ハナトラノオのせい


 ~ 十一月七日(火)  バレーボール部 ~


   ハナトラノオの花言葉 あなたとの約束



 俺の方が編み物が上手いという事実がよっぽどショックだったのだろうか。

 昨日からずいぶんと落ち込むこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 …………今後は、こいつがやり始めたことはわざと下手にやろう。


 とは言え今日は大丈夫。

 運動神経が無いことについて、穂咲は自覚しているから。


 スポーツ、大好きなのにね。

 不憫な子。



 今日の穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪をおさげにして。

 そこにハナトラノオのピンクの小花をこれでもかとつけている。


 綺麗だの可愛いだのもてはやされてご機嫌だったようだけど。

 その花、ラベンダーみたいに茎から房のように咲くわけで。

 実物を知っている身としては、穂咲の髪が茎になったように見えて恐怖しか感じませんでした。

 


 さて、そんな穂咲が球技なんてまともにできるはずはないのだけど。

 本日はバレーボール部の練習に参加しています。


 練習開始から一時間。

 既にヘロヘロになりながらボールを追いかける穂咲へ声をかけてやりたい。

 でも、俺にも全く余裕はないのです。


「ようし! 五分休憩! 水分とれー!」


 ふらふらと重たい足を引きずって、皆さんから離れたところで腰を下ろす。

 すると女子バレの皆さんも同じタイミングで休憩をとったようで。

 俺の事を座った目で見据えながら、穂咲が寄って来た。


「ひ……、ふぅ…………。疲れたけど、楽しくて、あのね、腕がすっごく痛いの」

「一つにしなさい。俺だって無理やり練習に巻き込まれてヘロヘロですから」

「じゃあ、腕が痛いの」


 見れば、真っ白な穂咲の腕が赤く腫れている。

 でもバレーってそういう競技だし。


「痛い痛い言いなさんな。昨日テレビで見たからバレーやりたいって言い出したの自分でしょうに」

「でも痛いの」


 腕をさすりながら、泣き言を漏らす。

 こと、スポーツに関しては泣き言なんか言わない奴だと思ってたのに。


「痛いって言わないように。皆さん貴重な練習時間割いて下さっているんだから」

「…………わかったの。頑張るの」


 そうさ、俺だって痛いんだ。

 でも我慢してるんだからさ。


 先輩、素人の俺にも容赦ないんだもん。

 でもようやくコツを掴んできた。


「ようし! じゃあ練習再開! 一年生はレシーブもうワンセット!」


 おお、助かる。

 すごく痛いけど、せっかく掴みかけてきたコツを試してみたい。


 体は突っ込んでおいて、腕は引いてボールの勢いを消すんだ。

 さっきはうまくいかなかったけど、今度こそ。

 ……とうっ!


「お? やるじゃねえか! お前飲み込み早いな!」


 上手いもんだ。

 手は抜かずにきついのをお見舞いしといて。

 ちゃんとできたら手放しで褒めるとか。


 思わず天狗になっちまう。


 今まで上手くいかなかったせいで無くなっていた心のゆとり。

 ようやく取り戻せた気がする。

 そして普段通りに戻った視野で、穂咲の方をちらりと見てみた。


「……ごめんなさい。今日はお時間割いていただき、ありがとうございました」

「ん? なんだ、せっかく良い形になって来たのに」


 深く深くお辞儀。

 本当に申し訳ありません。


 そして次は、女子バレの先輩に同じように謝罪。

 皆さんきょとんとしちゃったけど、こればっかりはしょうがない。


 穂咲の腕を引っ張って、体育館を出たところで。

 聞いたことのないような、辛そうなうめき声が聞こえた。


「やっぱり。いつも疲れてたら口で息するのに、歯を食いしばってるんだもん。分かるよ」


 よくよく見てあげたら、親指の付け根が赤く腫れている。

 突き指してら。


「悪い、すぐに気付いてやれなくて。でもさ、なんでこんなになるまでやってたの」


 夢中になってたからって訳でもないだろうに。

 俺の事を、口をへの字にしながら見上げてるけど。

 なにさ。


「だって道久君。痛いって言っちゃダメって」

「あ…………。か、加減が分からん奴だな。子供か」


 素直に言えなかったけど。

 つい、いつもみたいな言葉になっちゃったけど。



 ごめん。



「…………もう、痛いって言っていいぞ」


 その言葉が、ぱんぱんに張りつめていた穂咲の胸に針を刺したよう。

 急にぼろぼろと泣き出して、平気な方の手で俺を叩きだした。


 ぽかぽかとされる背中がすごく痛いけど。

 痛いって言っちゃいけないよね。


 俺は保健室までの道のりを、黙って叩かれ続けるのだった。

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