第24話 同志

 5月に入った。『よんよんまる』のアニメ放送が深夜枠でスタートした。

 本当ならゴールデンタイムに入れて欲しいところだけど、プラトニックとは言えBLという部分が考慮されたのかもしれない。

「イマドキの小学生向けのアニメの方がよっぽど際どいシーンがあるってのに何よ!」ってアイナがブツブツ言ってた。気持ちはわからなくはない。

「人気が出ればゴールデンで再放送だってあるかもしれないじゃん」って言ってやったら、「OVA市場を狙う」なんて言い出した。アイナはどこまでも強いな。これが愛のチカラか。


 アイナの凄いところはそれだけじゃない。例の『よんよんまるグッズ』の企画を通したのだ。更に、アニメ放送開始特別イベントなるものをぶち上げて、そこにほんの二十分だけという時間制限付きでカオルさんを登場させ、会場でグッズ販売するという大技に出たのだ。

 どうやってあのカオルさんに「うん」と言わせたのかは知らないけど、あたしとメグル君がバス旅行に行ったあの日の昼、アイナとカオルさんがランチをして、その時に彼女が直接口説き落として出演に漕ぎつけたらしい。一体どんな技を使ったのやら。


 しかもそのイベント、蓋を開けてみたら想像以上の賑わいで、会場に入れない人が出て来て、急遽外にも大型モニターを設置するという事態に陥った。

 それだけじゃない。カオルさんがステージに登場するや否や、あの美しさに失神するファンが続出。十人近くが救急搬送されるという前代未聞のお騒がせ企画になった。


 更に、例の『よんよんまるグッズ』、文字通りのバカ売れ。あっという間に完売し、ネット販売を求める声で会場が騒然となったのだ。どうやらこっちの市場も一撃で確保したようだ。

 アイナが現れて、ただでさえ順風満帆だったカオルさんに、一気に追い風が吹いてきた。まさにアイナはカオルさんにとって勝利の女神のような存在になった。




 メグル君の方もB-MEN専属モデル契約をしている中、テレビ出演の声がかかるようになってきた。とは言えB-MEN編集部からの制約でトーク番組だけ許可が出たため、あちこちのトーク番組に呼ばれるようになった。

 しかもメグル君だ。話術が巧みで、ほんの僅かでも会話した人をみんな虜にしてしまう。自分を飾らない素直な語り調に、あっという間にトーク番組の常連として引っ張りだこの人気者になってしまった。


 そんな中、すっかり忘れていたんだけど、あのバスツアーの日に写真を撮ったおばちゃん、あの人のインスタで「この後ろ姿はモデルの風間巡じゃないのか」って大騒ぎになり……それだけならまだしも、「一緒にいる女の子は誰だ?」なんてところに飛び火。

 生放送のトーク番組で司会者に「彼女とはどういう関係なんですか?」ってツッコまれたメグル君、ストレートに「うちに住み込みで働いてる、兄のアシスタント兼マネージャーです」って答えちゃった。

 当然の流れとして「お兄さんはどなたなんですか?」となり、「今、関東テレビの深夜枠でアニメやってる『よんよんまる』の作者で、風間薫っていう漫画家です」とこれもストレートに……。


 そこからはもう、想像通りだ。

 売れっ子モデルと売れっ子漫画家、しかも超イケメン兄弟だ。「あの風間薫の弟」「あの風間巡の兄」っていうんで相乗効果を生み、今最も話題の兄弟になってしまった。


 こうなると黙っていないのがアイナだ。即『作戦会議』の名のもとにランチに引きずり出された。まあ、ランチなので、松坂牛でも伊勢エビでもなく、いつものファミレスだったんだけど。


「凄いね、アイナの案、次々大成功じゃん! もうマネージャー以上の働きだよ」

「バカ言ってんじゃないわよ。これからだよ、これから」

「えー、まだ何かやる気なの? あたし、ついてけてないよ」

「この後、デザートにパフェつけてあげるから、がんばりなさい」

「了解! で、今度は何する気?」


 オムライスを包む半熟トロトロ卵を崩しながら、気分は既にフルーツパフェだ。


「ブログ展開」

「はぁ? まさかあたしがブログ書くなんて言うんじゃないよね?」

「そのまさかだよ」


 グラタンが余程熱いのか、アイナはさっきからずっとふぅふぅしてる。


「あれだけ有名になっても、あの二人って全然変わらないじゃない?」

「うん。メグル君は普通に六百円のTシャツでスーパーにもやしと納豆なんか買いに行くし、カオルさんは不審者のような格好で銀行や郵便局に出歩いてる」

「その『あまりにも庶民的過ぎる部分』にスポットを当てるの。今、二人は相乗効果でいい宣伝になってるでしょ? 風間薫、風間巡、それだけでも十分だけど、風間兄弟って扱いじゃない? しかも薫君は殆ど顔を出さずに、出てきても無口であんまり喋らない。そのイメージのまま、メグが薫君の宣伝をする。それ自体がメグの宣伝にもなってるんだけどね」


 とりあえず息継ぎしてよっていうくらいの勢いで捲し立ててる。呼吸しないと死ぬよ。


「だから、綺羅は薫君のアシスタント兼マネージャーだけど、メグの事もちょこちょこ入れながら、『風間家の日常』的なブログを立ち上げるの。もちろん毎日更新する必要なんてないのよ。コメント不可にしてもいいし、そうねぇ、コメントはできるけど返事はしないよっていうスタンスがいいかも。ファンはいろいろ書き込みたいと思うし」


 あたしはグラタンが冷めることの方が心配になってきた。


「例えば、『今日の夕飯』って写真を載せるだけでもいいの。天気のいい日は洗濯物の写真をアップしてもいいし。メグがスーパーの袋をぶら下げて歩いてるところとか。袋から葱とか牛蒡がはみ出してたら最高だよね。そういう、ファンがちょっと覗きたい日常をチラ見せするの。どう? やんない?」


 それは確かにファンとしては見たいだろう。だけど、カオルさんが了承するとは思えない。


「メグル君は落とせると思う。問題はカオルさんだよね。この前のどうやって落としたの?」

「え、フツーに話しただけだよ」


 そうか、『アイナのフツー』だから、あたしの『怒涛の勢いで押して押して押しまくる』って事か。


「わかった。やってみる。もうこうなったら、あたしも風間兄弟と一蓮托生だからね」

「そうこなくっちゃ! チョコパフェ追加ね」

「フルーツパフェがいい」

「ケーキも付けてあげる」

「それはミッションの成功報酬として取っておく」


 知らぬ間にあたしたちは同志のような関係になって行った。

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