第38話 憂さ晴らし

「またやるの?」

「勿論! 景気づけよ、景気づけ!」


 簡単に言うと、あたしはメグル君を従えて遊園地に来ている。やることは一つ。これから缶詰め状態で漫画を描くにあたり、まずは喚き散らして鬱憤を晴らすのだ。

 勿論カオルさんの許可は貰っている。というか、カオルさんに「行ってこい」と軍資金を渡されたのだ。これで行かない手があるもんか。当然メグル君が断るわけもなく、大喜びで先頭立って行っちゃうし。

 前回は真冬だったけど今回は夏だ、遅い時間まで遊んでいても大丈夫。またカオルさんにクルミの焼きドーナツ買って帰ろう。


「それにしてもさ、メグル君って、こんなに人気者になっても全然周りとか気にしないよね。フツーは芸能人なんかサングラスとかマスクとか帽子とか、なんかこう目立たなくするじゃん」

「えー? そんなことする方がよっぽど目立つじゃん。あれ、目立とうとしてるようにしか思えないよ」


 まあ、確かに一理あるな。なんて思ってたら、知らない女の子の集団がこっちに近づいてきた。ほーら、言わんこっちゃない。


「あのー、すいません。小鳥遊キラさん……ですか?」


 はい? あたし?


「え、あ、はい、そうです」

「あ、やっぱりそうだ!」


 女の子六人の集団がきゃあきゃあと飛び跳ねて喜んでいる。そこは風間巡にきゃあきゃあ言うところじゃないの?


「ソノアンニⅢ世・謁見の間、見ましたー! 神代エミリーと勝負するんですよね? あの、あたしたちいつも『風間兄弟』のブログ見てて、それで、小鳥遊キラさん応援してますから! きゃあー」


 はいいいいい?


「え、あたしですか? メグル君のファンじゃなくて?」


 って聞いたらその子たち、六人で「お前行け、お前行け」みたいに仲間同士を押し合って(でも、あたしもきっとそうする)やっと一人が前に出た。


「あたしたちもともと風間巡さんのファンでー、それで『風間兄弟』のブログとか読んでてー、あ、毎日見てます! お兄さんの方もなんか凄いカッコいいしー、漫画家さんなんですよねー、キラさんのブログとか凄い素敵でー、それで、えっとぶっちゃけ風間兄弟と小鳥遊キラさん、三人纏めてファンっていうかそーゆー感じなんですー。きゃー、言っちゃったぁ」


 そこまでやっと一人が言うと、後ろからツインテールの子が顔を出した。


「それで、どうしても神代エミリーに勝って欲しくてー」

「キラさんの本とか出たら絶対買いますから、勝ってください!」

「えー、マジでー?」

「めっちゃ応援してます!」

「うちのクラスとかみんなキラさんの応援してるし」

「うちもうちも」

「これから詰めるんですかー?」

「今日はお休みなんですかー?」


 え、ちょっと、なんか凄い事になってるんだけど。あたしの混乱がわかったのか、すかさずメグル君が割って入って来る。


「そうそう、明日から結構詰めて描かなきゃならなくなるから、今日は僕が綺羅ちゃんを連れ出したんだ。気分転換にね。普段ガッツリ仕事してるからね、彼女も。そういう訳だから、みんなの気持ちはありがたく受け取って、綺羅ちゃんも頑張るから、みんなも応援してね。あ、僕の事も忘れないでね。よろしく!」


 なんて言われて、女の子たちキャーキャーと黄色い歓声を上げて、「はーい!」「巡さんも応援してまーす!」「お兄様にもよろしくー!」「頑張って下さーい!」なんて言いながら離れて行った。流石メグル君、上手い。相手を気分良くさせつつ、さりげなく離れさせ、会話を終了に持って行く。何という熟練の技なんだ!


「う、上手いね」

「まあね。綺羅ちゃんも人気者じゃん。頑張りなよ?」

「うん、頑張る」

「じゃ、まずはフリーフォールだな!」


 あたしたちは勇んでフリーフォールへと向かった。




 一日中叫びまくって(そりゃもう「エミリーなんかに負けるかー!」とか「上等じゃねーか、やってやるー!」とか)心行くまで発散して、ヘロヘロのヨレヨレになるまで遊んだあたしたちは、流石に夜八時の閉園には追い出された。

 でも朝の十時から十時間、遊びっぱなしの喚きっぱなしだったんだ、もう十分だよ。これで心置きなく明日から頑張れる。


 遊園地を出る直前、メリーゴーラウンドの前でメグル君に呼び止められた。


「ねえ、そういえば僕たちって、メリーゴーラウンド乗った事ないね」

「あ、そうだね」

「絶叫系ばっかり攻めてたからね」

「あはは、あたしがそういうのばっかり行きたがったから。あ、もしかしてメグル君、これ、乗りたかったの?」

「いや、そうじゃないけど」


 ん? 何だろう? 

 ぼんやりとメリーゴーラウンドを見つめるメグル君のそばに行くと、ふと彼が小さく呟いたのが聞こえた。


「こんなに綺麗だったんだね」


 言われてみたら、これ、こんなに綺麗だったんだ。喚き散らしていて全然気づかなかった。猫脚の丸いラインの馬車、優雅な装飾、白い馬に黒い馬、そうだよね、これって貴族とか王族とか、そういう人が乗るイメージで作られてるんだもんね。夜になったらあちこちに灯りが点いて、幻想的でさえある。


「綺麗だね」

「綺羅ちゃんの方が綺麗だよ」

「またぁ」


 全くもう、どんだけリップサービス得意なのよ。


「発散できた?」

「うん」

「明日から頑張れる?」

「うん。ありがと」


 なんか泣きたくなってきた。なんでこんなに惨めなんだろう。これだけ喚いても発散しても全然気が晴れない。描く前から神代エミリーに気持ちで負けてる。あたしはあの人に勝たないと漫画家としてやっていけないのに。


「大丈夫?」

「うん。……ううん、やっぱりだいじょうばない」

「僕がそばに居るよ」


 メグル君に抱きしめられた。なんか心地良かった。そのまま、彼に体を預けてぼんやりしていたかった。


「僕が居るから、いつもそばに居るから」


 彼の唇があたしのそれに触れた。あたしは拒否しなかった。そのまま素直に受け入れてた。

 ずるい。心の中はカオルさんで一杯なのに、今こうしてメグル君を受け入れてる。メグル君はあたしの気持ちを知っているのに、なんでこんなことするんだろう。あたしもなんで拒否しないんだろう。

 ゆっくり離れた彼があたしの肩を抱いて言った。


「帰ろっか」

「うん」


 あたしたちは、ドーナツを買って帰った。

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