【序】Ⅵ『必然デュオコミュニケーション』
〇 〇 〇
「無理に手伝わなくて良いんだぞ?」
「いえいえ!カツ丼2杯分の労働はさせてください!」
泡立てたスポンジで食器や調理器具を洗いながら陽介はベンジャミンに返答した。
明美が営む食堂で培われた経験を活かせるのみならず、恩人であるベンジャミンの助けになれる。
ならば全く以て苦ではない。寧ろ手伝えることが嬉しくて仕方ないのだ。
「まあ、慣れてはいても今日ばかりは正直一人じゃつらいもんがあった。」
ありがとう、と笑って感謝の言葉を述べるベンジャミンに陽介は顔を綻ばせた。喜びを滲ませるように頬の筋肉は緩み、照れ隠しなのか奇妙な含み笑いをしながら勢いのあるモコモコ泡で食器を包み込んだ。
陽介の有頂天ぶりにベンジャミンは思わず噴き出すと、今も帰らない『金色の彼女』の姿が面影に立つ。彼女も陽介同様、感情が顔に出やすく裏表のない人物であった。
懐かしさとともに【孤独】が込み上げてくる。
「ああ、そうそう。」
【孤独】から気を逸らすようにベンジャミンは陽介へと黄色の瞳を向けた。
「レイ達との晩飯、どうだった?」
「は、はい!とても楽しかったです!ベンジャミンさんのご飯、とても美味しかったです!」
モコモコ泡まみれの食器を一生懸命濯ぎながら陽介はベンジャミンに返事をした。
「レイモンドさんやスタッフの皆さん、面白くて良い人達で素敵な時間を過ごせました。でも、」
今も実感が湧きません、と申し訳なさそうに語る陽介の姿にベンジャミンは先刻前の出来事を思い返す。
「あんな話をいきなりされても誰だって混乱するさ。」
オレも聞かされた当初は混乱したよ、とベンジャミンは陽介を宥めるように穏やかな口調で告げた。
夕食の席でレイモンドは陽介に話せる範囲の『全て』を打ち明けたのだ。
宇宙に存在する星々では《アンノウン》に対抗するための部隊が配置されていること。
地球ではcolorsがその部隊であり、彼ら四人を全面的にサポートするのがミランダやレイモンド、そして千鳥達スタッフを中心に結成された特務機関【ミューズ】であること。
そして《アンノウン》との戦闘では【歌】が最も有力な攻撃手段であること。
(人にはね、多かれ少なかれ不思議な力があるの。それが【スピリチュアル・サウンド】よ。)
太古の昔から『歌』は民俗芸能として受け継がれてきた。鎮魂や託宣、そして厄除けに用いられてきた。
歌が持つ『邪気を払う』という特性を科学の力で最大限まで引き上げることにより、従来の兵器では殲滅不可能とされた《アンノウン》に対抗可能となったのだ。
《アンノウン》との戦闘ではスピリチュアル・サウンドが必要不可欠であり、高い数値が【歌力】の上昇に繋がることもレイモンドは陽介に語った。
(歌いながら戦うことについては「大変じゃない?」とかのツッコミはNGよ!《アンノウン》を倒すのって相当の歌力が必要になるんだから!)
歌力のエネルギー源であるスピリチュアル・サウンドが保有者の精神状態に左右されやすいこともレイモンドは力説する。
(ポジティブな感情で歌えば《アンノウン》に対する効果は抜群だし、自分だけでなく仲間の歌力を高めてくれるわ。けどね、ネガティブな感情で歌えばギアを構成する無彩色メタルがご機嫌斜めになっちゃうの。)
要するに気持ちが肝心ってことよ!と両手でハートの形を作りながらレイモンドは熱く述べた。
色を得て歌を知ったばかりの紅い一般人に対し、雪色の美丈夫は【真実】を明快かつ誠実に語り紡ぎ終えると食堂の壁に掛けられた時計を見て驚愕する。
(やだ、もうこんな時間!急いで戻らなくちゃ!)
