第23話 バス旅行

 自作品を新人賞に応募して一段落ついたところで、あたしはメグル君とバス旅行に出かけた。周りはおばちゃんばかりだ。何しろカオルさんがスーパーの福引で当てた貸し切りバス旅行なんだから、おばちゃんばかりになるのは想定内。あたしたちの目立つことといったらない。

 だけどそこはさすがのメグル君、イケメンなうえに人懐っこい性格だ。おばちゃんたちに愛嬌を振りまいて、乗客を全員味方に付けてしまった。ほぼ手ぶらに近い状態で来たのに、おばちゃんたちから貰ったおやつがあたしたちの席に山積みになった。恐るべし、次男坊パワー。


 いつものスーパーから出発して向かう先はイチゴ狩り。バスに揺られること約二時間、到着したフルーツパークで練乳のお皿を貰っていちご狩り開始。

 ここは地面じゃなくて腰より上の高さに何段かプランターを組んだ高設栽培だから、立ったまま収穫できて腰の負担が少ない。これはおばちゃんたちには親切なコースだ。姿は見えずともあちこちからおばちゃんたちの歓声が響いてくる。


「なんか目の高さまでイチゴがぶら下がってると、かくれんぼしながらイチゴ食べてるみたいだね」

「おばちゃんたちに隠れて食べちゃおうかな」

「隠れなくてもいいじゃん」

「イチゴじゃなくて」


 急に引き寄せられて、軽くチュッてキスされた。だけど、なんだろう。この人のキスって、急に手を繋いだりするのもそうだけど、知らぬ間に射程に入ってて、あっという間に持ってかれる感じ。それでさっと引くから、キスされたって感じがしない。なのに鼓動だけが大きく響く。


「今日は味噌ラーメンの味はしなかった」

「練乳イチゴ食べて味噌ラーメンの味がしたら凄い嫌じゃん」

「確かに」


 何でもないそぶりを見せたけど、なんかドキドキする。メグル君、やっぱり大好きだし……でも、付き合ってるわけでもないのに、こんなのおかしいよね。流されてるのはわかってるけど、有耶無耶なまま流されていたい気持ちもある。

 ああ、あたしって凄いずるい女だよなぁ……。カオルさんもメグル君も独り占めしたいって本気で思ってる。


「カオルと来てたら、きっと黙々と食ってただろうなぁ」

「それ言えてる」

「でもそれ以前に、おばちゃんたちに囲まれてイチゴ狩りどころじゃないかも」

「メグル君だって囲まれてたじゃん」

「僕ってさぁ……」


 イチゴを一粒ぷちっと取って、練乳を付けた彼は独り言のように続けた。


「おばちゃんたちには息子みたいなもんだと思うんだよね。だから可愛がってくれる。カオルは息子って位置づけじゃないんだ。観賞用。雲の上の存在。次元が違うんだよね、僕と」


 そう言って彼は、そのイチゴをあたしの口に突っ込んだ。

 甘い。最初に来るのは練乳の甘さ。だけどその後にイチゴの酸っぱさが来る。


「メグル君って、練乳イチゴみたいな人だね」


 彼は「えー?」って笑うと、お皿を覗いて言った。


「練乳のおかわり貰ってくる」


 走って行く彼を見て思った。酸っぱかったんだな。




 イチゴ狩りの後はお昼ご飯。長ーいテーブルで、おばちゃんたちと和気藹々。

 さっきイチゴの写真をごつい本格的なカメラで撮ってたおばちゃんが、今度はお昼ご飯を撮ってる。インスタグラムに載せるんだって。

 確かに写真撮りたくなるようなご飯だ。鯛めし、山菜そば、お刺身、天ぷら、胡麻豆腐……イチゴの後にこんなにたくさん食べられないよって思ったけど、一品ずつが少量だから、なんやかんやで全部お腹に収納されてしまった。別腹健在。


 お腹が満足したところで再びバスで移動。バスの中はおばちゃんたちで大賑わい。そもそもがスーパーの客だから、顔見知りもたくさんいるんだろう。あたしたちだけが年齢も含めてちょっと異質。だけどおばちゃんたちはあたしたちを普通に受け入れてくれてるからなんだか嬉しい。

 バスには添乗員はいないんだけど、企画したスーパーの従業員が二人乗っている。その人たちが面白いんだ、バスの中で小ネタやってんの。


「じゃあ、ここで問題です。私はどこの売り場にいたでしょうか?」

「青果担当?」

「ブッブー、違います」

「パンのところ」

「精肉売り場でしょ」

「鮮魚のところで見たわよ」

「ブッブー、全部違います」

「お酒のとこね」

「お菓子売り場よ」

「ブッブー、当たりませんねぇ」

「レジじゃないしねぇ?」

「どこにいるの?」

「仕方ないなぁ。答えは……お惣菜売り場です!」

「えー? 見たこと無いわよ?」

「はい、裏でコロッケと天ぷらを揚げてます」


 そこで、もう一人の方が「見えるかー」ってツッコんだりして、おばちゃんたち大爆笑。

 笑っているうちにバスは山の中に到着。ここには長い吊り橋があるんだって。吊り橋の向こうには山の中の散歩道が整備されててお散歩できるし、こっちにはカフェとか売店がある。ここで一時間半、好きに遊んでいいって。


 絶叫マシンが大好きなあたしたちが吊り橋にビビるわけもなく。おばちゃんたちと写真なんか撮りながらガンガン歩いて行って、向こう側についたら確かに遊歩道と展望台があった。

 おばちゃんたちは戻って売店を眺めるって言ってたけど、あたしたちは展望台の方まで行ったり山の中を散歩したりして、普段の運動不足をここで解消するが如く歩き回った。

 それにね、山の中遊歩道ってずっと階段みたいなもんだから、メグル君が手を引いてくれるんだ。なんかそれが気持ちよくて。大事にされてるって思えるのが嬉しくて。


 でもまあ、誰も居ないとメグル君も気が大きくなるのか、ちょっと大胆な行動に出たりするんだよね。期待半分、困惑半分。

 急にふざけてお姫様抱っこしたり、冗談みたいにしながら抱きしめられたりして、なんかドキドキしちゃう。どこまで本気なのかわかんない。


 しばらく散歩してから吊り橋を戻って、二人でソフトクリームを食べた。こういうところで食べるソフトクリームって、なんでこんなにおいしいんだろう。

 二人で風に吹かれながらソフトクリームをなめてたら、例のインスタおばちゃんが「写真撮らせて」って言ってきた。


「凄くね、絵になってるのよ、あなたたち」

「だって彼、モデルですから」

「あら、そうなの? どうりでイケメン君だと思ったわ」

「あたしは顔写さないでくださいね、彼と釣り合い取れないから」

「彼も顔が映らないようにするから。モデルさんじゃ簡単に撮るわけにいかないものねぇ」


 なんて言いながら写真を撮って見せてくれた。


「これ、インスタに載せていい?」

「これなら顔が映ってないし、いいですよ」

「私の名刺、渡しとくわね。写真家やってるの。インスタに載せるのに何か問題があったらここに連絡してね」


 スタジオ城真きまと書かれた名刺を差し出して、おばちゃんはにっこりと笑った。

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