スターチスのせい
~ 十一月十六日(木) ソフトボール部 ~
スターチスの花言葉 誠実
スターチスの花束。
ピンク、白、紫、黄色。
さっきまで君の頭を彩っていた花束は、今は俺の右の手に。
そして左の手には、進路希望のプリント二枚。
こんなみょうちくりんな姿にされてしまったのは、君のせい。
人を待っているというのにソフトボール部に声を掛けて。
お借りした帽子からポニーテールをぴょこんと出してマウンドに立つのは、部活荒らしでお馴染みの
キャッチャーのサインに頷いて。
ありえないほどヘロヘロな球を投げると。
……物理法則を無視しているとしか思えないほどおそーい球を放ると。
タイミングがまったく取れずに難儀するバッターから、本日九個目の三振を奪う。
「なにこれ!? ボールがバットから逃げたみたいに感じたけど!」
「あはは! すごいねあなた! 同じ地区に似たような選手がいるからいい練習になるわ!」
まあ、いつもと違ってお邪魔になってはいないようだし、下投げだから安心か。
……万が一にも、その硬い球で魔球を投げちゃダメだからね?
ちょっと休憩と皆さんに声をかけて、俺の元までぽてぽてと駆けてきて。
ふうと汗を拭ったりしているけども。
「汗をかくほど動いてないでしょうが」
「そんなこと無いの。あんな剛速球沢山投げて、もうヘロヘロなの」
「そうですね。いろんな意味でヘロヘロですね」
「店長さん、まだ来ないの? もうちょっとソフトボールしててもいい?」
「それより、この進路希望が先じゃないの?」
俺が白紙のままの進路希望書を突き出すと、穂咲は逃げるようにマウンドへ戻って行ってしまった。
――クラスで、これを提出していないのは俺と穂咲だけ。
ちょうど副業探しに奔走していたこともあり、第二希望と第三希望の欄が書いては消してを繰り返してしわくちゃになってしまっている。
そして、提出できていないのが自分ひとりというのが嫌だからと俺のプリントを取り上げて。
しかも勝手に俺の分書いてるし。
ならないよ? 忍者。
俺達が待っているのは、かつてお世話になったハンバーガー屋の店長さん。
放課後、プレゼンに来るのをお手伝いすることになっているのだ。
お店の業績不振。
それを聞き付けた穂咲が出した解決策。
学校の購買に、商品を並べて欲しいということみたい。
仕事って大変だ。
俺も、スタイリストとお花屋のことばかりじゃなくて、高校生のうちに色々と知っておかないとな。
そんなことを考えていた耳に、カキンと鈍い音が届いた。
とうとう、あのスローボールを捉えることに成功したようだ。
でも、ボールはぼてぼてっと穂咲の前に転がって。
それを拾った穂咲は、難なく一塁へ向かってボールを上に構え……。
「上投げ!? 全員! 伏せろ!!!!!」
俺の叫び声をあざ笑うかのように、白い殺人魔球が穂咲の手から射出される。
いつものように、人類の目に止まらぬほどの剛速球が明後日の方向に飛び出して、
「ごひんっ!?」
あわれ、通りかかった一般のお客様を直撃した。
…………って。
「店長! その呪い、まだ続いてたの!?」
なぜかいつも、穂咲の魔球は店長の顔面を狙って飛んでいく。
でも、さすがにソフトボールはまずかろう。
すぐそばにいた男子生徒に担がれて。
泡を吹いた店長が保健室へと運ばれていくけども。
「ってことは、俺たち二人でプレゼンしなきゃいけないの!?」
「……なんてことなの。あたし達はなんにも悪い事してないのに」
「どの口が言いますか。ほら、購買部の皆様を待たせるわけにはいかないから」
俺は店長が下げていた大きなバッグを背負って、穂咲の手を引いて。
購買部へ足を踏み入れると、眉根を寄せた大人たちに出迎えられた。
バッグから取り出したバーガーは、さっきの転倒のせいで全部ひしゃげて。
しかも店長不在という悪条件。
これ、どうしたものでしょう?
苦笑いを浮かべる俺に向けられる不信感。
いつもは優しい購買のおばちゃんも、商売については厳しいのですね。
改めて思う。
仕事って大変だ。
「……やれやれ。商品は酷いありさまだし、店長もいないようだし。今回はパン屋の方に決定しましょうか……」
「いやいや、待ってください! ちょっと事故があっただけで、潰れちゃってますけど、これ、本当に美味しいんです!」
「そうなの。相変わらずのお味で満足なの」
「って食ってるんかい!」
これには大人たちも苦笑い。
でも、それと仕事の話とはもちろん違う。
書類を手に、次々と席を立ってしまった。
プレゼンは失敗に終わったようだ。
…………そんな、がっくりとうな垂れた俺の隣から。
暢気な声が未だに続く。
「普通のハンバーガー屋さんだと、この味は出ないの」
「……まあね。ハンバーグ一つから全部お店で焼いてるからね」
「パンもなの」
「うん。あのパン窯、凄い金額するらしいぞ?」
「店長さん、ひとつひとつ一生懸命作るの。だからね、皆さんも、一口でいいから食べてみて欲しいの」
すべて手作りという言葉と、強引に押し付けられたハンバーガー。
皆さんが浮かせた腰を戻すには十分な効果。
そして一口、二口と召し上がる、驚くほどの味でもない何の変哲もないバーガーへ穂咲がスパイスを加えていく。
「ハンバーグは、ちゃんとひき肉から選ぶの。貧乏なのに、安心できるお店だからって高いところから買うの」
「そんなプレゼンあるか」
「玉ねぎのみじん切りしてる店長さんは、サッカーしてる六本木君の次くらいにかっこいいの」
「誰も知らないよ六本木君」
「おばあちゃん用に焼く時は、脂をよく切って、お野菜をたっぷり入れるの」
「ああ、それで甘いんだ、半分バーガー」
……いけね。
つい相槌を打っていたけども。
俺も何かいいこと言わないと。
そう思ったのも束の間。
皆さんから上がったのは感嘆の声。
店長さん自身と話をしてから、ということで決定を保留にしてくれた。
助かった。
これで、仕切り直しのプレゼンにはカンナさんを連れてくれば間違いなしだ。
ほっと胸をなでおろした俺の鼻に届いたトマトの香り。
いくつ食べる気さ、君。
「これ、高校生向けの時のお味なの。辛さ控えめでお肉多めなの」
「チリトマトブリトーか。それ、おばあさんには売らないんだよね」
心から食べてくれる方のことを想って作った品。
皆さんにそう訴える穂咲の言葉に、俺は大切な何かを学んだ気がした。
「……そっか。分かった気がするの」
「なにが?」
俺の質問に返事をする気もないらしい。
穂咲は進路希望のプリントを手にすると、皆さんに深々とお辞儀をして出て行ってしまった。
……せめて、俺のプリントは置いて行って欲しかった。
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