第5話:入部してよ、エースさま。

「蘭子、今日のメシはどうする?」

「どうするって?」


 帰り道、元就くんからの問いかけに首を傾げる。


「うちに食べに来るか?」

「蘭子、一人だとお菓子しか食べないだろ」


 右京の言い方は随分なものだけど、きっと心配してくれているんだよね。

 いつ覚めるか分からない夢だし、せっかくだから食べてみるのも悪くないかな。


「それじゃ……お邪魔しようかな」

「おう」


 元就くんがにこりと微笑む。

 右京と同じようにクールだけど、お兄ちゃんだからか世話焼きなんだよね。


「それで、他の部活見学はどうだったんだ?」

「んー……楽しかったよ」


 暫く陸上部を見学していたけれど、蒼先輩の姿は発見できなかったんだよね。

 入部する気がないのにずうっと見ているのもおかしいから、先輩を探しがてら校内を右京と一緒にまわったんだけど――


「会えなかったなぁ……」

「誰に?」

「ううん、なんでもない」


 右京が不思議そうにこっちを見ているけれど、右京はまだ蒼先輩のこと知らないんだよね。

 あーあ。先輩、会いたかったなぁ。



 それから海若兄弟の申し出に甘えて晩御飯をいただいたけれど、美味しかった。

 夢の中なのにしっかり味がするのが不思議でたまらない。

 ちなみにメニューはビーフシチューだった。


 食事を終え帰ろうとすると、右京に呼び止められた。

 どうやらこの世界の私はいつも食事を終えてから右京の部屋に寄るのが日課となっていたらしい。

 中々に図々しい女だな……。それとも、私が知らないだけで幼馴染ってこんな感じなの?


「呼び止めない方が良かったか?」

「えっ」

「なんか用事あったのかなって。だったら、悪い」


 どうやら私がさっき家に直帰しようとしたことを気にしているらしい。

 右京は気を遣う子なんだなぁ。


 作中では主人公の当て馬として少しヒステリックなキャラとして描かれていたけれど……こんな一面もあるんだな。

 いや、二次創作ではたくさん見たけどね。びっくりするくらい優しい右京。

 それこそ夢小説での右京はクールだけど好きな子には優しいというテンプレ設定に溢れていたっけ。


「……で、兄さんと同じ陸上部に入るわけ?」

「うーん……。どうしようかなぁ」

「なんだそれ。マネージャー希望じゃないのか」


 この夢がいつまで続くか分かんないんだよね。

 多分、今日寝たら終わると思うんだけど。


 マネージャーになったら、蒼先輩とも仲良くなれるのかな。

 これが夢じゃなかったらいいのに。

 そしたら、明日から私は蒼先輩に振り向いてもらえるよう頑張るのにな。


「右京は陸上部に入るんだよね?」

「いや、俺は帰宅部のつもり」

「えっ?!」

「驚きすぎだろ……」


 そりゃあ驚くでしょう!

 だって右京と言えば主人公のライバルポジションだよ?


 その右京がいなくてどうするの!?


「だめだよ、右京は陸上部に入らないと!」

「えっ。……なんで?」


 怪訝そうな顔をされてしまった。

 えーーー。右京が陸上部に入らない世界って、どうなるの!?


 だって転校してきた主人公の走りがすごいことに一番最初に気付くのは右京だよ。

 それで、右京は対抗心を燃やして何かと突っかかるようになるのに。

 むしろ右京が「陸上はもうしない」って言う主人公を陸上部へと引きずり込むんだよね。


 そこから二人でライバル心を燃やしながらも仲間としての絆を深めていく。

 それが作品の大きな流れなのに。


「元就くんもいるし」

「また兄さんか。もう比べられるのは懲り懲りなんだよ」

「誰も比べたりしないよ」

「比べられる。いつもそうだ。おまえの兄さんはすごいなって言われてばかりで……もう追いかけるのは疲れたんだよ」


 作中ではそんな描写なかった気がするけどな……?


 むしろ、他校では海若兄弟は二人揃って恐れられていた。

 どちらかが秀でて、どちらかが劣るなんて言われていたことはないはずだ。


「俺は兄さんの代わりじゃない」

「そんなの、わかっているよ。わかったうえで、私は右京に陸上部へ入ってほしい」

「だから、なんで」


 右京は苛ついたように、少し声を荒げる。


「だって、右京の走りは綺麗だから」


 作中で誰かが言っていた。


『右京の足は神からの授かりものだ、と』


 私もそう思う。右京の走りは美しく、人を魅了するものだ。

 まぁ、主人公の存在や他校の強敵の登場により右京の影はどんどん薄くなってしまうんだけど……でも、それでも――


「私は右京の走りが見たいよ。元就くんじゃなくて、右京の走りが見たい」


 なんて、お節介が過ぎたかな。

 そろそろ帰るね、とドアを開けた瞬間後ろから声がかかった。


「……考えておく」


 それは右京の精一杯の返事だろう。


「うん、期待してる」


 そう、この世界でも右京には陸上を続けてほしい。

 例え、私が現実に戻るとしても――



 家に帰ってから少しセンチメンタルな気分で星空を見上げた。

 きっと、このベッドで寝たら現実に戻る。


 それは寂しいけれど、仕方のないことだ。


 そして何より、今、すごく眠い。

 いつもなら夜更かししても平気なのにこの身体のせいか、今日一日疲れたせいかまだ十一時前なのにすごく眠い。


「ん~……」


 抵抗しようと声を出してみるが睡魔には抗えず、私は夢の中へと落ちていった。

 さようなら、私の束の間の夢。楽しかったよ……。

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