慌てふためいた様子でレイモンドはベンジャミン特製のサンドイッチを頬張り、食後の珈琲を優雅に飲み干すと席を立った。
(お仕事、まだ途中だったのよ。)
それじゃあね、とレイモンドは陽介達に別れのウインクをする。「これから忙しくなるわ」とボヤキながら軽快なステップを踏むように颯爽と食堂を後にした。
レイモンドに触発されたのか、千鳥達三人も「事後処理がまだだった」と思い出した様子で気まずそうに残り僅かの食事を急いで掻き込んで胃袋へ納める。
(俺達は先に失礼するぞ、ヨウスケ。)
(また会えるのを楽しみにしてるよ。)
(今度はもう一人の子も連れて来るね、陽くん。)
空にした食器類を返却口へ順々に置くと千鳥達は陽介に別れの挨拶を交わした後、慌てた様子で持ち場に戻って行った。
新しい記憶として自身に刻まれた彼らの後ろ姿を脳裏に浮かべながら陽介は口を開く。
「でも、ほんの少しだけ分かった気がするんです。皆さんが歌に込める想いや願いを。だから、」
洗い終わった食器を布巾で拭いながら、陽介は自身の中で生まれたばかりの紅い言の葉で不器用に紡いだ決意を伝えようとした時である。
「青年。」
緑色の呼び掛けが紅い青年の言葉を遮るように冷たく響き渡った。
陽介は恐る恐る顔を上げる。自身の胸中を見透かすように鋭く光る黄色の瞳が狙いを定めていた。
「『一緒に戦いたい』なんて馬鹿な事だけは考えるな。」
紅い青年の決意を察したのか、ベンジャミンは真剣な面持ちで忠告する。
張り詰めた空気が漂う中、蛇口から溢れ出る流水だけが調理場に空しく奏でられていた。
「ベンジャミンさん、だけど俺あの時は戦えました!」
「それはビギナーズ・ラックだよ、青年。」
「次はしっかりと皆さんを守ってみせます!」
「次は無いと思った方が良い。」
これから歩みたいと思っている道は茨だらけだぞ?と陽介を見据えながらベンジャミンは応える。
「レイは良心から真実を話しただけだ。」
此処に誘いたくて話したわけじゃない、とベンジャミンは陽介に告げた。
別の形で出会えていたならば、きっと陽介とは良い友人になれたであろう。
しかし、彼との出会いは《アンノウン》との戦闘の最中で生まれた偶然だ。
陽介と彼自身の未来のためにも心苦しいが此処で突き放す必要があった。
「オレ達colorsは歌を使って《アンノウン》と戦うしか取り柄の無い異常者集団だ。」
「そ、そんな事はありません!」
「事実だ。けどな、お前は違う。お前には『普通の人間として真っ当に生きて行ける道』がある。」
馬鹿げた考えは起こすな、とベンジャミンは厳しい口調で陽介に断言する。
ベンジャミンの本心に陽介は動揺を隠せなかった。地球に住む人々を《アンノウン》から守る立場として放たれた言葉だと頭では理解している。
その守るべき存在の範疇に自身が含まれていることも陽介は痛感していた。自ら進んで憎まれ役を買い、他者を守ろうと務めるベンジャミンの高潔な人柄に陽介は悲痛な表情を浮かべる。
「そしたら、」
誰がアナタを守るのデス?
戸惑い揺れ動く心を『金色』の悲哀が侵食しようとした、その時である。
「こらこら、どんな道であっても彼の可能性を否定しちゃダメじゃないか?」
因みに悪堕ち直行にはならないでしょ?と灰色の指摘がベンジャミンの思考を停止させる。
『金色』の悲哀に染まりつつあった陽介を呼び覚ました灰色の声の主はベーグル二個を慣れた手付きでオーブントースターに収めていた。
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