第17話 クリスマス

 家に帰ってみると、カオルさんはいなかった。あの外出嫌いのカオルさんが珍しい。「どこ行ったんだろうね?」なんて言いながらケーキを冷蔵庫に入れ、その辺を片付けていたら、急にメグル君に後ろから声を掛けられた。


「ねえ、綺羅ちゃん。僕の事、好き?」


 ドキッとした。だけど、ここは軽く受け流した方が良さそう。


「うん、好きだよ」

「綺羅ちゃん。僕さ、真面目に聞いてるんだけど」


 え。


「やだ、どうしたの?」

「ねえ、僕の事どう思ってるの?」


 どうしよう。二人っきりだよ。メグル君の声のトーンがいつもと違うよ。


「どうって……好き、だよ?」


 極力なんでもないって雰囲気を装ってみるけど、上手くいかない。なんかちょっとまずい雰囲気かも。話題変えた方がいいかな。カオルさんの部屋に逃げ込むか。


「あ、そうだ、まだベタ残って……あ」


 いきなり後ろから抱きしめられた。


「家族として? 友達として?」

「え、何が」

「僕の事、家族として好きなの? 友達として好きなの?」


 どうしよう、これ、やっぱりマズイよね。


「そうだなぁ、どっちもかな」

「男としては見てくれないの?」


 彼の息が耳にかかる。ゾワッとして肩が上がっちゃう。


「あ、ええと、その」


 あたしの胸の前で組まれたメグル君の手。袖が長すぎて手の甲まで隠れちゃってるけど、そこから伸びる筋張った指は確かに男の子のものだ。


「ねえ、どうなの?」

「メグル君のことは大好き。ホント大好き」

「そうじゃなくて」


 急に向きを変えられて、目の前にメグル君の柔らかい茶色の瞳が現れた。


「僕じゃ物足りない?」


 もしかして、カオルさんへのコンプレックス?


「そんなこと……」

「綺羅ちゃん、好きだよ」


 彼の顔が近づいてくる。どうしよう。

 その時、玄関の方で暗証番号を押す音が聞こえた。カオルさんだ。

 ハッとしたようにメグル君があたしから離れる。


「ごめん、冗談だよ、気にしないで」

「あ、うん」


 って言った先からドアが開いてカオルさんが入ってきた。


「カオルお帰りー」

「おー、帰ってたか」


 てか! めっちゃ不審者なんですけど!


「なんですかそれ、カオルさん職務質問されませんでしたか」

「いや」


 今までのメグル君とのやり取りが一撃でぶっ飛ぶほどの怪しさだ。グレーのパーカーのフードを目深に被り、口元までぐるぐる巻きにした黒いマフラー、その上から真っ黒のコートを羽織って、そしてガッツリ曇ってる眼鏡。もうこれだけで十分怪しい。しかもフードの隙間から波打つこぼれ毛が二すじ三すじ。

 滅茶苦茶怪しい人だ!


「年賀状出してきただけだからなぁ」


 って言いながらコートを脱いで、フードを後ろにはねて眼鏡を外すと、いつもの破壊力抜群の顔が現れた。


「カオルってマジで美形なのにな、なんか垢抜けないんだよなぁ」

「余計なお世話だ。ケーキ買ってきたか?」


 腕まくりしながら洗面所に向かうカオルさんに、メグル君が嬉しそうに答える。


「うん。イチゴのいっぱい乗ったヤツ。ローストチキンも買ってきた」

「じゃあ、あとはサラダとスープでも作るか?」

「宅配ピザも!」

「好きにしろ。あ、好きにするな。マルゲリータ一択」


 と言った後はうがいの音が聞こえてくる。ううう~、現実離れした美形が生活感満載すぎて、ギャップ萌えのレベルを遥かに凌駕して脱力する~。やっぱり美形は遠くから眺めている方が幸せだな。


