第31話 斉藤ハルヱ・八十八歳

「初めまして、私、グローバルアース社G-TV部門、『かくれんぼ』のディレクターをしております、上杉と申します。風間さんと高梨さんには大変お世話になっております」

「はいはい、こちらこそ綺羅ちゃんがお世話になって、ありがとうさん。こっちがめぐる君やね」

「あ、どうも、風間巡です」

「いや~、上杉さんも巡君もええ男やねぇ。あたしもあと七十歳若かったらほっとかへんねんけど。曾孫みたいなもんやしねぇ」


 七月十日、G-TVのスタジオで上杉さんと、メイク中のメグル君と、ハルヱばあが楽しそうに盛り上がっている。


「ってゆーか、どうしたの突然? ここまで大変だったでしょ?」


 あたしの心配なんか何のその、ハルヱ婆は小さい体に溢れんばかりの生命感を漲らせて、カッカッカッと威勢よく笑った。


「昨日こっちに来てな、すぐそこのホテルに泊まってん。今日は浅草とスカイツリーを見に行こ思とってな。せっかく今日撮影や言うし、スタジオが近そうやったし、ほんならちょっと挨拶しとこかー言うてな」


 観光前に立ち寄ったというのか! 凄いよ、さすがハルヱ婆だよ。


「えー、僕がこの後ヒマだったら、浅草でも巣鴨でも案内するのにー」

「ほんなら今夜の部屋はシングルからダブルに変えとこか」

「えっ!」


 この「えっ」はあたしとメグル君と上杉さんのハモッた声だ。


「いやだよ、この子たちは。冗談に決まってんねやんか」


 驚かすなよ、ハルヱ婆!


「上杉さん、あんた巡君がメイクしてる間は暇なんやろ? ちょっと打ち合わせしよか」

「私は構いませんが、ご観光はよろしいので?」

「ええねん、ええねん。あたしゃビジネスの方が楽しいしね、こっちがプライオリティが高いねん」


 プライオリティと来たか……。横文字に全然ついてってるじゃん、ハルヱ婆! てか、ほんと何しに来たんだ、観光は二の次って感じじゃないのか?

 上杉さんに椅子を勧められて座ったハルヱ婆に、女性アシスタントディレクターさんが紙コップにお茶を淹れて持って来てくれる。


「ああ、ありがとうね。お姉ちゃんにも飴ちゃんやろか」

「あ、すいません、ありがとうございます」


 ハルヱ婆、ここで飴ちゃん配るな……。


「上杉さんも飴ちゃん食べや」


 といいながら、カバンの中から鮮やかな水色のタブレット端末を出してくる。しかもなんかデコってる! 何そのデコシール、『よんよんまる』キャラじゃん! そんなもんまで売ってんの? 恐るべしハルヱ婆、最新グッズを使いこなしてる。


「これが企画書な、『かくれんぼ』の解答は上杉さんの方で発表するやろから、風間兄弟ファンクラブの方では一切発表せえへんよ。そこはきっちし線引きしとかなあかんよってな。ただ、プレゼントの件もあるし、一応放送日時と放送番組、役柄は前以て教えといて欲しいねん、それは絶対に漏らさへんように、あたしの個人ファイルに二十桁パスワードをトリプルプロテクトかけて設定しておくし、ええか?」

「了解しました。マイクロメモリで渡します?」

「中継挟むんはいろいろ危険や。ここでダイレクトアクセスしよか。今モバイル持ってはる?」

「ええ、ございます」

「ほなら新規ドライブ設定して、接続はこっちでやるわ」


 何が始まったんだ? なんだかわからないけど、ハルヱ婆が『よんよんまる』キャラデコタブレットに何かの線を繋いで、上杉さんのモバイルパソコンに繋いでる。


「プロテクト解除したで、フォルダごと持って行き」

「了解です」


 あっちではメグル君がコカトリスとか言う魔物になってるし、こっちではハルヱ婆が上杉さんとスパイ映画みたいなことやってる! もう全然ついてけない。


「コピー完了です。ありがとうございます」

「それとねぇ、こう言っちゃなんやけど……G-TVを知らん人はおらん思うけどな、『かくれんぼ』の企画、まるっきり知名度低いねん。あたしが知らへんって相当やで、そこら辺は上杉さんもわかっとるんやろ?」


 うっわ、きっつい事言うわー。っていうか、自分が知らないという理由で知名度低いと言い切るハルヱ婆の流行感覚は凄い。もしかして女子高生レベルで最先端を行ってるんだろうか。


「ええ、『かくれんぼ』はコアなファンはいるにしろ、知名度はまだまだです。それで、現在売り出し中の風間さんにご協力いただきまして、風間さんの人気で『かくれんぼ』の売り込みをしたいと思っております」


