お茶のせい
~ 十一月一日(水) 茶道部 ~
お茶の花言葉 追憶
おじさんが望んだ、自分に就いてほしかった職業を探す旅路。
とはとても思えないめちゃくちゃな部活荒らしを続けるこいつは、
今日は、軽い色に染めたゆるふわロング髪を大人っぽく肩から前に垂らして。
お茶の花を三つ、子供っぽく頭のてっぺんに生やしている。
ギャップってこんなにも萎えるものだったんだね。
とは言え、お茶の花は大変美しい。
真っ白で丸いフォルムの花びらに包まれた黄色いふさふさ。
まるでこの、目の前に置かれた和菓子のような可愛らしさ。
和の心ここに極まれり。
そんな素敵な花を乗せた、素敵ではない女の子。
本日お邪魔しているのは小さくて趣のある和室。
こいつは上座に女の子座りをして、お茶を点てる先輩の姿をまじまじと見つめながら俺に話しかけるのです。
「思い出したの。テレビで見て、楽しそうって思って。あたしも真似してお茶を点てたの。パパに」
「道具なんかないだろうに。どうやったの?」
「泡だて器で、しゃかしゃかって」
「抹茶を?」
「お茶っ葉を」
なにその面白いオチ。
おじさんの苦笑いが容易に想像つくね。
「わっはっは! いいね、それ。面白い」
「すいません、雰囲気に合ってなくて」
「いいんだよ。だったら、雰囲気って方を話に合わせりゃいい」
そう言うなり、正座でお茶を点てていた先輩は胡坐になってしまった。
「ええっ!? 門外漢の俺が言うのもどうかと思うんですが、いいんですか?」
「もちろん正しい作法で心の鍛錬って考え方もあるけど、俺は楽しい茶会ってのもアリだと思ってるんだ」
へえ、そうなんだ。
などと呑気に感心していたら、俺の隣に座った渡さんがぴしゃりと否定した。
「いいわけないでしょう! もう、部長はそんなことばっかり言って!」
「へいへい。四角ちゃんは相変わらず厳しいこって」
「その変なあだ名もやめてください! ……ごめんね秋山。部長、ちゃんとやる時はかっこいいんだけど、基本は変な人なのよ」
「そんなことねえだろ、正しい考え方だ。凛とした四角四面に心地よさを感じるのが茶会とは言え、そう感じない客人へも精一杯のもてなしをだな……」
「精一杯の方向が間違ってるんです! 正しい魅力を教えてあげて下さいよ!」
渡さんに厳しい声をかけられても、先輩は肩をすくめただけで胡坐のままだ。
でも、姿勢は酷いはずなのにピシッとしているように感じるんだよね。
「いつも言ってるだろ、四角すぎるのは良くねえって。そう言った意味で、花子ちゃんの楽しそうって発想は実にいい。茶道に向いてるぜ」
「またそんな名前で呼んで……。ごめんね、穂咲」
「ううん? 楽しいの。お呼ばれして嬉しいの、香澄ちゃん」
穂咲の部活荒らしを聞きつけて、自分の所属する茶道部へ連れてきた渡さん。
茶室に入るなり、かつての硬い立ち居振る舞いに戻った時は驚いたけど。
畏まった、清々しい空気を楽しむものだっていうことはそれだけで伝わったよ。
俺もそういうのはちょっと好き。
でも、勝手にお菓子を食べ始めたこいつにその魅力は分からないと思うよ?
「ちょっとは行儀よくしなさいよ。すすめられてから食べるものでしょうに」
「行儀いいの。手を合わせていただきますってちゃんと言ったの」
「ではなく」
ああもう。
なんでこんなのを茶道部に誘ったのさ、渡さん。
部長さんだって、いいかげん怒ると思うよ?
