ダイモンジソウのせい
~ 十一月八日(水) 文化部 ~
ダイモンジソウの花言葉 不調和
指の湿布。
確かに俺のせいですが、さすがに何様ですか。
鞄くらい無事な手で持ちなさいよ。
そんな俺の文句を、いざという時に片手が空いていないと銃を抜けないのというバカな理屈で一蹴するこいつは
両手両足が空いてても抜いたらダメです、銃。
今日の穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪をサイドテールにして。
結わえていない側へ真っ白なダイモンジソウの花を三輪ほど活けている。
五枚の花びらの内、二枚だけが長く伸びるダイモンジソウ。
名前の通り、真っ白に輝く『大』の文字。
だからと言って、京都の観光ポスターに吸い寄せられないで下さい。
「あたし、京都でこれ見たの。今日はこちらにお邪魔するの」
「大文字焼きか。そしてクイズ研究会のみなさんはまたもや待ちぼうけなのね」
「たのもー!」
「うおおい!」
ノックもせずに嬉々として扉を開いた穂咲。
文化部の皆さんを、びくうと硬直させてしまった。
「すいません! ほんとにすいません! こら、穂咲も謝りなさい」
怯える二匹の雌鹿が手を取り合っているその正面。
穂咲はぽてぽて近寄って、手近な椅子に腰かける。
そして謝るかと思いきや、同級生と知って、お構いなしに話し出すのです。
「見学させて欲しいの。ここは、京都部なの?」
「そんなのあるかい」
穂咲の脳天に軽くチョップを入れる俺を見上げた一年生コンビは、ようやくクスリと微笑んでくれた。
「びっくりしたの……。見学なの?」
…………ん?
「京都部、なかなか正鵠を射ているの。あたし達は、京文化を中心に研究しているの」
んんんんんんん?????
「ふーん。一年生だけなの?」
「うん。二年生がいないから、先輩が引退しちゃってあたし達だけなの」
「だからね、お客さんが来てくれてびっくりだけど、すごくうれしいの」
……………………。
声。
テンポ。
イントネーション。
語尾まで一緒。
「そっっっっっっっっっっくり」
俺の感想を聞いて。
三人は同時に同じ側へ首を傾げる。
それを元に戻す速度も一緒とか。
なに? 事前に打ち合わせでもした?
「そう言われてみれば似てるの」
「ほんとなの」
「そっくりなの」
「誰が発言したか分からないくらい似てますよ」
なんだ、この不思議空間。
「あたし、大きいって文字の燃えてるあれ、見たことあるの」
「あたしも見たの。綺麗だったの」
「大文字焼きなの」
「違いますよ、京都のは『五山送り火』って言うんでしょ?」
「何が違うの?」
「大きいの文字なの」
「説明して欲しいの」
…………俺は今、この場から逃げ出したいと心から思っている。
ダイモンジソウが生んだ奇跡の邂逅。
三人そろってタレ目で、三人そろって同じ側へサイドテールにして。
こんなとこにずっといたら、俺の苦労が三倍になるに決まってます。
「道久君も座ると良いの」
「椅子、空いてるの」
「どうぞなの」
「嫌です何となく」
揃って寂しそうな顔しないでください。
分かりましたよ座りますよ。
「それにしても、ほんとに似てるの」
「あたしもそう思ってたの」
「これだけ似てると、おんなじこと考えそうなの」
「ほんとだな。……じゃあ試しに、京都クイズでもしてみようか」
三人同時にぼけーっと俺の目を見て、同時にぱあっと笑顔を浮かべる。
怖さより、面白さの方が上回り始めてきたよ。
「よし。じゃあ京都の食べ物と言えば? せーの」
「漬物なの」
「湯豆腐なの」
「八ツ橋なの」
…………あれ?
いやいや皆さん。
すっごくのんびり、いえーいって手を合わせてますけども。
揃ってたの、『なの』のタイミングだけだよ?
まあ、それでも十分奇跡だけど。
「じゃあ、第二問。京都の観光スポットと言えば? せーの」
「清水寺なの」
「嵐山なの」
「大文字焼きなの」
「…………いえーい、じゃないです。そして、五山の送り火だって言ってる俺の説明を聞かずに大文字焼きって答えたのが穂咲じゃないことに驚愕です」
ほんとにそっくり。
でもそっくりなくせに、答えはばらばら。
「そんなに似てるんだから、何か一つくらい同じ答えにならないんですか?」
そんな質問に、三人が同時に俺の方を向く。
「多分、みんなおんなじこと考えてるの」
「そうなの。気持ちは一つなの」
「せーの……」
「「「問題が悪い」」」
俺はいつもの三倍、腹を立てた。
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