サフランのせい
~ 十一月十四日(火) カレー研究会 ~
サフランの花言葉 過度を慎め
結局、『自由に書きたいの』という身も蓋もない理由で美術部からの熱烈な勧誘を断ってしまったフリーダム王。
おじさんとの記憶を探すという当初の目的を覚えているのかどうなのか、さっぱり分からないこいつは
今日の穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪をターバンのように巻いて、そこから薄紫の美しいサフランの花をにょきにょきと生やしている。
久しぶりに、二日続けてバカ丸出しです。
そんな穂咲の部活見学、今日はお休みなのでしょうか。
学校の都合で午前中だけとなった授業が終わると、俺の腕をひいて調理室へ勝手に入り。
大きな鍋に荒く切った野菜を突っ込み始めましたけど。
「ちょっと待って。お昼ご飯ならいらないよ? 母ちゃんが珍しい料理作るって言ってたから」
「そうなの? どんなお料理?」
「ブッフ・ブルギニョンって言うらしいんだけど、知ってる?」
「知ってるの。牛肉と玉ねぎを煮込んだやつなの」
「…………では調理を続けてください、 教授」
俺の返事に首をひねりながらも、穂咲は黙々と調理を続ける。
野菜に火を通したところで豚肉を投入。
鍋に水を張って、丁寧に灰汁を取って。
そしてクリームシチューのもとを入れて半分だけ蓋をした。
しかし、いつもの牛丼を嫌って穂咲の料理を取ってはみたものの。
今更ながらにちょっと後悔。
「君が全部突っ込んじゃったルー、八皿分って書いてあるけど気のせいかな」
「大丈夫なの。四人程、お客様がいらっしゃるの」
「へー、そうなんだ」
それでも数は合わないけども。
きっと気にしたら負けなんだ。
次第に調理室を満たす美味しそうな香り。
お腹が早く食べたいと不平を鳴らす。
寒い時期はたまらないよね、クリームシチュー。
そしてこれも、何かの記憶を探しているって言ってたよね。
いったい何のことなのやら。
くつくつぽこぽこ、シチューが奏でる打楽器の音。
それを割って、きいと扉の音が調理室に鳴り響く。
「あれ? 岸谷君?」
「おお、これはいい香りだね。お邪魔するよ、藍川君、秋山君」
岸谷君を先頭に、調理室へ入って来たのは四人の一年生。
皆さん揃ってかっぷくがいいのですけど。
「お客さまって、こちらの皆さん?」
「そうなの。カレー研究会の皆さんなの」
そう言いながら、調味料を鍋にほいほいと足す穂咲。
アレンジするつもりか。
バターはいいね。
黒コショウもいいね。
変なビンはやめなさい。
見たことのない、何語で説明が書かれているのかすら分からないビン。
いくつも蓋を開けてどぼどぼ入れてるけども。
急にシチューっぽくない香りに変わってしまったけども。
「やり過ぎ! ちょっと、大丈夫なのか?」
「賞味期限はあと三日ほどあるから平気なの」
「では無く」
何を入れたらここまでスパイシーな香りになるの?
…………色は、相変わらずのクリーム色だけど。
「ではみんな。本日、お料理を提供して下さる藍川さんだ」
岸谷君の説明に、皆さん席を立って丁寧にお辞儀をしてくださる。
そんな皆さんにシチューをよそって提供する穂咲はどこか照れくさそう。
「そして、本日のテーマなのだが、こちらの料理に合う食材について語って欲しいという事なのだ。では諸君、藍川君と食材とに感謝をしつつ、いただくとしよう」
皆さん、シチューの香りを幸せそうに楽しんで。
そしてスプーンを口に運ぶと、目を丸くして美味しいと大絶賛。
なるほど。
シチューの味探し、そのヒントを知りたい穂咲とのギブアンドテイク。
上手い手を考え付いたものだ。
これ、君がお店を開いてからも使える手かもね。
料理を楽しんでいただきながら、いろんな方の意見を聞いて。
……ひょっとしたら。
おじさんが言ってたのって、こういう事なんじゃないのかな?
幸せそうに料理を頬張る皆さん。
その様子に、これまた幸せそうに照れる穂咲。
そして、シチューを口にしながらの意見交換会が始まった。
「うむ…………。これにはやはり、ナンが合うだろう」
「いやいや、君はいつも一辺倒だね。サフランライスの方がしっくりくる」
「僕は白いご飯にかけたいけど……」
ん? あれ?
いくらカレー研究会とは言ってもさ。
俺も穂咲の手伝いとしてロールパンをかごに入れていたけども。
おかしなやり取りに思わずその手を止めた。
「…………シチューの話だよね?」
「何を言い出すんだ秋山君。こんな見事なバターチキンカレーに失礼だろう」
はあ!?
ちょっと待って!
カレーっぽく味が変わる件については百歩譲ろう!
でも、さっき鍋に入れてたの、豚肉だよ!?
……またなの?
その鍋の中では何が起きてるの?????
皆さん美味しい美味しいと舌鼓を打ちながら召し上がっているけども。
俺、怖くて食えません。
「それで、何を足すと美味しいか教えて欲しいの」
「うむ…………。これにはやはり、オールスパイスを足すのがいいだろう」
「いやいや、君はいつも一辺倒だね。ハチミツの方がしっくりくる」
「僕はやっぱり、白いご飯にかけたいけど……」
闊達な意見交換に、岸谷君は満足げに頷いて。
穂咲は一生懸命メモを取っているようだけれども。
「道久君はどう思うの?」
ひきつった笑いを自覚しながら、俺は思ったままの事を口にした。
「…………なにも足さないのが一番だと思う」
皆さん、俺の言葉に鼻で笑っているけども。
次にそれを食う身になって下さいね?
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