第40話 最悪な広告

 朝一番で友華ちゃんからメールが来た。


『こんにちはー! 今日の朝刊に私の撮った写真の広告が載ってるんですよー。広告写真賞の優秀賞を貰った作品です。多摩遊園地の広告なんです、ぜひぜひ感想お願いしまーす!』


 あたしたち三人は大急ぎで新聞を開いたんだ。

 それはすぐにわかった。新聞一見開き使ってドーンと夜の多摩遊園地。煌びやかに輝くメリーゴーラウンド。その前に一組のカップル。逆光でシルエットしかわからないその二人は、幻想的なメリーゴーラウンドをバックに熱いキス……え? あああっ? ちょっと待った! このシルエットはもしかして?

 恐る恐るメグル君の方に視線を移すと、彼も同じように凍り付いたまま視線だけをあたしの方に向けてきた。つまりそれは、そういう事だよね。神代エミリーの挑戦を受けた翌日、多摩遊園地で散々絶叫しまくった、あの帰り。

 あそこにいたんだ、友華ちゃんが!


「軽率だったな」


 カオルさんがボソリと言うのがメチャクチャこたえる。仰る通りでございますとしか言いようがない。


「友華ちゃんには気づかれてないな?」

「多分……」

「メグ、わかってるな。綺羅に責任はない」

「うん」


 カオルさんがずれた眼鏡のフレームを直しながらこっちに視線を移す。それだけであたしはビクッとしてしまう。


「綺羅、お前はこの件に関しては一切気にするな。お前にはやるべきことが他にある筈だ」


 え、何、やるべきこと? わかんないよ~!


「すいません、どうしたらいいんですか」

「お前は漫画家じゃないのか」


 カオルさんが表情一つ変えずにあたしを見据える。ひえ~、怖いよ~。


「はい、わかりました。描きます」

「友華ちゃんから綺羅にメールが来ないようにメグから上手く言っとけ。追い込みだとかなんとかテキトーな理由を付けろ。友華ちゃんのフォローはお前がやれ」

「うん、わかった」

「アイナの方も俺から言っておく。締め切りまでは綺羅はマネージャーの仕事は一切するな。スマホの電源を切っておけ」

「はい……」


 逆らえるわけがない。カオルさんに任せるしかない。仕方なくスマホの電源を切ろうとしたとき、メールが来ているのが目に入った。アイナだった。


『綺羅、薫君と付き合ってたんじゃなかったの? 私、相手が綺羅だから薫君を諦めてもいいと思えたって言ったよね? 多摩遊園地の広告、あれ、綺羅とメグじゃないの? 綺羅はどっちと付き合ってるの? まさか、二股とか言わないよね? ねえ、私、綺羅を信じていいの?』


 どうしよう。広告だから誰でも見れちゃうんだ。まさか、お母さんやハルヱ婆にも。それどころじゃない、イケ坊編集部の目についたら、中嶋さんどうするんだろう。メグル君どうなっちゃうんだろう。


「カオルさん……これ、アイナから」


 あたしが泣きそうになりながらスマホを渡すと、カオルさんはそれをチラッと一瞥し、表情一つ変えずに黙って電源を落とした。


「スマホの電源は切れと言ったんだ。これは俺が預かっておく。メグはすぐに友華ちゃんに連絡しろ、部屋でやれ。綺羅、お前はこっちに来い」


 メグル君がスマホを片手に部屋に入って行くのを見送りながら、カオルさんの部屋についていく。


「座れ」


 黙ってパソコンの前に座ると、カオルさんがどこかに電話をかけ始めた。


「アイナか。俺だ、薫。そろそろ綺羅が追い込みに入る。綺羅にはこれから締め切りの十二月十五日までマネージャーの仕事は一切させないことにした。それで綺羅のスマホは俺が預かって電源を切ってある。今日から締め切りまでは、俺が綺羅のアシスタントだ。綺羅への用事は俺の方に連絡しろ。用件はそれだけだ。質問があれば聞くが」


 凄い……一方的に喋ってアイナに何も語らせない。でもアイナが黙っているとも思えない。


「ああ、見た。俺は新聞の方を見た。それがどうかしたか?」


 やっぱり聞かれてるんだ。でも、何と言って聞いたんだろう? アイナはあたしとカオルさんが付き合ってると思ってる。だとすればカオルさんがショックを受けるような聞き方はしない筈だ。


「あれは綺羅だ。相手はメグ。……ああ、そうだ。それが何か?」


 えっ? ストレートに言っちゃってるよ!


「メグはモデルだからな。どんな仕事を受けているかは俺にはわからん。他に用が無ければ俺も忙しいんで。……ああ、じゃあな」


 切っちゃったよ!


「あの……」

「アイナの方は片付いた。お前は自分の仕事をしろ」


 スマホを片付けながらカオルさんは通常運転でパソコンの前に座る。


「え、だって、アイナはあれで納得したんですか?」

「納得がいかなければ連絡してくる筈だ。いずれにしろお前には関係のない事だ。それとも既成事実を作って本当に俺の女になるか?」

「はい?」


 いきなりあたしの椅子の背もたれに片手を乗せたカオルさんが、こっちに顔を寄せてきた。


「俺に抱かれる気になったのかと聞いてる」

「ちっ……ちがっ……」


 な、何言いだすんだ、ちょっと!


「じゃあ、ごちゃごちゃ言わずにさっさと仕事にかかれ。お前は漫画家だ。それを忘れるな」


 それだけ言うと、カオルさんはあたしのスマホを自分のカバンの中にポイっと放り込んでキッチンに向かってしまった。

 あたしとアイナをあっさり黙らせた。やっぱり最強の兄伝説、健在だった……。


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