栗のせい
~ 十月二十四日(火) 料理部 ~
栗の花言葉 贅沢/私を公平にせよ
部活探しをするという行為は、実に前向きで良いものです。
渋々ながら、そんな言葉と共に協力を約束した俺に、後悔の涙を流させた迷惑女は
今日は、軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭の上でお団子にして、そこに栗の枝を高々と突き立てている。
時期も時期。
四方向へ分かれた枝にはこれでもかとイガ栗が実っていて、朝からいくつも頭に落下しては、穂咲に泣きべそをかかせているのです。
ちょっと不憫だけど、痛いのはバカなせいなので我慢なさい。
あと、地面に落下したイガを拾うの、なんで俺の仕事なのさ。
……そんな穂咲は、本日二度目となる教授モードに突入中。
ここは調理室。
つまり、今日は料理部へお邪魔しているのです。
「教授の手際に、皆さん目が釘付けですね」
「そうかね、ロード君? 別に特別な事をしているわけではないのだが……」
いつもの目玉焼き。
15cmの銅製フライパンでこさえる、巨大な目玉焼き。
水も使わずにツヤツヤと仕上げるその手際をじっくり観察させて欲しい。
そんな料理部からのお願いを叶える代わりに、調理実習へ参加させていただいている教授がいつものエプロンを翻す。
そしてお皿へ目玉焼きを移すと、大歓声を浴びたのだった。
「すごいすごい! どうしてこんなにツヤツヤになるの? 不思議!」
「ふむ。だが、世界一の目玉焼き屋さんになるためにはまだまだ道半ばと言った所なのだよ」
偉そうな物言いだけど、こと、これに関しては本気なんだよね。
皆さんが、撮影した動画を確認しながら意見をぶつけ合っている中で、教授は目玉焼きの皿を俺の前に置いた。
「なるほど。それでお昼ご飯はおあずけだったのか」
「そうなの。いくつ焼くことになるか分からないから。あとね、料理部のみなさんが『秋の味覚御膳』を御馳走して下さることになってるの」
そういう説明はお昼の時にしてください。
とは思うけど、これなら我慢した甲斐もある。
さっきからお腹の虫をこれでもかと刺激する秋の香り。
特に、焼けるサンマと栗ご飯の香りがたまらない。
なんて贅沢なひと時なのか。
隣に腰かけた穂咲も、エプロンを俺に返しながら鼻をひくひくさせて香りを堪能しているよう。
お行儀悪いけど、これに文句をつけるのは無粋だな。
では、俺はひとまず前菜でもいただいていましょうか。
そんな気分で目玉焼きに箸を伸ばしたら、皿ごと先輩に取り上げられてしまった。
「ぱくっ。……うーん、黄身は適度に水分が飛んで濃厚になってるのに、白身の水分はしっかりと残ったままなのね……」
「ちょっと、取らないで下さいよ」
「ああ、藍川の付き添いで来た……、秋山君だっけ? 君は何か作れるの?」
「立ってることしかできません」
この返事に、しかめ面を浮かべる先輩。
それをくるっと笑顔に転じながら、穂咲へ向けて話し始めた。
「ねえ、料理部に入ってくれない? その才能に、もっと磨きをかけましょう!」
「それは『秋の味覚御膳』次第なの。あたしが将来やりたい事がお皿の先に見えて来るようなら、ちょっと考えちゃうの」
何様なのさ、君。
でも先輩は鼻息荒く頷くと、腕まくりをしながらみんなにはっぱをかけた。
「ようし! みんな! 料理部の本気を、この目玉焼きクイーンに見せるわよ!」
おおと応じる皆さんの目の色が変わる。
結構体育会系のノリなんだね。
さて、それより気になること言ってたな。
「穂咲、将来の仕事探してるの? 目玉焼き屋は?」
「それはもちろんやるの。でも、パパが違う事を言ってたの。それを副業にしようと思ってるの」
「へー、初耳。そのために料理部? 副業って何?」
「それが分からないから道久君を誘ってるに決まってるの」
「決まってるんならしょうがないね」
もう、突っ込む気も逆らう気も起きないよ。
君のめちゃくちゃに驚かなくなってきた、俺自身にびっくりだ。
「で? またノーヒントなの?」
「うん。いろんな部活を見たら何か分かるかもって」
「まあ、そうだね。将来やりたい事を探すためのとこだからね、高校って」
しかし、当たりに出会っても気付かなかったらどうする気なんだろ。
そんなことを考えていたら、先輩がしずしずと穂咲にお膳を運んで来た。
行儀良くしなければ。
姿勢を正してみたものの、つい穂咲の前に置かれた膳に見入ってしまう。
サンマの塩やきに新米の栗ご飯、ナスのお味噌汁。
炒った銀杏、デザートのブドウにはモミジが飾られて。
「贅沢!」
「ほんとなの。目が、お腹いっぱいなの」
ほんとそうだね。
でも、俺の前にはお膳が来ない。
全員分の膳が整って、いただきますと手を合わせているのに放置されたまま。
「あの、俺の分は?」
「え? 欲しいの?」
「ちょっと! 公平に扱ってくださいよ!」
「ごめんごめん! だって期待のルーキーとそのお供じゃしょうがないじゃない!」
この先輩、あからさま過ぎて酷いな。
そして各テーブルを回って寄せ集めた品が出されて、俺はがっくりうな垂れた。
焦げて真っ黒なサンマに新米の栗無し焦げご飯、ナスの香りだけするお味噌汁。
黒くなるまで炒った銀杏、デザートの皿にはモミジだけが飾られて。
「このギャップは!? 公平に!」
「さあ、目玉焼きクイーン! 返答は如何に!」
「こっちの御膳で腕前の底が知れたの。一昨日来るの。道久君、半分こしよ?」
穂咲、おっとこまえ~。
でもさ、そこまで言わんでも。
「ああ、済まない! 期待の新人が手に入るかもしれないと浮かれて、私は客人になんてことを! ちょっと待っててくれ。誰か、私の膳をすぐに秋山君へ!」
先輩、気持ちは分かりますから。
みんなに、これを反面教師として絶対に同じ過ちをしないで欲しいとか頭を下げないで。
食べづらいですから。
「さてそこでだ! 目玉焼きクイーン! 是非料理部へ入ってくれないか?」
おっと。へこたれないね、先輩。
「…………あ、いけない。秋山くんも、もしどうしても部に入りたいって言うなら考えるけど」
「だから公平に!」
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