第2話 兄弟

「俺は知らんぞ」

「そんなこと言ったって、じゃあカオルだったらどうしてた?」

「無視。厄介なことには近寄らない」

「目の前で自殺とかされたら一生引きずるじゃん。そんなの僕には無理」


 男の人の声が聞こえる。誰だっけ。


「とにかく起きたら追い出せ」


 え? 男?

 思わずガバッと起き上がって、見知らぬ風景に軽くパニックになる。

 コーヒーの香るシンプルな部屋、テーブルを挟んで向かい合う二人の男。

 片方は人懐っこそうな笑顔の可愛い、優し気な雰囲気の青年……と言うか少年っぽい。もう一人もよく似ているが、雰囲気に丸みのある先程の青年とは異なり、氷のように光る冷たい目が印象的な青年。

 こんな人たち、知らないっ!


「えっ? 何っ? どこっ? ちょっ、あなたたち誰ですかっ」

「あ、おはよ……」

「ここどこですか、あなた誰ですか、あたしなんでこんなところで寝てるんですか!」


 うー、何故か頭痛い。


「ねえ、大丈夫? 君、多分、二日酔いだから、あんまり大声出さない方がいいと思う」


 あれ? 待てよ、この可愛い方、見た記憶がある?


「あなた、どこかで会ったことがありますよね」

「ええっ、もう忘れたの? 昨日一緒に二時間も飲んだじゃん」


 マジで? ほんとに?


「ごめんなさい、覚えてないです」


 ハァ、と冷たそうな方が溜息をつく。


「説明しろ」


 それだけ言うと、彼はキッチンカウンターに向かう。それを見て、可愛い方は言い訳がましく説明を始める。


「だからさ、昨日都庁の近くを通りがかったらさ、この子に会って……」

「あ、そうだ! 三角ビルと都庁の隙間で」

「覚えてんじゃん。それで、君が家にも帰れない、仕事もない、全部何もかも失くした言って泣いて、だから僕が飲みに連れてったんじゃん」

「あ、そうだった。ええと、メグル君!」


 はっ、毛布まで掛けて貰ってる。っていうかここ、ソファか。


「そうそう。僕はメグルね。あっちは僕の兄貴でカオル」

「あ、すいません、お邪魔してます」


 兄の方は黙って小さく頷いた。


「で、君はキラさんだったよね? 吉良上野介の吉良さん?」

「ううん、名前の方がキラ。綺麗の綺に、羅生門の羅で綺羅きら

「キラキラネームだな」


 キッチンカウンターからぼそりと声が聞こえる。誰が上手いことを言えと……ってツッコミたいけど、それができる雰囲気ではない。


「で、居酒屋行って、綺羅ちゃんがずっとなんかわけのわかんないこと喋ってて、僕には理解不能で、そのうちに酔っぱらっちゃって『もう、飲めませーん』って言いだして、それで家を聞いたら『そんなものはない』って言うから仕方なく連れて来たって感じ」


 カオルさんがコーヒーを持って戻ってきた。ダイニングテーブルにコーヒーを置くと、あたしの方に手招きして見せる。


「メグ、部屋から椅子持って来い」


 カオルさんが短く言うと、メグル君の方は「はいはい」とすぐに部屋に取りに行く。


「そこに座って」


 カオルさんが今までメグル君の座っていた椅子を視線で指して、その前にコーヒーを置いてくれる。カオルさんちょっと怖そうだし、とりあえず素直に従ってそこに座ってみる。二人ならちょうどいいけど、三人ではちょっと狭いテーブルかもしれない。

 カオルさんは横向きに脚を組んで座り、片肘をテーブルについてもう片方の手にマグカップを持って真っ直ぐにあたしを見つめてくる。

 あたしはビクビクしながらもカオルさんをちょっと見上げ、そして度肝を抜かれた。とんでもない美形だったのだ。

 緩い癖のある黒髪はやや長く、後ろで無造作に束ねている。こぼれ毛が顔の前に少し落ちて、尋常ではない大人の色気を放っている。正直、これほどの艶を持つ男なんて遭遇したことがない。


「あーもう、カオル、そんなに正面から見たら綺羅ちゃんビビっちゃうだろー? カオルの顔はマジで怖いんだからさー、ちょっとは自覚しろってー」

「ああ、ごめん」


 椅子を持ったメグル君が苦情を呈しながら戻ってくると、全然悪いと思っていなさそうな謝罪の言葉を述べて、カオルさんは椅子の背もたれに体を預ける。

 メグル君が割り込んでこなかったら、そのまま呼吸を忘れて死んでたかもしれない。


「ごめんね綺羅ちゃん、カオル顔怖いよね?」


 部屋から持ってきた椅子をお誕生日席に置いて腰掛けながら、メグル君が自分のコーヒーを手元に引き寄せる。


「い、いえ、怖くは……怖いです」


 あ、つい本音が。


「やっぱ怖いじゃん。カオルもじろじろ見るなって」

「話を聞いてやったらすぐに出て行くか。それとも今すぐ出て行くか。選ばせてやる。まあ、コーヒーくらいは飲んで行け」

「もう、カオル! なんでそういう言い方すっかなー?」

「家に帰らないと親御さんが心配するだろう」

「一人暮らししてますから」


 思わず強い口調で割り込んでしまう。あたしに帰る家は無いんだから。


「未成年者だろ?」

「二十一歳です。実家は奈良で、今住んでるところは八王子です。でも、もう戻れません。あたし、所持金百七十円なんです。全財産です」

「『話を聞いてやったら出て行く』の方を選択したと受け取った。気が済むまで話せ。コーヒーくらいは何杯でも淹れてやる」

「もう、カオ――」

「ありがとうございます。聞いてください。それで自分で整理できるかもしれません。整理できたらなんとかします」


 自分でも驚いたけど、何故かこの人たちに聞いて貰ったら自分で解決できそうな、そんな気がした。

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