モミジのせい
~ 十一月十日(金) 写真部 ~
モミジの花言葉 美しい変化
昨日から、気付けば何かの絵を俺に隠れて書き続けている。
困ったものを教わってしまったこいつは
もう、そんな季節ですか。
今日の穂咲は、ゆるふわロング髪を赤から黄色にグラデーションさせて染め上げて、そこにモミジの葉をふんだんにあしらっているのですが。
……生活指導の先生に呼び出されました。
そんな穂咲と共に訪れたのは、写真部です。
でも、コンテストが近いとのお話で。
皆さんとってもお忙しそう。
俺たち二人のお相手をしてくださったのは、非常に無口な男性の先輩で。
何も言わずにカメラを片手に学校から外に出て行かれるのです。
穂咲の頭と同じ色。
いつもより遠目にピントを合わせた俺の目に飛び込んできて。
趣ある散策ではありますが、カメラを教えてはくれないんですね。
そんな、何も口をきいてくれない先輩の目的地にちょっと驚いた。
ここは前に寒中水泳をした川じゃないか。
「子猫大橋なの」
「そこまで大きいとは思えないけど、語呂はいいね」
岸谷君が子猫を助けてあげた橋。
その上から見た景色は、お世辞にも美しいとは思えなかったけど。
先輩は注意深く手すりにカメラを設置して、シャッターを切った。
灰色の空、コンクリの土手、雑草ばかりの河原。
切り取った景色の中には赤も黄色も無い。
そんな一枚の画像を、何の感慨も無い表情で見つめると、先輩は再び学校へと歩き出した。
俺も穂咲も、彼につられるように口を閉ざし。
黙々と、秋が始まった灰色の空の下を、ただ歩き続けた。
……
…………
………………
慌ただしい部室の隅で。
居場所も無く隅の方に立ち尽くす俺と穂咲。
「……ねえ、面白くないの」
「そう言いなさんな。タイミングが悪かったんだよ」
コンテスト前なんて時期じゃなかったら。
もうちょっともてなし上手な方が相手をしてくれたのかもしれない。
でも、この先輩はいいのだろうか。
さっき撮って来たデータを、呑気にパソコンに移しているけども。
その作業が終わると、けだるげに席を立って。
紙コップにティーバッグの紅茶を淹れて俺たちに渡すと、無言のままパソコンの前に連れてきて椅子に座らせた。
画面に映っているのは、さっきの橋からの写真。
素人目だからだろうか、何も美しさを感じない。
画像の修正ソフトで加工したのだろうか。
肉眼で見るよりも明るい景色ではあるけども。
でも、見たままの方がまだ心に響くものがあったかもしれない。
加工したなんて、ちょっとげんなりだ。
そう思って、何となく画面から目を外す。
そして、同じように飽き飽きしているであろう穂咲の方を見て、俺は思わず声をあげた。
「ど、どうしたんだよお前!」
「これ…………、ぐすっ。凄いの…………」
涙を流しながら画面を食い入るように見つめているけども。
このありふれた景色のどこに感動したの?
改めて、画面を見る。
するとそこには、さっきより明るい、濃い緑色の葉が多く茂っていた。
「あれ? …………まさか! これ!」
じっと見つめていると、いなかった親子がふわりと現れて、そしてまたふわりと消えて。
木の枝の位置が、数秒ごとに変わって。
そして今度は雨の景色へと変わった。
変わる、かわっていく。
でも、寸分たがわず同じ位置、同じ角度。
春から夏。秋、そして冬へ。
徐々に変化するスライドショーになっているんだ。
一体、いつから撮りためた写真なのだろう。
画面の左下に書かれたオレンジ色のデジタル数字。
数秒ごとに切り替わるその数字を見て、俺は再び声をあげてしまった。
「二十年前だって!?」
よく見れば、土手が舗装されていない。
川幅も、今と随分違う。
「こ……、これ、どういう事なんですか?」
俺の質問に、今まで慌ただしくしていた皆さんがニヤリとしながら顔をあげる。
そして無口な先輩が、紅茶の紙コップから口を離してぽつりとつぶやいた。
「…………僕は、写真に興味はない。…………そこの男に付き合わされて写真部へきて、これを見て。そして、週に二、三枚撮り続けている」
「感動したんですね。こいつのように」
とめどなく流れる涙を袖で拭いながら、鼻をすすって液晶画面を見つめる穂咲。
その姿を虚ろに見つめながら、先輩は首をひねる。
「…………さあ、どうなんだろう。…………僕にも、よく分からない」
――二十年間。
こうしてバトンを継いで、きっと永遠に撮り続けられていくのだろう。
たった一瞬の画像が、無限に続いていく。
切なさに、時というものに感じ入る。
君ほど感受性が豊かじゃないから涙を流しはしないけど。
俺も心が震えたよ。
撮り続けること。繋ぐこと。
その訳をだれかに問うたとて。
それに意味があるのや否や。
なぜだろう。
なぜだろう。
……気付けば、三十分ぐらいだろうか。
俺たちは無言で液晶画面を見つめ続けていた。
そして穂咲が満足げに背もたれを鳴らすと、ため息交じりにつぶやいた。
「ふう……。素敵だったの。でももう見たくないの。飽きるの、これ」
うおい! じゃあ、その涙は何!?
さすがに突っ込もうと思って口を開いたら。
「うん。僕は、三分くらいしか見てない。飽きる」
「ええ!? じゃあ、なんで撮りつづけてるの!?」
「…………なぜだろう」
そうつぶやいたきり、黙り込む先輩。
ああ、そうか。
なんで撮り続けるのかなんて。
訳をだれかに問うたとて。
それに意味があるのや否や。
なぜだろう。
なぜだろう。
どうしてこの映像は、こんなにも人を惹き付けるのだろう。
……集中し続けていたからだろうか。
穂咲は目を閉じてごしごしと擦っている。
そんな君を眺めた視界の隅。
消えゆく映像に、大きな体の大人が、肩に女の子を乗せている姿が写っていたような気がした。
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