【序】Ⅱ『紅ト言ウ 音紡イダ 激戦ノ後』
「ミランダ、何でアイツにギアを託したんだ!」
正気の沙汰じゃないぞ、とシオンはミランダに反論する。巨大な《アンノウン》との激戦後、彼に続いてヴァネッサやエミリアも真っ先に指令室へ赴いた。
任務用の制服に着替えず、コネクトインナーのまま三人が足を運んだ理由は一つしかない。陽介の件である。
何故、彼は戦場に来てしまったのか。
何故、彼は戦うことを選んでしまったのか。
何故、ただの一般人である彼を戦場へと導いたのか。
怒りを露にするシオンに対してミランダは至って冷静であった。彼の反応は正しい。シオンのみならず他のメンバーからの抗議をミランダは既に予測していた。
結果の良し悪し関係無く、一般人の青年にギアを託して発動させたのだ。反感を買われるのも無理はない。
だが、
「最終的な判断を下すのは司令官であるアタシよ。」
それでも貫くべき決断があるのだ。
「《アンノウン》に対抗出来るスピリチュアル・サウンドを彼が保有していた。あの状況で適合者を発見出来ただけでも不幸中の幸いだった。」
揺るぎない覚悟を胸にミランダは語る。
「それだけの話よ。」
落ち着いた口調で彼女はシオンの問い掛けに回答した。ミランダは状況を把握し、司令官としての判断を下したに過ぎない。
彼女の立場を考慮しても、その結果は誰もが納得せざるを得ない『勝利』をもたらした。
「だとしても、」
しかし、
「何であの金髪野郎なんだ!」
納得出来ないと言わんばかりに不満を露にする人物が其処に一人居た。
「戦闘の邪魔ばかりして迷惑此の上無かったぞ!」
ヴァネッサとともに事の顛末を見守っていたエミリアは不満を露にして声を荒げる。
「そんな彼に助けられたのは何処の誰だったかしら?」
陽介の存在を非難する彼女にミランダは一瞥を投げて訊ねた。その指摘にエミリアは言い淀み、口を噤む。ミランダの言葉は的確に彼女の図星を貫いた。
《暴走》寸前だったエミリアを制止したのは陽介である。ヴァネッサを援護した後、巨大な《アンノウン》の行動を一時的に停止させたのも彼だ。
陽介の行動はそれだけに留まらない。未調律だったギアを発動させて《暴走》しながらもシオンやベンジャミンを助けた。
最終的には二人の協力を得て彼は巨大な《アンノウン》を倒したのである。
一般人と呼ぶには『異常』であり、『普通』という概念から大きく逸脱していた。そのような人物であったとしても陽介と言う名を持つ青年のおかげで事無きを得ている。
何よりも彼には借りがあった。だからこそ、エミリアは同じ適合者として認めるわけにはいなかった。
「あんな奴の手助けがなくてもブッ倒せた!」
「それはどうだろうねぇ、エミリアちゃん。」
エミリアの訴えに灰色の反論が割り込む。
「君とヴァネッサちゃんの共闘、あれは《共鳴》とは言い難い。寧ろ、程遠い戦い振りだったよ。」
適切、そして率直に指摘する声に誰もが『灰色のマッドサイエンティスト』の登場を予想する。
声の方向へ振り向けば、予想は確信に変わる。其処にはデータパッドを片手に歩み寄る灰沢の姿があった。
「どういうことなの?ドクター。」
沸き上がる怒りを心の奥底に捻じ込みながらエミリアは落ち着いた言動に努めつつ、灰沢に問い掛ける。
「分かりやすく説明しよう。」
灰沢は所持していたデータパッドを手早く操作すると収集した数値を視覚情報として具現化した。
彼の手によって『目に見える形』として組み上げられた数値が立体映像となって指令室内部を埋め尽くす。
黄色と紫色の円グラフのみならず、青色と緑色と紅色の円グラフがミランダやシオン達の視界を支配した。
灰沢が再びデータパッドを操作すると円グラフの内部から歪な多角形が出現し、躍動的な動きを始める。
「この円グラフはエミリアちゃんとヴァネッサちゃんが共闘した際の数値ね。」
黄色と紫色の円グラフから出現した多角形は外部へと突出する一歩手前で踏み止まり、互いの領域を侵食しないように気遣いながら支え合っていた。
「そして隣にある円グラフはシオンくんとベンくん、陽介くんが共闘した際の数値だ。」
青色と緑色と紅色の円グラフから出現したのは活発な動作が絶えない多角形であった。
「多角形は歌力の上昇を意味する。男性陣三人が共闘して《共鳴》した際に叩き出した数値はとても興味深いね。」
力添えしたいと言わんばかりにそれぞれの領域に踏み込み、継ぎ接ぎになりつつも相手を支えるのみならず相手の足りない部分を補い合っていた。
「それは数字の世界だけじゃないか?実戦では何の意味も無いし、何の足しにもならない。」
「そう言うと思ったよ、エミリアちゃん。」
ほほいのほいっ、と奇妙な掛け声とともに灰沢は紫色と紅色の円グラフも表示した。
その形状は男性陣三人とは異なっている。刹那の奇跡であったことを数字は嘘偽り無く告げていた。
しかし、その僅かな時間が全てを物語っている。一瞬であっても新機能は役目を果たしたのだ。
「嘘、でしょ?」
相手を守り、支え、寄り添いながら互いに相手の欠点を補うように侵食し合う多角形にエミリアは複雑な心境に陥った。
「巨大な《アンノウン》を一時的であっても彼らは確かに行動不能まで追い込んだ。その一撃を放った瞬間だけでも《共鳴》していたのさ。」
これでもまだ彼は信用するに値しないかい?と灰沢はエミリアに訊ねる。目に見える可能性として、《共鳴》が確実に発動されていたことを『数字』で証明する灰沢に打ちのめされた彼女は悔しさのあまり歯を食い縛る。
どう取り繕っても負け惜しみにしかならない。
どう述べようとも負け犬の遠吠えにしかならない。
どう場数を踏んでも、絶対にあの一般人には敵わない。
足掻いても乗り越えられない『能力差』を痛感し、苦虫を噛み潰したような表情を一瞬だけ浮かべるとエミリアは無言のまま足早に指令室を立ち去った。
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