「綺羅ちゃん、サラダ作るから手伝って」


 不意に横からメグル君に声を掛けられてハッとする。あたし、もしかしてカオルさんの事ぼんやり見てたんじゃないだろうか。

 でもメグル君はそんなことには触れずに普通に接してくる。だからあたしもなんでもない顔して、一緒にサラダを作った。




「カオル、綺羅ちゃん、メリー・クリスマ~ス!」

「何がメリー・クリスマスだ。お前はいつからキリスト教徒になったんだ」

「今! そして明日から仏教徒」

「ケーキ切っていいですか?」

「ロウソク立てようよ~」

「誰の誕生日だよ」

「イエス・キリストの誕生日じゃないんですか?」

「俺には無関係の人間だな」

「もー、カオルってば」


 相変わらず風間家の食卓は三者三様だ。


「俺は冷めたピザは嫌いだ。ケーキは二人で勝手にやれ」


 ってカオルさん、ピザ食べ始めるし。メグル君はそんなのお構いなしに一人でロウソク立てて盛り上がってる。


「俺はフルーツのたっぷり乗ったやつが好きなんだがな。キウイとかグレープフルーツとかオレンジなんかがたくさん乗ったタルト系」

「知ってる。でも僕に買いに行かせたんだからイチゴたっぷりになるに決まってんじゃん。綺羅ちゃんはどっちが好き?」

「どっちも!」

「別腹か」


 なんて話ながらも結局カオルさんはあまり食べない。甘いものはちょっと食べたら満足だとか言ってたけど、ほんとにそうなんだ。ピザとチキンばっかり食べてる。

 それに引き換え、メグル君は甘いものが大好き。アイスクリームでもケーキでもドーナツでもチョコレートでもなんでも来いって感じ。あたしとメグル君で殆どケーキ食べちゃってる。


「あ、そうだ。メグこれやる」


 突然カオルさんが自室に何かを取りに行った。戻ってきた彼の手に握られていたのは日帰りバス旅行のチケット。


「商店街の福引で一等引いた」

「マジか。カオル相変わらずクジ運強いなー」

「え、カオルさんてクジ運強いの?」

「そーそー、いろんなもん唐突に当ててくるんだよ」


 カオルさんはメグル君の前にチケットをひらひらさせる。どうやらペアチケットみたいだ。


「要るのか要らんのか」

「要ります! ください!」

「じゃ、それクリスマスプレゼントな。以上、クリスマスイベント終了」


 うわー、簡単だなー。


「綺羅ちゃんにはプレゼントあげないの?」

「この前パソコン買ってやった」

「え? あれ仕事用じゃないんですか?」

「仕事用だがお前のだ。好きに使え。エロ動画見てもいいぞ。ただし通信費は自己負担」


 見ませんからっ!


「えー、カオル、僕のパソコンは?」

「日帰りバス旅行くれてやっただろ。綺羅と行って来るか?」

「うんうん! 綺羅ちゃん借りるよ!」


 メグル君、アッサリ丸め込まれてるし。犬なら尻尾振ってるな、これ。

 あ、そういえば忘れてた!


「あの、あたしもプレゼントあります!」


 あたしは部屋から取ってきたラッピングもしていないプレゼントを二人に手渡した。


「ごめんなさい、あの、ラッピングしてなくって……」

「えー、僕にもくれるの? ありがとう! ラッピングしてない方がすぐに見れていいよ」

「ラッピングは資源の無駄だな」


 メグル君は早速帽子をかぶってマフラー巻いて、手袋も付けて、部屋の中をモデルウォークして見せる。


「どう? 似合ってる?」

「うんうん、モデルみたい。凄いカッコいい。また女の子たちの視線独り占めしちゃうよ」

「えへへ、ありがと綺羅ちゃん! 早速明日から使うね」


 チョー盛り上がってるメグル君とは対照的に、カオルさんは静かに黒い毛糸で編んだ謎の物体を表にしたり裏にしたりしてる。そりゃそうだよね、よく考えたら、腹巻も手首ウォーマーも足首ウォーマーもただの太さの違う筒だもんなー。


「あの、この一番大きいのが腹巻で、一番細いのが手首ウォーマーです。ここに親指出す穴が開いてます。こっちは足首ウォーマー。カオルさん寒がりだから」


 説明すると、やっとカオルさんが納得したように「ああ、なるほど」と言って着け始めた。


「カオル、袖の上とかズボンの上からつけてると、ダンサーみたいでチョーカッコいいんだけど」

「それは誉め言葉か」

「カッコいいは誉め言葉だろー」

「似合うか?」

「うん。カオルは黒が似合うなー。腹巻さえもカッコいい」

「そうか。綺羅、ありがとう。今から使わせて貰う」


 えっ、今から!


「あたしこそ、ありがとうございます!」


 えへっ、気に入って貰えたみたい。なけなしの全財産はたいた甲斐があった。

 けど、翌日からのあたしは二百円で過ごすことになったのだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る