファイナリストに選ばれた候補者が一人ずつ曲を披露、そして会場に集まったファンの投票によって新メンバーが決定。

 選ばれなかったファイナリストに関してはそれなりのポストが約束されていた。


 今回の2次選考はミランダも面接官として加わる予定だった。だが上層部からの呼び出しを受けて欠席してしまったが故に2次選考はあっと言う間に終了。

 しかもその日のうちに合否発表、最終的には全員不合格。なんてことをしてくれたんだ、とミランダは頭を抱えた。


「3年連続で新メンバー候補者なしで済ませるわけ?」「そんなの私達には関係ない。」

「最後に選ぶのはファンでしょ?またSNSやニュースペーパーで叩かれるわよ?」


 ミランダの指摘にシオンは彼女を見据えながら静かに告げる。


「私が求めるのは強者のみだ。中途半端な覚悟を持つ者は切り捨てる。凡庸な能力を持つ者は突き放す。」


 何故このような下らない方法で新たな仲間を探す必要があるのだ?と訴えかけるように黒い瞳を向けるシオンにミランダは肩を竦めた。 


 3年前の出来事がきっかけで空いた席を埋めるために新メンバーオーディションを毎年行っている。

 十分な経歴を持つ人間を音痴と切り捨て、歌もダンスもルックスも申し分ないトップアーティストを「ミーハーな考え方を持つから」と突き放した。

 磨けば十分に輝く原石ですら「面倒なんて見れない」と追い出した。他の同業者達からはいつしか『難攻不落で前途多難』と揶揄されていた。


 この状態をいつまでも続けるわけにはいかない。それは彼らと、彼らの上に立つミランダ自身のためでもある。

 ミランダはシオンに鋭い視線を送りながら反論しようと口を開けるが直ぐに閉ざした。新メンバーオーディションを行う【本当の理由】を彼女は知っている。


 その原因は3年前に起きた事件だ。何も得られず、悲惨な結果を残して多くのものを失った。

 想像を絶する辛酸を舐めさせられたシオン達にとって妥協など出来ない要因となっている。

 ミランダも3年前はシオンと同じ想いであったが今は薄れつつある。誰でも良いと思うことは無粋でしかない。自らの愚考を反省しながら彼女はシオンに言う。


「分かったよ。でも色々言われるのは覚悟しなよ?」

「何と言われようが私達の考えは変わらない。」

「灰沢のおっちゃんにはアタシから伝えておくよ。新人用の【衣装】はまた今度ねって。」

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