ブライダルベールのせい
~ 十一月六日(月) ファッション部 ~
ブライダルベールの花言葉 花嫁の幸福
落ち着かない。落ち着かない。
いや、俺はとても落ち着いているけども。
いやいや、でもでも、えっとえっと。
俺がさっきからそわそわしているのは、こいつのせい。
別に好きなわけでも嫌いなわけでもない幼馴染、
今日は、軽い色に染めたゆるふわロング髪をお姫様風縦ロールにして。
頭から背中にかけて、ブライダルベールを株ごとばさっと被っていた。
吊り鉢で育てると長く垂れ下がり、そこにちりばめられるように真っ白で小さな花が咲く。
その名の通り、まるで花嫁さんのベールのようなこのお花。
でも実際に被ったら、ただのワカメお化けなのです。
さて、俺がさっきからそわそわしている理由と言えば。
いつものように見学へ訪れたファッション部にて。
穂咲が花を外されて、本当のベールを被されてしまったせい。
なぜだかそわそわしてしまうのです。
じゃなかった。
そわそわなんかしてません。
だってほら、俺は神尾さんに押し付けられて、編み物の体験中なわけですから。
穂咲の方を見ている暇なんか無いのです。
「……気になる?」
「全然まったく。何をおっしゃっているのやら」
「秋山君は頑固ね。……穂咲ちゃん、綺麗よ?」
まったく、気が気じゃない。
じゃなかった、まったく気にならない。
教会式ウェディングの練習とか、ほんとに気にならない。
「うおお、気になんかならないけど集中できない! 編み目もバラバラになる!」
「あはは! 編み目は十分綺麗よ。意外とね、他のことを考えながら編んでる方が綺麗にできたりするの」
「それ、男子には難しいって知ってる?」
「二つのこと同時に出来ないって言うもんね。ほんとなの?」
俺は頷いたついでにちらりと穂咲の方をうかがってみた。
そこでニコニコとしているのは、プリザーブドフラワーのブーケを胸に抱いた花嫁さん。
皆さんから歩き方の手ほどきを受けて、ぎくしゃくとロボのように足を運んで笑われていた。
「ほら、またよそ見して。手が止まってるわよ?」
「いや違いますから。新しい編み目を生み出すために計算していたんです」
「はいはい。穂咲ちゃんの方見ててもいいけど、手は動かしてね?」
いつもの苦笑いで俺をたしなめる神尾さん。
ですから、男は二つの事を同時に出来ない生き物なんですよ。
「それが出来たら、俺は将来、いいお嫁さんになれそうだ」
「あはは! それは困っちゃうね!」
家庭料理とか、二つ三つの品を同時に作りながらテレビの声を拾うようなことができるのは女性の脳がそういう構造になっているからだ。
それとは逆に、男性は一つの鍋に集中して状況変化を見極めたりすることが得意。
「うん、すごくいいペース。でも視線は穂咲ちゃんの方向いたままなのね……」
数学とかもそうだよね。
難問に当たった時、男子は未体験な物に立ち向かうことが好きだから脳が活性化するのに対して、女子は理論的なロジックを新しく思いつくことが苦手らしい。
穂咲なんか特にそう。
公式に数字を当てはめることくらいはできるけど、ちょっと形が変わるとお手上げになる。
だから、応用パターンもすべて丸暗記しなきゃならない。
こいつにとっての数学は、ただの暗記教科なのだ。
「秋山君、才能ある……。すごく上手。それに早い」
それにしたって、この間のウェディングドレス姿も記憶に残っているところに、今度は結婚式の練習だって?
隣りに立ってエスコートする女性の先輩、背も高くてボーイッシュだし。
神尾さんの妄想をバカになんかできないや。
俺もいろいろと想像しちゃう。
「うそ。そんな網み目、見たことないよ? え? どうやってるの???」
おばさんが着せたウェディングドレス。
また変なことし始めたと思ってたけど、早くその姿を見たかったのかな?
でも、そうなっちゃったら一人暮らしになっちゃうけど。
どんな気持ちで着せたんだろう……。
さっき配られた進路希望のプリント。
あんなの見ちゃったせいで、数年後の自分達に不安を感じる。
変化は、必ず訪れるわけで。
俺たちは、いつか大人になっちゃうわけで……。
「ちょ……っ! 秋山君! ストップストップ!」
「ん? …………ええっ!? なんだこりゃ!」
気付けば、たったの数分でマフラーを半分ほど編み上げていた。
しかも見たことないような複雑な編み目。
これはなにごと!?
そんな、唖然とする俺たちとは対照的なウェディング特訓チーム。
今日何度目になるのだろうか、大勢の笑い声が響いてくる。
「そうじゃなくて! バックしたらベール踏ん付けちゃうわよ?」
「やだ、また猫背になってる! いいのよ、間違えても堂々としてて」
和気あいあいとした、穂咲チームからの笑い声。
その中心で照れ隠しの苦笑いを浮かべる花嫁さん。
君の不器用にはほっとしたけども。
俺の気味悪い才能にはぞっとした。
「あはははは! 藍川さん、才能ないなあ!」
「まだまだお嫁さんになるには早いわね~」
「ひょっとしたら一生お嫁にいけないかもよ?」
「それはちょっと困っちゃうの」
そんな楽しそうな声を、まるで吹き飛ばすように。
神尾さんは俺の手を握りしめながら熱い叫び声をあげた。
「秋山君、才能ある! いつでもお嫁に行けるわ!」
「それはちょっと困っちゃうの」
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