第18話 お正月

 風間家にも正月がやって来た。玄関には注連しめかざり、トイレにはミニ門松、リビングには小さな鏡餅。お正月ムード満載の部屋にしたのは勿論メグル君。イベントに無頓着なカオルさんは、そういう事に全く興味なし。

 カオルさんに「正月は実家に帰らなくていいのか?」って聞かれたけど、帰るわけがない。十津川村をハワイか何かと一緒にされちゃ困る、あんなに行きやすいところではないのだ。移動だけで丸一日かかる、しかも奈良県に入ってからの方が遥かに時間がかかる。そもそもちゃんとバスが運行しているかどうかわからない。そのリスクを知っていて家に帰る物好きなどいないのだ。

 そういうわけで、お邪魔かもしれないと思いつつ、お正月も風間家に居座ることにしたあたしなんだけど。よく考えたら東京に出てきてからお正月に誰かと一緒にいるなんて初めてかもしれない。いつも一人ぼっちの部屋で、面白くもないお正月番組を無駄にダラダラと見て過ごしてた。


 更に、一人ぼっちじゃないお正月がこんなにエキサイティングだとは思いもよらなかった。

「一月一日は十二月三十一日の翌日でしかない」ってどこまでも通常運転なカオルさんと違ってメグル君は大喜び、めんどくさがるカオルさんを「初詣に行こう!」と無理やり外に引っ張り出した。

 勿論あたしも喜んでついて行ったんだけど、何故かメグル君に連れて行かれたところは貸衣装屋さん。知らぬ間にちゃっかり和服レンタルの予約をしていたらしい。あたしの分まで借りてくれていて、あたしもテンションMAX。三人で和服に身を包んでブラブラと初詣!


 しかも! メグル君、どこまでも果てしなくセンスいい。

 あたしには栗梅って言うのかな、茶色っぽいような濃い赤の地に、大きな梅の花が散った大胆な柄。それも、白い縁取りに梅鼠とかいうくすんだピンクの花。デザインはすっごい派手なのに色がめっちゃ地味だから、華やかなのに落ち着いて見える。しかもあたしに似合ってる。モデルがいいからかもしれないけど!

 そして当のメグル君、袴だよ袴。芸能人みたいで凄いかっこいい。しかも羽織のボンボンが可愛い。あああ、イケメンは何着てもサマになって腹が立つ。

 更にカオルさん。こちらは袴じゃなくて普通の着物。上から羽織を着て、それでも寒いのか、黒いマフラーを巻いてる。これで脇に刀を差したら、時代劇に出てくる暗殺者仕事人みたいなんですけど。

 それでいてあの顔だ。後ろで一つにまとめた緩いウェーブのこぼれ毛が色っぽい。

 この美しいあたしが(?)超凡人にしか見えないのは、この兄弟がイケメンすぎるせいだ。ほんとはあたしだって単体で見ればそれなりに多分それなりなんだからね! 多分ね!


 当然といえば当然なんだけど、行く先々で女の子たちの視線が刺さる。そりゃそうだ、こんなイケメン兄弟が歩いてんだ、目立つに決まってる。

 そしてあたしを見る彼女たちの目の厳しいことと言ったら!

「なんでこんなドブスが、こんなイケメンと歩いてんのよ」っていう敵対心剥き出しの目と、「あらー、妹さんは優性遺伝子受け継がなかったのね、可哀想に」っていう同情の目。言っとくけど、あたしこの人たちと同じDNA持ってないから!

 まぁ言ってみれば、兄弟が刺身ならあたしはツマの大根、兄弟がお寿司ならあたしはガリ、兄弟がバラの花束ならあたしは細っこい葉っぱ、カスミソウですらない。それくらいこの二人は目立ってる。


 でも……やっぱり二人並ぶとカオルさんの方が女性たちの視線を集めてる。

 メグル君だってかなりのイケメンなのに、カオルさんが既にイケメンとかそういう領域を超えちゃってるんだ。神々しというかなんというか、これじゃメグル君がコンプレックスに感じるのも無理はない。もしかしたらカオルさんはそれを知っていて外出を嫌がるんじゃないかとすら思える。

 それからあたしたちは、ファッション誌の記者を名乗る人に声を掛けられ、インタビューに応じ、写真を撮られ(とはいえ、あたしは『おまけのついで』だったんだろうけど)ヘロヘロに疲れてお善哉を途中で食べてから家路についた。




 家に帰ると、ちょうど大きな荷物が届いたところだった。


「最近やたら荷物が届くな」

「あ、また綺羅ちゃんのお母さんからだよ!」

「え、うそ」


 ほんとだった。しかも宛名が風間薫だ。なんであたしじゃないのよ!


「綺羅のお母さん、そんなに気を遣ってくれなくてもいいんだが」


 いーえ、ただ単に美形が好きなだけですから。全くお母さんてばいい歳して、いつまでも面食いなんだから。


「メグ、開けろ」

「ういーす……うわ、すげえ! 野菜がいっぱい!」


 メグル君が驚くのも無理はない。あたしにはいつもの光景だけど、この二人はこんな規格外みたいな野菜はなかなかお目にかかれないんだろうな。


「小ぶりの大根が一本、二本、三本……まだ出てくる。あ、人参もすげーいっぱい」

「メグは3以上の数が数えられないらしいな」


 カオルさんが地味に弄ってるけど、メグル君は大喜びで聞いちゃいない。


「ね、ね、ね、牛蒡ごぼうも出てきた。綺羅ちゃんち、牛蒡も作ってんの?」


「夏はもっといろいろ作ってるよ」

「ちょっとこれ、白菜もある。新聞紙でくるんであるよ。こっちは何、また長いものが……あ、ねぎだよ葱、長葱。里芋も出てきた。すげえ、カオル、里芋の煮物作って!」


 カオルさんは荷物をメグル君に任せてコーヒーを淹れ始める。いつものパターンだ。


「鶏そぼろあんかけにするか?」

「あたしそれ食べたい!」

「って言うか、これみんな綺羅ちゃんちでとれた野菜?」

「うん、多分。いつものメンバーって感じ」

「凄いねー、プロの農家ってこんなにいろいろ作れるんだ」


 プロの農家……うーん、プロの農家っていうのかなぁ。


「うちのお父さん、村役場に勤めてるから、兼業農家かなぁ」

「あ、公務員なんだ」

「うん。お母さんは専業主婦だから、ほとんどお母さんが趣味で畑やってる」

「既に趣味の領域超えてるよね」

「そっかな、お母さん聞いたら喜ぶよ」

「お兄様~、今日はおでんがいいなぁ~」


 メグル君必殺、猫なで声が出た!


「じゃあ、あとで卵と蒟蒻とがんもどき買って来い」

「ラジャ! 綺羅ちゃん借ります!」

「それくらい一人で行け。今日は和服で綺羅も疲れてる」

「あたしなら大丈夫です」

「綺羅が一緒に行きたいなら二人で行ってこい」


 メグル君が上目遣いにあたしを見る。出た。これは甘えるときの目だ。


「行きたいよねー、綺羅ちゃん。僕とデート」

「えー?」

「一人で行くの、寂しいなぁ」


 もう、この甘えんぼは!


「じゃあ、行きたいってことにしてあげる。もう、誰ですか、弟をこんな甘えんぼに育てたのは」

「ああ、俺だな」


 カオルさん、一人で納得すると、段ボールの中身を出す作業を再開した。

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