 上杉さんがハルヱ婆のタブレットとお揃いみたいな水色のネクタイをキュッと締め直している。まさに「姿勢を正す」って感じだ。


「甘いねん。宣伝の仕方があかんのよ。あたしに任せてみる気はあらへんか? 風間巡の月だけで、一気に視聴率を倍に、いや三倍にしたるで」

「いくらなんでもそ――」

「やるのんか、やらへんのんか、それだけ聞こか?」


 上から被せるように言い放ったハルヱ婆の妙な迫力に、上杉さんの上半身が僅かにのけぞったのを、漫画家見習いのあたしが見逃すわけがない。


「まずは何をするのかお聞かせいただけますか」

「毎日の放送で巡君が扮してはるキャラがおるわけやん? それを二次利用せえへんのは勿体ない思うねん。あんたとこが放送しはって終わりや言うんやったら、その権利をファンクラブに譲ってくれへんか? こっちでファンクラブのホームページ画像やグッズ販売に繋げさして貰われへんやろか。勿論『G-TVかくれんぼ』のロゴは入れさして貰うで? ホームページでも紹介するし、『かくれんぼ』のことを書くときはそっちにリンクするように設定しとくしな。こっちでファンクラブのイベントを企画する時も『かくれんぼ』の名前出さして貰うよって、G-TVのええ宣伝になると思うけどなぁ?」


 ハルヱ婆、商売人だ……アイナといい、ハルヱ婆といい、何故、あたしの周りはこんなに商人あきんどだらけなんだ!


「こちらでは毎月タレントさんが変わりますし、グッズまでは企画できませんので、そちらで全部ご準備できるのでしたらそれくらいは構いませんが。ただし、デザインの時点で一度こちらで確認させていただくことになりますがよろしいですか?」

「おっけおっけ。ほんなら連絡はファンクラブの方やのうて、あたしの方に直接メールして貰ってええやろか? さっきの企画書にあたしのじかメアドレス書いてあるし」

「デザイナーはおられるのですか?」


 上杉さんのご尤もな質問に、ハルヱ婆は涼しい顔でタブレットを片付けながら答える。


「そんなもん、ファンクラブの会員にデザイナー募集かけたら、みんなタダでもいいからやらせてくれって言うがな、天下のG-TVの企画でかの有名な風間巡のグッズデザインを手がけた言うたら、えらい肩書にならはるし。優秀なデザイナー選り取り見取りの選び放題やで」


 恐ろしい。ハルヱ婆、年齢を重ねるごとにパワーアップしている。


「では、二次利用に関しては最初はグッズ販売と画像利用のみとさせていただきます。その後で変更などあればその都度交渉という事でよろしいですか」

「ええよ。G-TVに『風間兄弟と斉藤ハルヱが欲しい』言わせてみせるがな」

「それは楽しみです。これが成功すれば、私も給料が上がりますので」


 そう言って上杉さんが悪戯っぽく笑った。なんか風間兄弟本人たちとあたしの意思を無視して、周りがどんどん加速していく。ヤバい人をヤバい人に会わせてしまったかもしれない。


「では後日、契約書をまとめてお送りしますので」

「契約書はデータちゃうくて、紙にしてハンコいて送ってや?」

「もちろんです」


 その時、向こうで「お待たせしましたー、メイクオッケーでーす」という声が響いた。撮影開始だ。


「じゃ、ハルヱお婆ちゃん、僕ちょっとこれから撮影なのですいません」

「はいよ、頑張っといで」


 メグル君がちょこんと頭を下げてセットの方に向かう。


「風間巡さん入りまーす」

「よろしくお願いしまーす」


 スタジオが急に活気づく。

 メグル君は監督さんから何か説明をされていて、そこに俳優さんがぞろぞろ集まってくる。うわぁ、なんかメグル君、本当の役者さんみたいだ。

 あたしがメグル君に見とれていると、後ろからハルヱ婆に呼ばれた。


「じゃ、綺羅ちゃん、あたしはもう行くからね。あんたも頑張りや」

「うん、ハルヱ婆、いろいろありがとう」

「ほんならね」

「私が送りましょう」

「ええよええよ、あんたは仕事しなはれ。ほな」


 ハルヱ婆は上杉さんを押し返すと、小さな背中にリュックを背負って、スタスタと歩いて行ってしまった。


「嵐のようなお婆ちゃんですね、いい意味で。既にあの人が欲しくなってきました。斉藤ハルヱさんですか……もっと早くお会いしたかった」


 ハルヱ婆の置いて行った飴ちゃんを手にした上杉さんの言葉が冗談とは思えなくて、あたしはどう返事をすべきか悩んでしまった。

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