第16話 アイスクリーム

 カイワレは十日ほどで収穫できた。市販の農薬処理された種じゃなくて、うちの実家で花が咲いたものだから、安心して食べられる。こんな小さなカイワレでも、仕事場に緑を添えたり、料理に利用できたりと、一役も二役も買っている。


 あたしもカオルさんに準備して貰ったパソコンやソフトに随分慣れて、仕事がスムーズに進むようになってきた。自分の作品にも手が出せるだけの余裕も生まれ、今はもう例の神代先生にパクられた(と思われる)プロットは完全に手放して、新しいプロットで描き始めている。

 カオルさんも雰囲気で察しているようではあるけど、あたしの新作に関しては全く口出ししなけりゃ進捗も聞いて来ない。とりあえず自分で全部やってみろということなのだろう。かといって質問や相談は受け付けないという態度ではなく、あたしが声を掛ければなんでも相談に乗ってくれる。

 非常に居心地のいい環境で修行をしながら、好きなだけ漫画を描かせて貰ってる感じだ。


 そしてそして、部屋にいるときはコッソリ二人へのクリスマスプレゼントを準備してるんだ。なんにもできないあたしにも特技が一つだけある、それが編み物。特技って言っても普通の人の言う特技には程遠く、セーターすら編めないんだけど、小物ならなんとか最後までいける。

 何にしようか散々悩んで、オシャレなメグル君には帽子とマフラーと手袋をお揃いで、外出嫌いで寒がりなカオルさんには腹巻と手首ウォーマーと足首ウォーマーを。

 極貧を極めた私の目が大特価一パック十玉八百円の毛糸を見落とすわけがなく、赤いのと黒いのを一パックずつ買って、メグル君は赤、カオルさんは黒でそれぞれ編んだのだ。

 こんな一玉八十円の毛糸で、あたしのような下手くそが編んだものでも、メグル君が纏えば高級ブランドを身につけたモデルさんみたいになるのは間違いないし、カオルさんは腹巻や手首ウォーマーさえもドキッとするほど色っぽく見えるに違いない。それを想像しながら、部屋でニヤニヤと編み針を動かす時間の幸せなことと言ったらない。

 だけど、毛糸に千六百円、百均の編み針三本で三百円、二人へのクリスマスプレゼントだけでなけなしの二千円を使ってしまったあたしは、ラッピング用の包装紙に使う百円さえも捻出できずにクリスマスを迎えてしまったのだ。まあ、いいよね、ラッピングくらい。中身で勝負だ!


 兄弟の方はと言えば、クリスマスに朝から浮かれるメグル君と、まるっきり通常運転のカオルさんの対比がいちいちおかしい。


「キリスト教徒でもないくせに、こういう時だけ騒ぐのが、便乗上手な日本民族だな」と兄が言えば、「こんなイベントが偶にないと、毎日の生活に変化がないじゃん」と弟。

「毎日の生活に変化なんぞ必要ないだろう」と兄が反論すると、弟は「必要、必要! 生活に潤いを! 僕らにクリスマスケーキを!」なんてちゃっかり要求してるから笑っちゃう。

「つまりケーキ代を寄越せってことか」って兄が軍資金を出してくると、キャッシュな弟は大喜び。


「流石カオル、一言えば百わかる! ケーキ買いに行くのに綺羅ちゃん借りるよ」

「好きにしろ」

「行こっ、綺羅ちゃん!」


 って結局このパターン。なんやかんやであたしはメグル君に連れ出される。こうなると買い物だけで帰ってくることはまず無いんだけど、カオルさんはそれを黙認してて、あたしを適当に放し飼いにしてくれる。


「ケーキは最後でいいから、最初はどこ行く?」


 なんて、既に最初っからデートモードのメグル君だけど、あたしの財布の中は二百円くらいしかない。といい勝負だ。

 メグル君もあたしの雰囲気から、お金を全く持ってないことに気づいてるんだろう、さりげなくお金を使わずに楽しめるところに連れ回してくれるのが嬉しい。

 駅の近くのショッピングモール前広場では、クリスマスイベントなのか、特設ステージでダンスチームが音楽に合わせてキレキレのダンスを披露している。これが夜になれば木々にイルミネーションが灯り、一気にクリスマスムード一色になるのだろう。


 二人でお喋りしながら本屋さんやら文房具屋さんやらを眺め、「軍資金でおやつ食べてもいいよってことに違いない」と勝手な解釈をしたメグル君によって、アイスクリーム屋さんに立ち寄った。

 イチゴのアイスを食べるメグル君を見ていると、本当にこの人は赤やピンクがよく似合うって思う。あたしはミントチョコ。


「カオルはナッツのヤツが好きなんだよ。ドーナツも味気ないクルミの焼きドーナツが好きだっただろ?」

「確かにそうだったね」

「カオルって和食好きだし、地味好きだし、寒くなると半纏着るし、割烹着も愛用してるし、なんつーか、我が兄貴ながら超絶美形なのにジジ臭いんだよね。あれでオシャレだったら破壊力抜群すぎてヤバいけど」


 その言い方がおかしくて、笑いが止まらない。


「メグル君、カオルさんのことほんとに好きなんだね」


 そしたら、彼はふぅって溜息をついたんだ。


「そりゃ好きだよ。ブラコンだもん。だけどさ、悔しいんだよね。何やっても敵わなくて。一緒に外歩くと、みんなカオルの方を振り返るしさ、料理もカオルの方が上手いし。頭の回転も速いし、なんのかんの言ってもやるときはやるし。どうやっても越えられないんだよな」


 え、そんな風に思ってるの? メグル君ってもっと自信あるんだと思ってたのに。


「メグル君、社交家だし、みんなに好かれるタイプじゃん。あたし、メグル君と一緒にいると、鼻が高いんだよ。女の子たちが羨ましそうにあたしを見てくんだもん」


 って言いながら、どさくさに紛れてメグル君のイチゴアイスをちょっとスプーンで掬うと、彼もあたしのミントチョコをつつく。こんなふうにしてるとほんとに彼氏と彼女みたい。


「でも、綺羅ちゃんもカオルの方が好きでしょ?」


 え……そこは何と答えたらいいんだろう?

 あたしたちの横を通り過ぎる女の子二人組がメグル君を見てコソコソ言ってる。ちょっと離れてからキャーって。「カッコいい」って言ってるのがここまで聞こえる。


「比較なんてできないよ。カオルさんは好きだけど尊敬する先生だし、メグル君はなんて言うか仲良しのお友達みたいだし」

「お友達かぁ」


 メグル君が背もたれに寄り掛かる。どんなカッコしてもサマになる。このままフツーにスマホで写真撮っても、雑誌の一ページみたいに見えるんだろうな。頭に来るほどインスタ映えするヴィジュアル。


「ま、いっか。アイス食べたらケーキ買って帰ろ」

「うん」


 メグル君が当たり前のようにあたしの手を取る。これはどう受け取ったらいいんだろう。二十一にもなって『お友達だから』って理由で手を繋いだりしないよね。まして『家族だから』なんてもっと無い。

 ラーメン味のキスの時から、メグル君にどう反応していいのかよくわからない。彼はモテるし、もしかしたらあんなの日常茶飯事かもしれない。あたしが考え過ぎなんだろうか。大学に行ったら、いつもこんなふうにいろんな女の子と手を繋いでるのかもしれない。


 それからあたしたちはモールの中のケーキ屋さんに立ち寄って、イチゴのたくさん乗ったケーキを買った。

 家までの帰り道も、女の子たちの視線を浴びながら手を繋いで歩いた。

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