???のせい


 ~ 十月二十七日(金) 自宅 38度2分 ~


   ???の花言葉 弱い者を助ける愛



 この寒いのに、びしょびしょマンはやり過ぎた。

 発熱、悪寒、鼻づまり。


 具合が悪いという泣き言と尻、まとめて母ちゃんに蹴飛ばされて家を出て。

 這うようにお隣まで行ったところで、おばさんに支えられてUターン。


 今日は学校を休んだ。



 何時間寝ていたのだろう。

 薬が効いて、ぼーっとする意識に届く美味しそうな香り。


 お腹の虫が鳴くのに合わせて目を開けると、穂咲がちょこんと床に座っていた。


「……学校、終わったんだ」

「はやびけしてきたの。あたしのせいで風邪ひいたから。じゃなくて、お昼の材料が無駄になっちゃうの」


 今日の穂咲は、軽い色に染めたゆるふわロング髪を珍しく下ろして。

 白い花を耳の上に一輪挿している。

 五枚の花びらに走る黒い縦線。

 この花、どこかで見た覚えがある。


 でも思い出せない。

 熱でぼーっとするし。


「無駄になっちゃうと言われましても、あんまり重たい物は……、お?」


 差し出されたお皿に乗った目玉焼き。

 これはもちろん食える。


 俺はふらふら起き上がってお皿を受け取ると、スプーンで白身を一口すすった。


 甘塩がほんのり優しいあんばいにかけられて。

 実においしいのです。


 食欲なんて無かったのに。

 気付けばお皿はからっぽだ。


「……もうちょっと、何か食べたい」

「柿なの」

「……それ、俺が苦手なの知っているだろうに」


 渋みも苦手。

 とろっとした甘さも苦手。


「風邪にはこれがいいって、ママが」


 まあ、世間ではそう言われてるけど。

 柿が赤くなれば医者は青くなると言われているほどだけど。


 確かに栄養価は高い。

 でも、その言葉の本当の理由は定かじゃないんだ。


 柿が赤くなる時分は過ごしやすい気候になるから医者にかかることは無い。

 実りの季節だから食べ物が豊富で病気にならない。

 同じく実りの季節だから、収穫で忙しくて医者にかかる暇が無い。


 などなど、諸説あるんだよね。


「柿、わざわざ美味しいのを探して買って来たの」


 …………やれやれ。

 そういうことなら仕方ないか。


「これだけ鼻が詰まってたら味なんか分からないだろうけど、一つ貰おうかな」


 そう言いながら手を伸ばすと、それを素通りして穂咲の手が口元に伸びる。


「あーんなの」


………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


「はい」


 差し出された橙色の果実をひとかじり。

 苦手な柿。

 風邪のせいで味なんて分からない。

 こんなの一口で十分だ。


「あーんなの」

「はい」


 そんな繰り返しで一切れ食べ終えた俺に、穂咲が聞いてくる。


「美味しいでしょ」

「味なんか分かりません」


 もちろんそれは、鼻がつまっているせいなので。

 顔が熱いのも、熱のせいなのだけれども。


 だからね、ふた切れ目に口を開いたのは、風邪に効くからなのですよ?


 なにやらニコニコし始めた穂咲ですが、わざわざ買ってきた柿を食べてあげたからなのだろう。

 そんなご機嫌さんは、食後にお茶を注いで渡してくれた。


「お茶なの。高級なの」

「だから、味が分からないっての」

「体にいいの。医者倒しなの」

「苦そうなお茶の名前だね」


 でも、さっきから味なんか分からないから関係ないか。

 俺は随分と濃い色をしたお茶を口に含み。



 …………慌てて飲み下した。



「味! 分かるっ! にげええええええ!」


 穂咲の髪に飾られた綺麗な白い花。

 ようやく何の花か思い出した。


 その葉っぱを煎じて淹れるお茶。

 千回急須を振り出してもまだ苦いことから付けられたその名前。


 つまりこれは、センブリ茶!


「イシャダオシなの」

「その別名に気付かなかったとは……。無理です、ご馳走様」


 俺は良薬を穂咲へ突っ返して、布団に逃げた。

 うええ、苦い……。

 耳の下あたりが苦みで痛く感じるとか、なんというパワー。


「……お茶、飲めない?」


 囁くような、寂しそうな声。

 これも柿と一緒に、わざわざ探して買って来たんだよね。


 仕方ない。

 布団から顔を出して再びコップを手に取って。

 ちびちびとセンブリ茶を口にする。


 時間をかけて、なんとか飲み切ったけども。

 十才くらい歳をとったような心地だ。


「うええ。…………これですぐ治るだろ。来週から、また部活探ししないとな」


 再び布団に潜りながらそんな声をかけてやったら、穂咲は嬉しそうに微笑んだ。

 なにやら苦労させられたけど、心配してくれたことは素直に嬉しいよ。


 ……ああ、起き上がったら、また熱が上がってきた気がする。

 ちょっと頭もクラクラしてきたかも……。


「あれ? ……これなの?」

「………………なにを言ってるのでしょう?」


 薄く開いた目の端に、首をひねった穂咲の姿。


「これのような気もするの」

「仕事のこと?」


 うんと頷くセンブリの花。

 そうかなるほど。

 だったらおじさんが望んだ部活は、これしかあるまい。


「……帰宅部だ」

「はやびけ部なの」



 熱のせいで、ぼーっとします。

 皆様にお願いしますので、お好きな方を選んで突っ込んで下さい。


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