クライミング・ローズのせい


 ~ 十一月九日(木) マンガ部 ~


   クライミング・ローズの花言葉 爽やか



 今日は朝からご機嫌な様子。

 愛用の色鉛筆セットのメンテナンスに余念のないこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 昨日のうちに予約を済ませたとのことで、本日は女性部員ばかりのマンガ部にお邪魔しております。


 ……よかったよ。

 君の事だから、マンガを読む部活だと勘違いしてると思ってた。


 そんな穂咲の、軽い色に染めたゆるふわロング髪。

 今日は傑作と呼ぶにふさわしい。


 太めに編み込みにして、さらに三つ編みにして下げている髪へ見事に絡みつくクライミング・ローズ。

 ツルバラはそのまま頭にティアラを形どり、魔女とも姫とも評す事が出来る見事なヘアメイク。


 ……さすがに呆れて物も言えなくなっていた先生に、八つ当たりとして午前中ぶっ通しで立たされたけどね。



 さて、そんな穂咲。

 先ほどから大絶賛を浴びている。

 絵は上手だからね、君。


「上手い! マンガって言うよかデッサンぽいけど、そっくりじゃん!」

「ほんと! そのまま輪郭を太めにして、目を大げさに書いてみてよ!」


 皆さんに褒められて、よっぽど嬉しいみたいだね。

 言われるがままに修正を加えていって。

 ……俺の似顔絵が、皆さんの指図でどんどんマンガの顔になっていく。


 でもそんなにまつげ長くないよ?

 あと、Yシャツのボタンをそんなに外してたらまた先生に立たされるってば。


 まあ、楽しそうだからいいか。

 俺は人だかりから離れて、本棚に置かれた漫画雑誌の背表紙を眺めて歩く。


 やっぱり女性向け雑誌ならではだね。

 英文字のタイトルばかりでおしゃれだな。

 …………それにしても、BOYって単語が目立つけど? 少年誌?



「あとは、どうすればいいの?」

「じゃ、バラでも書いてみよう!」

「どんな感じに書いたらいいの?」

「これこれ! こんな感じ!」


 参考資料か何かかな。

 厚くない本を眼の前に広げて置かれると、穂咲はふむふむと頷いた後しゃかしゃか俺の似顔絵に書き込んでいく。


 バラって、少女漫画でよく見るあれだよね?

 俺の背景にバラ……。

 ちょっと気持ち悪い。


「…………うわ。うわわわわわ! 藍川さん、バラもうまあ!」

「天才じゃん! すげ! 妄想膨らむわ~!」


 今まで聞こえてきていた感嘆のため息が、次第にキャーキャーと黄色い声に変わり出した。


 なんか変だな?


 そう思ってみんなの方へ振り返ると、全員が俺を見てさらに大きな声をあげる。

 …………意味分からん。


「じゃあじゃあ、汗をかき込んで! こっちのページみたいに!」

「あたしは腕をね、こっちのページみたいに書いて欲しい!」


 皆さん、興奮しながら穂咲に注文を付けているようだけど。

 書き終わる度に俺を見るの、やめていただけます?


「なにが行われているのでしょう。汗ってことは、爽やかガイにされてる?」

「うん! すっごく爽やか!」

「こんなにすっきり妄想できる絵、無いわぁ」


 そうか、爽やかってことはスポーツマンガのワンシーンにでもされたのかな。

 俺は照れくささに鼻の頭を掻きながら穂咲の絵を覗き込んで…………。




 背筋が凍り付いた。




「俺! ツルバラでグルングルンに巻かれとるっ! ダメこんなの!」

「爽やかなの」

「おどろおどろしいわ!」



 これ、高校生が書いたらアウトなやつです。

 俺は連れて行かないでと泣き声をあげる皆さんを無視して、穂咲を無理やり廊下へ連れ出した。


 二度と足を踏み入れんぞここには。



「あんな強引なのにな!」

「そう! 強引なのに、最後にはこのイラストのように!」

「妄想膨らむわ~!」


 ……もとい。

 俺は再び部室に戻って、イラストを取り上げた。





「意味が解らなかったけど、またあんな感じの道久君を書いてみるの」

「それやったら二度と口きいてあげませんから」


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