「ははっ! いいよ、勝手に食べて。ただ一つだけ守って欲しいのは、相手に、周りの人に、謙虚にすること。例えば、正しい茶を楽しみたいと思っている方に失礼だと感じるならそうした方がいい。ちなみに俺は、足を崩されてもまったく失礼とは感じないぜ?」
「なるほど。では、遠慮なく……、いてて」
「……そのご意見、私に対しては謙虚で無いように感じるのですけど」
「四角ちゃんは相変わらずだなあ……。お待たせいたしました。粗茶にございますが、どうぞお菓子と一緒にお楽しみください」
「ほんとにこの人は! お菓子と一緒になんて聞いたことないです!」
渡さんに叱られながらも楽しそうに笑う先輩。
さっきの言葉の通り、謙虚に畏まって穂咲へ茶碗を出してくれた。
でもやっぱりその辺りにピンと来ない様子の穂咲は、食べかけの和菓子を置いて大はしゃぎ。
「かわいい! お茶碗、かわいいの!」
「かわいいか? 渋いとは思うけど……」
「喜んでもらえそうな茶器を選んだから、そう言ってもらえて本当に嬉しいよ」
先輩の嬉しそうな笑顔。
なるほど。作ったものじゃない、本当の謙虚の心が垣間見える。
でもこいつには猫に小判な気もするけど。
そんな穂咲は茶碗をクルクル回しながら模様を楽しんでるけど。
早くいただきなさいよ、失礼だっての。
「むう……。こっちから見るのが一番かわいいの!」
ほんとに変な感性持ってるね、君は。
しかも、その可愛い模様を逆に向けて飲み始めたし。
「可愛い向きで飲むんじゃないんかい!」
思わず突っ込んだ俺に、口についたお茶をぺろりと舐めながら穂咲が変な事を言い出した。
「謙虚なの。可愛い方は、お茶を淹れてくれた先輩に見えるようにしてみたの」
「部長さんのお話、聞いてないようで聞いてたのね。でも、君の謙虚、変」
にらむ俺を見ながらお菓子を一口もぐもぐさせてるけども。
ほらごらん、先輩も笑い出しちゃったじゃない。
「あっははは! こりゃ驚いた! いい茶を点てることができたよ!」
「ほんとすいません。こんなのでいいんですか?」
「ああ、最高の気分だ!」
「ええ? ……こんなのでいいの? 渡さん?」
「ふふっ、やっぱり穂咲は最高ね。……部長は最悪ですけど」
にっこりと笑う渡さんに、部長さんもニヤリと微笑み返してるけど。
最高なの? これが?
……わけわからん。
二人に褒められて、穂咲もご機嫌笑顔でお茶をすする。
「花子ちゃん。茶と菓子、どっちがうめえ?」
「お菓子なの」
「こら。お茶を褒めないでどうするのさ。わざわざ点てて下さったのに」
「うん。だからね、どっちが幸せかって質問ならお茶の方が幸せなの。でも、美味しさならお菓子の方が断然上なの。だってこれ、苦い」
このどうしようもない返事にも、暖かく気を使って下さる部長さん。
楽しそうに、胡坐の膝をバシバシ叩きながら渡さんに話し始めた。
「お前より才能あるぜ、この子!」
「そう思って連れてきたんですけど……、作法を教えたらこの純真さが無くなっちゃう気がしてきました」
「まったくだ。野に咲く花は部屋で愛でるものじゃないってことだな!」
二人は楽しそうに笑っているけども。
失礼ばっかりな俺たちを、お客としてもてなして下さるけども。
ねえ穂咲。
こんないい人たちに失礼だから、ちょっとはちゃんとしようよ。
そう話しかけようとしたら、低い天井に目をやりながら穂咲がつぶやいた。
「思い出したの。パパも、お茶の才能あるって言ってくれたの」
「それは親心でしょうに。それとも、なんか天才的なことしたの?」
「おいしくなーれ、もえもえきゅんってしたの」
茶室が再び笑い声でいっぱいになったけど、俺ばっかり恥ずかしくなってきた。
「才能あるぜ、ほんと。藍川流家元になれよ。俺が弟子入りしてやる」
「本気にするから勘弁してください。……ほら、せめて最後くらい礼儀正しくお礼を言いなさい」
肘で突くと、穂咲は急にぎくしゃくし始めた。
「えっと、なんだっけ。この度は、大変なあれで、結構なお粗末様でした」
「お前のおつむの方がお粗末だ!」
本当にごめんなさい。
真っ赤になって謝る俺。
手を叩いて笑い転げる部長さん。
「あはははは! ほらみろ、作法なんてややこしいものがあるからそうなっちまうんだ。お前も気楽に言いな? 薄めに作ってやろうか?」
「…………そういうことでしたら。お茶は苦そうなので、ジュース飲みたい」
部長さん、またもや大笑い。
そして呆れ顔のままジュースを買って来てくれた渡さんと一緒に、俺たちは下校時刻まで小さな茶室で楽しくお茶会をした。
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