マユミのせい


 ~ 十月三十一日(火)  弓道部 ~


   マユミの花言葉 あなたの魅力を心に刻む



 昨日の恐怖をまだ引きずっているのだろう。

 朝から俺と目を合わせないように逃げ続ける幼馴染は藍川あいかわ穂咲ほさき

 …………何か、知られたくない事でもあるのでしょうか。

 ちょっとショックなんだけど。


 今日は、軽い色に染めたゆるふわロング髪をスポーティーにポニテに結んで。

 淡い控えめな赤い花を数輪つけたマユミの枝を、ポニテの結び目からまっすぐ上に向けて挿している。


 この木は、弓の材料としてその名前が付けられたらしいけど。

 それを挿してきたから全国でも通用するほどの腕前になっているはずだとか言われてもね。



 というわけで、本日は弓道部を荒らしに……、もとい。

 真面目に部活見学へ訪れている。


 だってふざけるわけにはいかないよ。

 雰囲気、厳粛なんだもん。


 先輩が穂咲へ指導する姿を、部員の皆様が正座して真剣に見守っているわけで。

 穂咲もいつものふざけた調子はどこへやら、必死に取り組んでいる。


 お借りした袴は少しぶかぶかだけれども。

 教えていただいた立ち居振る舞い、所作を一つ一つ吸収して。

 今では実に凛々しく見えるから不思議。


 そしていよいよ矢と弓を手渡され、俵の的を目掛けて弓を引き絞り、弦を離す。

 …………するとどういうわけやら、矢が足元に落っこちた。

 君、キューピットの矢は百発百中なのにね。


 でも、ちょっとしょぼくれた穂咲に、先輩は凛とした声をかけるのです。


「胸を張りなさい。当たる当たらないは二の次なの。大切なのは心と所作です」

「はいなの」


 顎をひいて、奥歯をキッと噛み締めて。

 泣き言も言わずに真剣に取り組む姿勢が美しい。


 つい、携帯を出してその姿を撮ろうと思ってみたけれど。

 そんなの無粋だし、失礼だよね。

 しっかりと目に焼き付けておこう。


 胸を張り、呼吸をゆったり整える穂咲に矢が手渡される。

 するといつもと違う色を湛えた瞳を一度閉じて。

 教わった動作を頭に思い描いていく。


 納得がいったのか、こくりと頷いた穂咲はゆっくりと目を開き、まずは足の位置を整え始めた。


 射法八節。

 一つ一つを丁寧に。


 足をきめて。

 上半身をゆったりと整えて。

 弓へ矢を番えて。

 両腕を上にあげて。

 腕を下ろしながら弦を引いて。

 口の高さですっと停止させると。

 弦を離す。


 そして最後に、美しいとしか表現のしようもない一連の動作は、俺に向かってのVサインで幕を閉じた。


「残身はどうした。射法七節になってます」

「かっこよかったの。褒めるといいの」

「矢は足元に落ちてるけどね」


 凄くかっこよかったよ。

 今の凛々しい映像、瞼を閉じれば再生されます。

 帰ったら、おばさんに逐一教えてあげよう。

 きっと喜んでくれるはず。

 素敵なお土産が出来たと、俺は満足な心地で穂咲を見つめた。


「もう一度。今度は残身まで気を張って」


 凛とした声と共に、先輩が穂咲に矢を握らせる。

 俺も、再び姿勢を正して頭に録画の準備だ。


 足をきめて。

 上半身をゆったりと整えて。

 弓へ矢を番えて。

 両腕を上にあげて。

 下ろしながら弦を引いて。

 矢を落っことしたから下を向いて。

 弦を離す。


 すると頭に挿したマユミの枝が勢いよく弦にはじかれて、見事に俵へ突き刺さった。


 凛と気を張っていた弓道部の皆さんも、これには手を叩いて爆笑。

 先輩までお腹を抱えて笑ってる。

 穂咲は耳まで真っ赤になった顔を手で覆って、その場にしゃがみ込んじゃった。


「残身はどうした。射法七節になってます」

「かっこ悪かったの。忘れて欲しいの」

「矢は、見事に的に刺さってるけどね」


 ……凄くおもしろかったよ。

 今の面白映像、瞼を閉じると再生されます。

 帰ったら、おばさんに逐一教えてあげよう。

 きっと喜んでくれるはず。

 素敵なお土産が出来たと、俺は満足な心地で穂咲を見つめた。


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